アルフレート・ヨードル

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アルフレート・ヨードル
1890年5月10日 - 1946年10月16日

生誕地 バイエルン州ヴュルツブルク
所属組織 帝政ドイツ陸軍
ワイマール共和国陸軍
ドイツ国防軍陸軍
軍歴 1903~1945
最終階級 陸軍上級大将
指揮 陸軍最高司令部部長
戦闘 第一次世界大戦
第二次世界大戦
賞罰 柏葉付騎士鉄十字章
除隊後 戦犯として死刑

アルフレート・ヨーゼフ・フェルディナント・ヨードル(Alfred Josef Ferdinand Jodl、1890年5月10日 - 1946年10月16日)は第二次世界大戦時のドイツ国防軍の軍人。陸軍上級大将国防軍最高司令部作戦部長。ニュルンベルク裁判で死刑に処された。

[編集] 経歴

対連合国の降伏文書に調印するヨードル
対連合国の降伏文書に調印するヨードル
  • 1945年 3月7日、前夫人の友人で陸軍総司令部の秘書だった女性と再婚。5月7日デーニッツ政府代表として降伏文書に署名。降伏文書発効は5月9日。第二次世界大戦終結。5月10日、デーニッツより柏葉付鉄十字章を授与される。5月13日ヴィルヘルム・カイテル連合軍に逮捕されたため、陸軍最高司令部部長を引き継ぐ。5月23日、デーニッツらと共に連合軍により逮捕される。
  • 1945-46年のニュルンベルク裁判において戦争犯罪人として死刑の判決を受ける。あくまでも軍人として行動していたため、判決をめぐっては連合国内でも意見の相違があった。
  • 1946年 10月16日、絞首刑に処せられる。最後の言葉は「さらば、おお汝我がドイツよ」だった。キームゼー湖の島にあるヨードル家の墓に葬られた。
  • 1953年 3月2日、ヨードルの名誉回復を願う夫人の控訴により、西ドイツ国内の裁判でヨードルに無罪判決が下される。しかしアメリカ側が受け入れなかったため両者の協議が行われ、結局判決は無効とされた。

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