阿児町神明

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阿児町神明
—  大字  —
神明集落と英虞湾
阿児町神明の位置
阿児町神明の位置(三重県内)
阿児町神明
阿児町神明
阿児町神明の位置
座標: 北緯34度18分53.7秒 東経136度50分0.8秒 / 北緯34.314917度 東経136.833556度 / 34.314917; 136.833556
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Mie Prefecture.svg 三重県
Flag of Shima, Mie.svg 志摩市
面積
 - 計 6.98km2 (2.7mi2)
標高 4m (13ft)
人口 (2013年2月1日)
 - 計 4,480人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 517-0502[1]
市外局番 0599[2]
ナンバープレート 三重[3]
自動車登録住所コード 24 514 0064[4]
※座標・標高は志摩市神明公民館付近

阿児町神明(あごちょうしんめい)は、三重県志摩市地名1897年(明治30年)までは神明浦(しめのうら)という地名であった[5]郵便番号は517-0502[1]。「行政区別人口・世帯数一覧表」による2016年8月31日現在の人口は4,480人[6]1996年1月1日現在の面積は6.98km2である[7]

真珠養殖発祥の地であるとともに、志摩市の観光拠点である賢島を擁する地域である[8]

地理[編集]

志摩市中央部に位置する。本土部は台地の交錯する複雑な地形を成し、南から西にかけて英虞湾に面する[8]。中心集落津波高潮を避けるため神明地区の中央部の台地上にある。

神明の産業は、農業と真珠養殖、観光業である[8]。神明地区に占める耕地面積の割合は1950年代の統計では48.4%志摩郡の平均よりも低かった[9]。内湾では海女による漁業は全く行われていない[10]ので、英虞湾のみに臨む神明には海女はいない。

北は阿児町鵜方阿児町国府、東は阿児町甲賀、南東は阿児町立神と接する。

[編集]

神明には以下の島がある。

  • 賢島 - 英虞湾最大の島[8]
  • 多徳島 - 「田徳島」と従前表記していたが、1899年(明治32年)に島を視察に訪れた曾禰荒助農商務大臣の提案により「多徳島」に変更された[5]御木本幸吉真珠養殖成功の地である[5]
  • 横山島 - 賢島から約400m、周囲1.4km[11]。多徳島と並ぶ、真珠養殖の中心地[8]。「石山荘」という宿泊施設以外に主だったものはない[12]
  • 枯島
  • 弁天島
  • ゑびす島

小・中学校の学区[編集]

志摩市立神明小学校

市立中学校に通学する場合、阿児町神明全域が、神明小学校・文岡中学校学区となる[13]。神明小学校は阿児町神明にある[13]

新興住宅地[編集]

北部には新興住宅地である「うらじろ団地」が開発されている[14]

歴史[編集]

元始から近世[編集]

先史時代から人々が居住していた痕跡が見られ、賢島の賢島遺跡からは石鏃石錘石斧が出土している[15]中世にはがあったとされ、「城山」と呼ばれる丘がある[5]江戸時代には、志摩国英虞郡磯部組に属し、神明浦村(しめのうらむら)として鳥羽藩に属した[5]。村高は時代を追うごとに増加し、天和元年(1681年)は250石だったが、『旧高旧領取調帳』では352石余となった[5]。これは海を埋め立てて新田開発を行った結果である[15]水産業も盛んに行われていたが、地先の海ではなく、浜島村波切村和具村の海で漁業を行ったので、浦役として米を各村に納めていた[15]。主な漁法地曳網立網長網などの網漁であった[15]。特にぬきイリコ(きんこ)を多く産し、藩主へ献上していた[5]文化年間1804年 - 1818年)に阿波国の巡業師から人形と技術を受けて「神明文楽」が始まった[5]

近代[編集]

しんめいむら
神明村
廃止日 1955年1月1日
廃止理由 新設合併
神明村鵜方町安乗村国府村甲賀村志島村立神村阿児町
現在の自治体 志摩市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 近畿地方東海地方
都道府県 三重県
志摩郡
団体コード なし(コード導入前に廃止)
面積 6.98km²
総人口 2,048
(『阿児町史』[16]、1955年)
隣接自治体 志摩郡鵜方町、国府村、甲賀村、立神村
神明村役場
所在地 517-05
三重県志摩郡神明村
Map of Agocho-Shimmei.png
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昭和戦前期の神明

明治初期の神明浦村は戸数100戸に満たない小村であったため、鵜方村あるいは立神村に服属することを求められた[17]町村制施行時は、北隣の鵜方村と合併して新しい鵜方村の大字となったが、三重県庁による強制的な合併であり、神明浦の住民にとって納得のいかないものであった[18]。当時の鵜方は農村で、漁村の神明浦とは性格が異なっていたことから、同じ漁村であった立神村との合併の方が民意にかなっていたのである[18]。そこで神明浦の住民は合併後すぐに三重県知事に対して「分村願」を提出した[18]。この願いはすぐには認められず、神明浦の住民は鵜方村からの分離が認められるまで水産物の口銭手数料)で里道補修費や学校運営費、医師の雇用費などを賄い、半ば自治を行っていた[5]1893年(明治26年)、神明浦は「分村請願書」を内務大臣に提出、訴えが認められて1897年(明治30年)5月に[18]鵜方村から分離して単独村制を敷いた[5]。この際、神明浦から「神明」に改められた[5]

1890年(明治23年)、御木本幸吉は神明浦に進出し「真珠貝培養所」を設置する[19]。更に1893年(明治26年)には多徳島に真珠養殖場を開設、1916年(大正5年)には島内に郵便局[注 1]が開局した[20]

1929年(昭和4年)に志摩電気鉄道(現在の近鉄志摩線)が開通し[5]、神明村の賢島に終点が置かれた[21]。賢島はそれまで松林と少しの水田があるのみの無人島であったが、この鉄道開通を契機として開発が始まった[21]。昭和初期の真珠産出額は度会郡五ヶ所村(現・南伊勢町)に次ぐ三重県内第2位であり[22]、鉄道輸送の主役も旅客ではなく真珠であった[23]

歴代村長[編集]

『阿児町史』による[16]

村長 就任 退任 備考
1 三橋覚蔵 1897年9月1日 1911年7月31日
2 中北藤三郎 1911年9月1日 1915年12月20日
3 杉原金一郎 1916年1月20日 1923年11月30日
4 坂口庄吉 1924年1月10日 1925年12月30日
5 尾崎太郎吉 1926年12月31日 1927年11月30日
6 坂口藤太郎 1928年1月1日 1929年12月25日
7 杉原金一郎 1930年1月10日 1932年12月10日 2度目
8 山崎楠松 1933年2月1日 1934年12月10日
9 三橋一郎 1935年1月10日 1936年12月20日
10 中北利作 1937年1月1日 1938年12月20日
11 杉原金一郎 1939年1月10日 1941年12月20日 3度目
12 三橋一郎 1942年1月10日 1945年11月30日 2度目
13 山崎楠松 1945年12月10日 1947年1月20日 2度目
14 溝口甚吉 1947年2月1日 1947年4月30日
15 清水平吉 1947年5月15日 1951年4月20日
16 小崎弁三郎 1951年5月10日 1954年6月30日
17 山崎楠松 1954年7月20日 1954年12月31日 3度目

現代[編集]

昭和期[編集]

志摩観光ホテルCLASSIC

1946年(昭和21年)、伊勢志摩国立公園が制定され、外貨獲得のために洋風のホテルを作ろうという機運が盛り上がり、1951年(昭和26年)4月3日に25室50人収容の志摩観光ホテルが賢島に開業した[24]。これは奥志摩(現・志摩市域)における宿泊施設整備の先駆けとなるものであった[25]1965年(昭和40年)の統計では、真珠養殖筏数は5,212台あり、これは和具・布施田越賀に次ぐ県第4位であった[26]。その後真珠ブームの到来によって密植が起きて養殖真珠の質的低下と価格の暴落を招き、個人の小規模経営者を中心に深刻な不況に陥るようになる[26]

本格的な観光開発が始まったのは、真珠養殖不況と近鉄特急が賢島まで乗り入れるようになった1970年代以降である[23]。同時期には賢島とその周辺に企業の保養所が相次いで建設され、1995年(平成7年)時点では97軒存在した[27]

地域住民向けには、1972年(昭和47年)に二男・三男に住宅を供給することを目的に、小字裏白の山林11.5haを切り開き、うらじろ団地が建設された[28]。当初245区画が造成されたが、その後300区画まで増加している[28]

平成期[編集]

阿児アリーナ

1991年(平成3年)3月31日、神明北部に「阿児文化公園事業」の一環で、ホール体育館の阿児アリーナ(現・志摩市阿児アリーナ)と資料館機能も有する阿児町立図書館(現・志摩市立図書館、通称:阿児ライブラリー)が開館した[29]

観光産業の面では、バブル崩壊景気の悪化により1999年(平成11年)3月に賢島スポーツランドが閉園、1998年(平成10年)と1999年に近鉄系の旅館が2軒廃業した[30]2009年(平成19年)には実質稼働している保養所は20 - 30軒程度まで減少した[31]

2000年(平成12年)、三重県志摩地方が日本有数の海底ケーブル陸揚げ地であることに注目し、情報技術(IT)による企業誘致や雇用促進を目指す「志摩サイバーベース・プロジェクト」を発足させ、その中核となる「志摩サイバーベースセンター」と第3セクター「サイバーウェイブジャパン」(CWJ)を設立、神明にある保養所の跡地を利用した[32]。しかしながら4年間に3億円を投じたにもかかわらず目立った成果を上げることができなかったため、2005年(平成17年)に志摩サイバーベースセンターを閉鎖[33]2004年(平成16年)度の終了をもって、「志摩サイバーベース・プロジェクト事業の推進」が県の事業から外された[34]。なおサイバーウェイブジャパンは2015年現在も事業を続けている。

賢島スポーツランドは閉園後しばらくは手つかずのままであったが、2010年(平成22年)に「賢島ローズネットファーム」となり[35]、更に2011年(平成23年)からは「志摩ローズファーム」として再出発した[36]

2015年(平成27年)6月5日、賢島が2016年の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)の会場になることが決定した[37][38][39]。これを受け2016年(平成28年)2月16日、賢島駅前に臨時警備派出所が設置された[40][41]。(同年6月13日に閉所[42][43]。)そして同年5月26日27日に伊勢志摩サミットが実施された[44]。サミットからちょうど1年となる2017年(平成29年)5月26日には伊勢志摩サミット記念館「サミエール」が賢島駅2階に開館した[45][46]

地名の由来[編集]

禁漁区の浜に注連縄を張り、そこで獲れたナマコ伊勢神宮伊雑宮に奉納していたことから「しめのうら」(神明浦)と呼ぶようになったことに由来するという[5]。1897年(明治30年)に鵜方村から分離する際、「浦」が外されて「神明」となった[5]

沿革[編集]

  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により英虞郡鵜方村大字神明浦となる。
  • 1896年(明治29年)3月29日 - 英虞郡と答志郡の合併により、所属郡が志摩郡に変更。志摩郡鵜方村大字神明浦となる。
  • 1897年(明治30年) - 神明浦が鵜方村から独立し、志摩郡神明村となる。大字は編成せず。
  • 1955年(昭和30年)1月1日 - 昭和の大合併により志摩郡阿児町神明となる。
  • 2004年(平成16年)10月1日 - 平成の大合併により、志摩阿児町神明となる。

人口の変遷[編集]

総数 [戸数または世帯数: R10.png 、人口: G10.png ]

1746年延享3年)[5] R01.pngR01.pngR01.pngR01.png 82戸
G10.pngG10.png 408人
1853年嘉永6年)[16] R01.pngR01.pngR01.png 77戸
G10.pngG10.pngG01.pngG01.pngG01.pngG01.png 487人
1880年(明治13年)[15] R05.png 112戸
G10.pngG10.pngG05.pngG01.pngG01.png 579人
1884年(明治17年)[16] R05.pngR01.png 121戸
G10.pngG10.pngG10.pngG01.png 621人
1908年(明治41年)[5] R05.pngR01.pngR01.pngR01.png 160戸
G10.pngG10.pngG10.pngG10.pngG01.png 829人
1920年(大正9年)[16] R05.pngR01.png 127戸
G10.pngG10.pngG10.pngG10.pngG05.png 907人
1940年(昭和15年)[16] R10.pngR01.png 230戸
G50.pngG10.pngG05.png 1,314人
1955年(昭和30年)[16] R10.pngR05.pngR01.pngR01.pngR01.png 367戸
G100.pngG01.pngG01.png 2,048人
1965年(昭和40年)[16] R10.pngR10.pngR05.png 518戸
G100.pngG10.pngG01.pngG01.pngG01.pngG01.png 2,290人
1975年(昭和50年)[16] R10.pngR10.pngR10.pngR05.pngR01.pngR01.pngR01.png 765戸
G100.pngG10.pngG10.pngG10.pngG10.pngG01.pngG01.pngG01.pngG01.png 2,891人
1980年(昭和55年)[8] R10.pngR10.pngR10.pngR10.pngR05.pngR01.pngR01.png 959世帯
G100.pngG50.pngG05.pngG01.pngG01.png 3,141人
2013年(平成25年)[47] R50.pngR10.pngR10.pngR10.pngR10.pngR05.pngR01.pngR01.png 1,944世帯
G100.pngG100.pngG10.pngG10.pngG10.png 4,606人

港湾[編集]

地方港湾賢島港漁港の神明漁港がある。以下、神明漁港について記述する。

神明漁港(しんめいぎょこう)は三重県志摩市阿児町神明にある第1種漁港。漁港指定を受けたのは1989年(平成元年)12月6日であり、志摩市が管理する[48]2009年(平成21年)の属地陸揚高と属人漁獲量はともに189.5tで、属地陸揚金額は274百万円である[48]

2007年(平成19年)の『漁港の港勢調査』によると、漁獲金額は773万円で、主な漁獲物はノリ類・真珠・貝類であった[49]。志摩市の消防出初式において阿児アリーナで式典を行った後、消防団員が神明漁港で放水を行う[50][51]

交通[編集]

陸路[編集]

鉄道
M近鉄志摩線
バス
三重交通志摩営業所管内)
道路

海路[編集]

志摩マリンレジャー賢島港船乗り場
  • 賢島エスパーニャクルーズ
    • 賢島港 → 真珠工場 → 英虞湾 → 賢島港
  • 賢島〜浜島航路
    • 浜島 → 御座 → 浜島 → 御座 → 賢島
    • 賢島 → 御座 → 浜島 → 御座 → 賢島
  • 賢島〜和具航路
賢島遊覧船組合

施設[編集]

賢島にある施設は賢島#施設を参照。

  • 志摩広域行政組合本部
    • 志摩特別養護老人ホーム才庭寮
    • 志摩福祉センター
  • 志摩市神明公民館
  • 志摩市立神明小学校
  • 志摩市立神明幼稚園
  • 志摩市立神明保育所
  • 社会福祉法人洗心福祉会 しまの杜保育園
  • 特定非営利活動法人えくぼキッズ えくぼ保育所志摩所
  • 阿児文化公園(阿児ふるさと公園)
    • 志摩市阿児ライブラリー
    • 志摩市立図書館
  • 長沢運動公園
  • 志摩市阿児特産物開発センター
  • 志摩市阿児学校給食センター
  • 鳥羽志摩農業協同組合阿児支店あぐり神明
  • 三重外湾漁業協同組合志摩支所神明
  • 神明真珠養殖漁業協同組合
  • 賢島グランドホテル
  • 賢島ビューホテル
  • 漁師宿&コテージBBQハウスもやい
  • 賢島パールハウス
  • 株式会社サイバーウェイブジャパン本社
  • 株式会社セレモ本社
  • 志摩ローズファーム
  • 日本ユニシス健康保険組合賢島保養所
  • オリックス保養所ピュアパール賢島

史跡[編集]

神明神社

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ この郵便局は御木本が初代局長を務め、1931年(昭和6年)に「新多徳」(大崎半島)へ移築された[20]

出典[編集]

  1. ^ a b 郵便番号 5170502 の検索結果 - 日本郵便”. 日本郵便. 2016年9月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年9月17日閲覧。
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  51. ^ 安永陽祐「防火の決意 新たに 志摩の消防出初め式」中日新聞2017年1月5日付朝刊、伊勢志摩版18ページ
  52. ^ 浅野(1997):104 - 105ページ
  53. ^ a b c 三重県県土整備部"三重県の道路/県管理道路一覧"(2013年3月4日閲覧。)
  54. ^ 志摩市産業振興部観光戦略室ともやま公園事務所(2011):4ページ

参考文献[編集]

  • 青野壽郎(1936)"水産統計より観たる紀伊牛島東部沿岸漁村(紀伊半島に於ける漁村の地理學的研究第一報)"地学雑誌(東京地学協会).48(6):258-278.
  • 阿児町 編『阿児町史』阿児町企画環境課、1977年4月、723p. 全国書誌番号:77007104
  • 阿児町史編纂委員会 編『新版 阿児町史』阿児町、平成12年3月15日、931p. 全国書誌番号:20055488
  • 浅野明彦(1997)"近畿日本鉄道志摩線旧線【白木〜五知、志摩磯部〜志摩横山、賢島〜真珠港】"宮脇俊三 編『鉄道廃線跡を歩くⅣ』(JTBキャンブックスJTB、1997年12月、223p. ISBN 4-533-02857-8):104-105.
  • 大島襄二(1955)"地理的に見た水産養殖業地域―英虞湾の真珠について ―"人文地理(人文地理学会).7(2):102-116.
  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典 24三重県』角川書店、昭和58年6月8日、1643p. 全国書誌番号:83035644
  • 志摩市産業振興部観光戦略室ともやま公園事務所『〜ともやま公園ガイドブック〜 志摩市ともやま公園 ともやまDE遊ぼう!!』志摩市産業振興部観光戦略室ともやま公園事務所、2011年、13p.
  • 淡野明彦(1980)"観光開発の地域的インパクトに関する考察―三重県奥志摩地域の事例―"新地理日本地理教育学会).28(1):9-18.
  • 日本地誌研究所 編『日本地誌 第13巻 近畿地方総論・三重県・滋賀県・奈良県』青野壽郎・尾留川正平責任編集、二宮書店、1976年1月、689p.
  • 野田哲広(1997)"三重県志摩地方における観光地域の形成―阿児町神明地区を事例として―"金沢大学文学部地理学報告.8:175-176.
  • 『三重県の地名』日本歴史地名大系24、平凡社、1983年5月20日、1081p. 全国書誌番号:83037367

外部リンク[編集]