ケントシン
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| ケントシン (Kętrzyn) | |||
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| 位置 | |||
| 情報 | |||
| 県: | ヴァルミア・マズールィ県 | ||
| 緯度: | 北緯 54°05' | ||
| 経度: | 東経 21°23' | ||
| 標高: | |||
| 面積: | 10.34 km² | ||
| 人口 - 合計 - 人口密度 |
28,000 人 2,741 人/km² |
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| 郵便番号: | 11-400 | ||
| 市外局番: | 48 89 | ||
| 市長: | Krzysztof Wiesław | ||
| 公式サイト: | 市公式ウェブサイト | ||
ケントシン(
Kętrzyn)は、ポーランド共和国、ヴァルミア・マズールィ県の小都市。
旧ドイツ領東プロイセンに位置し、ドイツ語名ラステンブルク(Rastenburg)。ドイツ時代の教会が建つ高台を中心として広がる旧市街地には、プロイセン時代の面影がよく残っている。ポーランド語ではかつてラステンボルク(Rastembork)と表記されたが、第二次世界大戦後ポーランド領になった時、マズールィ地方(東プロイセン)出身の19世紀のポーランド独立運動家ヴォイチェフ・ケントシンスキ(Wojciech Kętrzyński)にちなんでケントシンと改称された。
市街地から数キロ東に位置する針葉樹林の中には、第二次世界大戦中、ヒトラーが東部戦線(独ソ戦)の指揮を執った大本営「狼の砦」(ヴォルフスシャンツェ Wolfsschanze)跡があり、ケントシン最大の見所となっている。ヒトラー防空壕(ブンカー)、ゲーリング防空壕、会議室跡などを巡る順路が整備され、小規模なホテルもある。なお、同地は1944年7月20日のヒトラー暗殺未遂事件の舞台でもあり、爆弾の炸裂した会議室跡には記念碑が建つ。暗殺計画遂行者シュタウフェンベルク(Claus von Stauffenberg)大佐がベルリンとの間を往復した飛行場も、そのまま現存している。