柘植不知人
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柘植 不知人 | |
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生誕 |
1873年12月12日 日本広島県 |
死没 |
1927年3月20日(53歳没) 日本 |
墓地 | 豊島区雑司ヶ谷霊園 |
国籍 | 日本 |
出身校 | 神戸聖書学舎(現・関西聖書神学校) |
職業 | 牧師、伝道者 |
柘植 不知人(つげ ふじと、1873年12月12日 - 1927年3月20日)は、日本の伝道者、牧師、教会指導者。
経歴
[編集]- 1873年 広島県で医者の長男として生まれたが、早くに父を亡くす。
- 1913年 パゼット・ウィルクスの説教により回心。
- 1916年 大阪梅田駅前通で聖霊に満たされるという体験をする。
- 1918年 神戸聖書学舎(現関西聖書神学校)でバークレー・バックストンの薫陶を受ける。同校を卒業。リバイバリストとして活動を始め、台湾伝道などに従事する。
- 1919年 秋山由五郎、小原十三司らと共にホーリネス・リバイバルの中心的な役割を果たす。
- 1922年 日本伝道隊と別れて日本基督伝道隊(活水の群)を設立。活水聖書学院設立。
- 1927年 癌で死去(53歳)
柘植の信仰を受け継ぐ団体として、活水基督教団(1946年設立)、復活之キリスト教団(1954年設立)、基督伝道隊(1974年設立)、キリスト伝道隊(1987年設立)などがある。