重光昭夫

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しげみつ あきお(シン・ドンビン)
重光 昭夫(辛 東彬)
Shin Dong-Bin.jpg
重光 昭夫(2013年)
生誕 (1955-02-14) 1955年2月14日(61歳)
日本の旗 東京都
国籍 大韓民国の旗 韓国[1]
出身校 青山学院大学経済学部
コロンビア大学大学院修了
職業 ロッテホールディングス副会長
韓国ロッテグループ会長
千葉ロッテマリーンズオーナー代行
ロッテ・ジャイアンツオーナー
大韓スキー協会会長[2]
配偶者 淡河真奈美
子供 1男 2女
辛 東彬(重光 昭夫)
各種表記
ハングル 신동빈
漢字 辛東彬
発音: シゲミツ・アキオ
シンドンビン
日本語読み: しげみつ あきお
ローマ字 Shin Dongbin
Shigemitsu Akio
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重光 昭夫(しげみつ あきお、1955年2月14日 - )は、東京都出身の韓国籍の実業家である。ロッテホールディングス副会長、韓国ロッテグループ会長、プロ野球球団千葉ロッテマリーンズオーナー代行、大韓スキー協会会長。

在日韓国人二世で、韓国名は辛 東彬(シン・ドンビン、신동빈)。ロッテホールディングス会長重光武雄の次男。通称重光ジュニア

来歴・人物[編集]

松濤幼稚園を経て青山学院初等部入学。1977年青山学院大学経済学部卒業、1980年コロンビア大学大学院修了。

1981年野村證券に入社し、同社ロンドン支店で約6年間勤務しながらグローバル感覚を磨いた。

1988年ロッテ商事に入社。

1991年1月、低迷するロッテオリオンズのてこ入れとして球団社長代行に就任する。本拠地を川崎球場から千葉マリンスタジアムへ移転させ、球団名をロッテオリオンズから千葉ロッテマリーンズに変更する。同年11月にオーナー代行に就任し、1995年に代表取締役に就任した。広岡達朗ゼネラルマネージャーに、ボビー・バレンタインを監督に招聘するなど、チームの改革に次々と着手し、ロッテを人気チームに押し上げた人物として知られていた。 1955年4月に韓国の戸籍、10月に日本の戸籍にも記載されたため41歳まで日本国籍を維持し韓国の兵役を免除された。当時、韓国の国籍法は外国籍を取得すれば、韓国籍を自動的に喪失規定していた。昭夫氏は1996年6月、法務部からの指摘で韓国籍を喪失したが、2カ月後に韓国籍を回復した [3]。 それまで事実上の日本と韓国の二重国籍だったが、1996年に正式に日本国籍を放棄し韓国籍となった[1]

2010年10月19日パ・リーグクライマックスシリーズでロッテがソフトバンクを破って優勝した際、ロッテナインらから胴上げされ「胴上げは生まれて初めての体験。ビックリしました」と感想を述べた[4][5]

2011年2月、韓国ロッテグループ副会長から会長に昇進した。

妻は大成建設の副会長で務めた淡河義正の次女である淡河真奈美。1男2女が居る。2015年11月28日、長男の結婚式が行われ、日本の安倍晋三首相も出席した[6]

兄の宏之と比べると韓国語が流暢であり、2015年に発生した兄との経営権をめぐるお家騒動についての謝罪会見で韓国語を使い受け答えをした。

脚注・出典[編集]

  1. ^ a b ロッテグループ、日本ロッテが事実上支配 朝鮮日報 2015年7月30日
  2. ^ About FIS: FIS Organisation - Council - FIS-SKI” (英語). FIS. 2017年1月18日閲覧。
  3. ^ http://www.huffingtonpost.jp/2015/08/03/lotte-japanese-korean_n_7929944.html
  4. ^ 重光オーナー代行、生涯初の胴上げに「びっくり」 - スポーツニッポン、2010年10月20日
  5. ^ 【ロッテ】重光代行初めての胴上げ/CS - 日刊スポーツ、2010年10月20日閲覧
  6. ^ 首相動静―11月28日 - 朝日新聞、2015年11月28日閲覧

関連項目[編集]

外部リンク[編集]