ケントシン

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Kętrzyn
Teutonic castle of Schloss Rastenburg


紋章
Kętrzynの位置(ポーランド内)
Kętrzyn
Kętrzyn
座標: 北緯54度5分 東経21度23分 / 北緯54.083度 東経21.383度 / 54.083; 21.383
ポーランドの旗 ポーランド
ヴァルミア=マズールィ県
Kętrzyn County
Gmina英語版 Kętrzyn (urban gmina)
Established 1329
Town rights 1357
行政
 - 市長 Krzysztof Hećman
面積
 - 計 10.34km2 (4mi2)
人口 (2006)
 - 計 28,000人
 - 人口密度 2,707.9人/km² (7,013.5人/mi²)
等時帯 CET (UTC+1)
 - 夏時間 CEST (UTC+2)
郵便番号 11-400
市外局番 +48 89
カープレート NKE
ウェブサイト http://www.ketrzyn.pl/

ケントシン(Pl-Kętrzyn.ogg Kętrzyn[ヘルプ/ファイル])は、ポーランド共和国ヴァルミア・マズールィ県の小都市。

旧ドイツ領東プロイセンに位置し、ドイツ語ラステンブルク(Rastenburg)。ドイツ時代の教会が建つ高台を中心として広がる旧市街地には、プロイセン時代の面影がよく残っている。ポーランド語ではかつてラステンボルク(Rastembork)と表記されたが、第二次世界大戦後ポーランド領になった時、マズールィ地方(東プロイセン)出身の19世紀のポーランド独立運動家ヴォイチェフ・ケントシンスキ(Wojciech Kętrzyński)にちなんでケントシンと改称された。

市街地から数キロ東に位置する針葉樹林の中には、第二次世界大戦中、ヒトラーが東部戦線(独ソ戦)の指揮を執った大本営「狼の砦」(ヴォルフスシャンツェ Wolfsschanze)跡があり、ケントシン最大の見所となっている。ヒトラー防空壕(ブンカー)、ゲーリング防空壕、会議室跡などを巡る順路が整備され、小規模なホテルもある。なお、同地は1944年7月20日ヒトラー暗殺未遂事件の舞台でもあり、爆弾の炸裂した会議室跡には記念碑が建つ。暗殺計画遂行者シュタウフェンベルク(Claus von Stauffenberg)大佐がベルリンとの間を往復した飛行場も、そのまま現存している。

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