重光武雄

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シン・キョクホ(しげみつ たけお)
辛 格浩(重光 武雄)
Shin kyukho
生誕 1922年10月4日(92歳)
日本の旗 日本統治下慶尚南道蔚山郡
大韓民国の旗韓国蔚山広域市
国籍 大韓民国の旗 韓国[1]
職業 ロッテホールディングス会長
千葉ロッテマリーンズオーナー
ロッテ・ジャイアンツオーナー
重光 武雄(辛 格浩)
各種表記
ハングル 신격호
漢字 辛格浩
発音: シンキョクホ(シンギョコ)
日本語読み: しげみつ たけお
ローマ字 Shin kyukho
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辛 格浩(シン・キョクホ、またはシン・キョッコ、신격호、1922年10月4日 - )は、韓国実業家である。ロッテグループ会長、日本プロ野球のチーム千葉ロッテマリーンズ大韓民国プロ野球のチームロッテ・ジャイアンツのオーナーを務める。

来歴・人物[編集]

韓国慶尚南道蔚山郡(現・蔚山広域市)出身の在日韓国人一世。通名は重光 武雄(しげみつ たけお)。

親族関係としては以下の通り。

  •  妻:来日後の妻は日本人の重光初子氏で、下記の2男をもうけた。
  • 長男:辛東主(重光宏之、元日本ロッテグループ副会長[2]
  • 次男:辛東彬(重光昭夫、韓国ロッテグループ会長兼千葉ロッテ球団オーナー代行)
  • 甥:辛東仁韓国語版(韓国ロッテジャイアンツオーナー代行)

また、韓国の食品メーカー農心の創業者である辛春浩(シン・チュンホ)は実弟である。

2009年7月1日、創業以来務めてきたロッテグループ社長を退き、会長に就任した。

経歴[編集]

  • 1922年 - 日本統治時代の朝鮮(現韓国)の慶尚南道蔚山で誕生。
  • 1942年 - 関釜連絡船に乗って日本本土へ転居。
  • 1946年 - 早稲田実業学校卒業。
  • 1947年 - 進駐軍のチューインガムを見て、ガム製造に乗り出す[3]
  • 1948年 - 6月株式会社ロッテ設立。代表取締役社長に就任。
  • 1954年 - サッカーW杯予選出場のために来日する韓国代表チームの支援活動を始める[3]。のちに1964年東京オリンピックの韓国選手団を支援。
  • 1967年 - 4月韓国ロッテ設立。
  • 1969年 - 岸信介の仲介で東京オリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)のスポンサーとなり、球団名をロッテオリオンズとするが、球団経営は引き続き大映に委ねた。
  • 1971年 - 大映の経営危機により、正式にロッテオリオンズの経営権を譲り受けるが、オーナー職は球団の個人株主で大映経営時代の副オーナーだった中村長芳に委ねた。
  • 1972年 - 中村が退任して他球団の経営権を買収したため、11月ロッテオリオンズのオーナーに就任。
  • 1979年 - ロッテホテル開業。ソウルオリンピックの際には同ホテルに五輪組織委員会本部が置かれた[3]

脚注[編集]

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  1. ^ ロッテグループ、日本ロッテが事実上支配 朝鮮日報 2015年7月30日
  2. ^ “ロッテ持ち株会社、重光宏之副会長を経営陣から追放 創業者の長男”. 産経新聞社. (2015年1月9日). http://www.sankei.com/economy/news/150109/ecn1501090024-n1.html 2015年1月10日閲覧。 
  3. ^ a b c 町井久之関連人物・重光武雄

参考文献[編集]

  • 『魂の相克 在日スポーツ英雄列伝』大島裕史, 在日本大韓体育会、講談社 (2012/2/10)