萩原遼
| 萩原 遼 (はぎわら りょう) | |
|---|---|
| ペンネーム |
萩原 遼(はぎわら りょう) 渋谷 仙太郎(しぶや せんたろう) 井出 愚樹(いで ぐじゅ) |
| 誕生 |
坂本 孝夫(さかもと たかお)[2] 1937年 高知県 |
| 死没 |
2017年12月22日[1][2] 東京都 |
| 職業 | 作家、ジャーナリスト |
| 国籍 |
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| 最終学歴 | 大阪外国語大学朝鮮語学科第1期卒業 |
| 活動期間 | 1980年 - 2017年 |
| 主題 | 北朝鮮・韓国・朝鮮語、文学 |
| 代表作 | 『北朝鮮に消えた友と私の物語』 |
| 主な受賞歴 | 第30回大宅壮一ノンフィクション賞 |
| デビュー作 | 『淫教のメシア文鮮明伝』 |
| 親族 | 木津川計 |
| 公式サイト |
www |
萩原 遼(はぎわら りょう、1937年(昭和12年)- 2017年(平成29年)12月22日[1][2])は、日本のノンフィクション作家[1]、フリーランス・ジャーナリスト。元赤旗記者。北朝鮮に関する多くの著作や翻訳がある。本名:坂本 孝夫(さかもと たかお)[2]。別のペンネームとして、渋谷 仙太郎(しぶや せんたろう)と井出 愚樹(いで ぐじゅ)を用いた。日本共産党の永年党員(党員歴30年以上)であったが、除籍された(後述)。
略歴[編集]
高知県高知市出身。立命館大学元教授で元『上方芸能』編集長の木津川計(坂本凡夫)は実兄[2]。日本共産党大阪府羽曳野市元市議団長を務めた杉山弥生は実妹。
17歳の時に経済的理由から地元の高校を中退して上阪。住み込みの牛乳配達などをし、その後大阪府立天王寺高等学校定時制に編入[3]。そのとき同級生となった在日朝鮮人(尹元一:済州島出身で朝鮮戦争の難民として日本に密航)と意気投合し、それ以降どっぷり朝鮮半島と朝鮮語にのめりこんでいく。父親などの影響もあり、18歳の時に日本共産党に入党[3]。1963年、26歳の時大阪外国語大学に新設された朝鮮語学科に第一期生として入学[3]。大学卒業後、共産党の招請により『赤旗』(現「しんぶん赤旗」)記者となり、平壌特派員として勤務。平壌赴任[1972年(昭和47年)5月23日]後に、在日朝鮮人の帰還事業によって北朝鮮に帰った親友・尹元一を捜し回ったことが原因で、北朝鮮からスパイ容疑で国外追放[1973年(昭和48年)4月17日]となり、日本に送還される[4]。
以後、『赤旗』外信部で勤務するも、本人によれば〈日本共産党指導部の路線と合わなくなり、説明もなく赤旗記者を解任〉される[5]。これを機に1988年(平成元年)12月に、「赤旗」を退職しフリーとなる。 すぐに『ソウルと平壌』を上梓した。その後、1989年12月から約3年間渡米し、ワシントンの国立公文書館で朝鮮戦争と北朝鮮史の調査研究に没頭し、『朝鮮戦争 金日成とマッカーサーの陰謀』(文芸春秋1993刊)を書き上げる。 1994年(平成6年)2月、在日朝鮮人の帰還事業によって日本から北朝鮮に帰国した10万人の在日朝鮮・韓国人とその日本人の配偶者の現状を救おうと、小川晴久元東京大学教授、金民柱元朝鮮総連幹部らとともに北朝鮮帰国者の生命 (いのち) と人権を守る会を結成した。1999年には『北朝鮮に消えた友と私の物語』で第30回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞[2]。
2005年(平成17年)に日本共産党のトップである不破哲三が朝鮮総連創設50周年記念祝賀会で祝賀の挨拶や朝鮮総連を褒め称えたことに対して、萩原は元党員や脱北者らなど朝鮮総連の罪への日本共産党の反省がないことへの批判に抗議のビラを撒いた。『「赤旗」退職後から元赤旗特派員”の肩書きで共産党を繰り返し誹謗したという理由で、党規違反』との名目で除籍された。萩原は著書などで金正日政権と日本共産党の関係を批判する等していたため北朝鮮拉致事件が話題を集め東京都議会選挙目前のタイミングでの除籍は物議をかもした。萩原は「不当な除籍であり、取り消しをもとめていく」として批判している[6]。
2010年(平成22年)、「星へのあゆみ出版」から、朝鮮学校(高級学校と中級学校)で使われている歴史教科書の日本語訳を出版。朝鮮学校を「虚偽を教育の柱としている機関」「教育に政治を持ち込んでいるのは朝鮮総連」と批判して金一族の手足となる洗脳機関と化して日本に対立を持ち込んでいる組織だとして批判している。金一族を擁護させる民族主義な在日を育成するためにある朝鮮学校を暴力洗脳組織だと告発する在日朝鮮人らと日本の公費助成に反対している[7]。
2014年に朝鮮総連と闘うための雑誌として「拉致と真実」を発刊。2016年には「朝鮮総連本部をさら地にする会」を結成し代表に就任した。
2017年12月22日、心不全のため東京都港区の自宅・事務所で死去。80歳没[1]。
著書『朝鮮戦争 金日成とマッカーサーの陰謀』[編集]
渡米した際、米国公文書館の資料(朝鮮戦争のとき、米軍が没収した朝鮮労働党と朝鮮人民軍などの資料)を3年かけて調査し、『朝鮮戦争 金日成とマッカーサーの陰謀』を著した。同書で、朝鮮戦争が北から仕掛けたことを明らかにした。
- 佐々木春隆(防衛大学校教授)は、「厖大な北の内部資料駆使されてのわが国初めての偉大なる大傑作に最高の敬意を表します。北の文献によって北の行動を証明されたのは初めてですし、関心をもつものの長年に亘る希望を叶えて下さったからです」と評した[8]。
- 小此木政夫は、「本書の圧巻は戦争が準備され、開始されるまでを描写した第5章から9章である。たとえば第5章の『戦争準備』では、国共内戦に参加した中国在住の朝鮮人部隊(3個師団)が帰国し、北朝鮮軍の主力部隊として再編される模様が追跡されている。毛沢東、朱徳、林彪らは、この部隊が何に使われるを明確に認識していた。ソ連だけでなく、中国も戦争の共犯者だったのである。また第6章では、南進の前段階が38度線近くでの『夏期戦闘文化訓練』として整えられ、兵士と砲弾が次々と南に移動していく様子が描き出されている。さらに第7、8、9章では、北朝鮮軍第6、第3、第2師団がそれぞれ開城-汶山、東豆山-抱川、春川に向けて攻撃を開始するまでの経過が克明に追跡されている」と述べた[9]。
- 桜井浩(久留米大学教授)は、「北朝鮮の資料によって朝鮮戦争の真実を追求した本書の意義は大きい。おそらく、北朝鮮当局が公開しないかぎり、これ以上の資料は入手できないであろう。今後朝鮮戦争と北朝鮮の関連を論じようとすればかならず本書を参照しなければならないであろう。本書が朝鮮戦争の研究にたいして行ったもっとも重要な貢献はこの点であると思われる」と評した[10]。
- 元朝鮮人民軍第6師団政治保衛部責任軍官・元朝鮮人民軍初代歴史記録部長崔泰煥は、自分の属していた第6師団の文書が多数引用され、そのなかに親しい戦友の名があり「感慨無量で私は一人泣きました」と長文の手紙を寄せた[11]。
著書[編集]
単著[編集]
- 『淫教のメシア・文鮮明伝』 萩原遼編、晩聲社、1980年3月。
- 『民主主義よ君のもとに 韓国全斗煥体制下の民衆』 新日本出版社、1986年10月。ISBN 4-406-01454-3。
- 『ソウルと平壌』 大月書店、1989年10月。ISBN 4-272-21054-8。
- 『ソウルと平壌』 文藝春秋〈文春文庫〉、1998年10月。ISBN 4-16-726004-2。 - 『ソウルと平壌』(大月書店、1989年刊)の増補版。
- 『朝鮮戦争 金日成とマッカーサーの陰謀』 文藝春秋、1993年12月。ISBN 4-16-348310-1。
- 『朝鮮戦争 金日成とマッカーサーの陰謀』 文藝春秋〈文春文庫〉、1997年6月。ISBN 4-16-726003-4。
- 『「朝鮮戦争」取材ノート』 かもがわ出版、1995年6月。ISBN 4-87699-183-9。
- 『朝鮮と私 旅のノート』 文藝春秋〈文春文庫〉、2000年4月。ISBN 4-16-726005-0。 - 『「朝鮮戦争」取材ノート』(かもがわ出版、1995年刊)の増補版。
- 『北朝鮮に消えた友と私の物語』 文藝春秋、1998年11月。ISBN 4-16-354590-5。
- 『北朝鮮に消えた友と私の物語』 文藝春秋〈文春文庫〉、2001年5月。ISBN 4-16-726006-9。
- 『拉致と核と餓死の国北朝鮮』 文藝春秋〈文春新書〉、2003年3月。ISBN 4-16-660306-X。
- 『金正日 隠された戦争 金日成の死と大量餓死の謎を解く』 文藝春秋、2004年11月。ISBN 4-16-366480-7。
- 『金正日 隠された戦争 金日成の死と大量餓死の謎を解く』 文藝春秋〈文春文庫〉、2006年11月。ISBN 4-16-726007-7。
- 『北朝鮮 金王朝の真実』 祥伝社新書、2012年3月。ISBN 978-4-396-11271-4。
共著[編集]
- 深田祐介共著 『北朝鮮・狂気の正体 金王朝の謀略と崩壊の行方』 扶桑社、2003年1月。ISBN 4-594-03854-9。
- 井沢元彦共著 『朝鮮学校「歴史教科書」を読む』 祥伝社新書、2011年11月。ISBN 978-4-396-11257-8。
翻訳[編集]
- 金芝河 『長い暗闇の彼方に』 中央公論社<絶版>ペンネーム:渋谷仙太郎(ペンネーム)、1971年12月。
- 李恒九 『小説 金日成』上、文藝春秋、1994年9月。ISBN 4-16-315090-0。
- 李恒九 『小説 金日成』下、文藝春秋、1994年9月。ISBN 4-16-315100-1。
- 黄長燁 『金正日への宣戦布告 黄長燁回顧録』 文藝春秋、1999年2月。ISBN 4-16-354980-3。
- 黄長燁 『金正日への宣戦布告 黄長燁回顧録』 文藝春秋〈文春文庫〉、2001年4月。ISBN 4-16-765105-X。
- 黄長燁 『狂犬におびえるな 続・金正日への宣戦布告』 文藝春秋、2000年1月。ISBN 4-16-355960-4。
- 成蕙琅 『北朝鮮はるかなり 金正日官邸で暮らした20年』上、文藝春秋、2001年2月。ISBN 4-16-357160-4。
- 成蕙琅 『北朝鮮はるかなり 金正日官邸で暮らした20年』下、文藝春秋、2001年2月。ISBN 4-16-357170-1。
- 成蕙琅 『北朝鮮はるかなり 金正日官邸で暮らした20年』 文藝春秋〈文春文庫〉、2003年2月。ISBN 4-16-765131-9。
- 尹大日 『北朝鮮・国家安全保衛部 金王朝を支える恐怖の人民抑圧システム』 文藝春秋、2003年4月。ISBN 4-16-359620-8。
- パンジ 『告発 北朝鮮在住の作家が命がけで書いた金王朝の欺瞞と庶民の悲哀』 かざひの文庫、2016年6月。短編小説集7篇
その他出版活動[編集]
- 関貴星 『楽園の夢破れて』 北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会関西支部、1997年3月。ISBN 4-7505-9708-2。 - 『楽園の夢破れて 北朝鮮の真相』(全貌社、1962年刊)の復刻版。
- 萩原遼 『米国・国立公文書館所蔵 北朝鮮の極秘資料』上・中・下、夏の書房、1998年。ISBN 978-4-88853-014-9。 - 3巻 自費出版。
- 上巻「ソ連占領下の北朝鮮と朝鮮共産党」ISBN 978-4-88853-011-8
- 中巻「朝鮮戦争を準備する北朝鮮」ISBN 978-4-88853-012-5
- 下巻「南進から平壌陥落まで」ISBN 978-4-88853-013-2
- 『脱北帰国者』 北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会、2007年。
- 『光射せ!』創刊1号 北朝鮮収容所国家からの解放を目指す理論誌、北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会、2007年12月 -
- 2号(2008年10月3日)
- 3号(2009年 4月18日)
- 4号(2009年12月10日)
- 5号(2010年 7月10日)
- 6号(2010年12月 6日)
- 7号(2011年 6月 6日)
- 8号(2011年12月 6日)
- 9号(2012年 6月 5日)
- 10号(2012年12月 1日)
- 『朝鮮高級学校教科書 現代朝鮮歴史(日本語訳)高級1』1、朝鮮高校への税金投入に反対する専門家の会、星への歩み出版、2010年。
- 『朝鮮高級学校教科書 現代朝鮮歴史(日本語訳)高級2』2、朝鮮高校への税金投入に反対する専門家の会、星への歩み出版、2010年。
- 『朝鮮高級学校教科書 現代朝鮮歴史(日本語訳)高級3』3、朝鮮高校への税金投入に反対する専門家の会、星への歩み出版、2010年。
- 『朝鮮中級学校教科書 朝鮮歴史(日本語訳)中級2-3』3、朝鮮高校への税金投入に反対する専門家の会、星への歩み出版、2011年。
- 『拉致と真実』 「北朝鮮の軍事独裁体制=朝鮮総連と闘う情報誌」萩原遼責任編集。
- 創刊1号(2014年03月10日)
- 2号(2014年09月08日)
- 3号(2014年12月09日)
- 4号(2015年03月30日)
- 5号(2015年07月01日)
- 6号(2015年10月01日)
- 7号(2016年01月27日)
- 8号(2016年05月09日)
- 9号(2016年07月04日)
- 10号(2016年11月14日)
- 11号(2017年03月10日)
- 12号(2017年08月22日)
脚注[編集]
- ^ a b c d “訃報 萩原遼さん80歳=ノンフィクション作家”. 毎日新聞. (2017年12月25日) 2017年12月25日閲覧。
- ^ a b c d e f “萩原遼氏死去…「北朝鮮に消えた友と私の物語」”. 読売新聞. (2017年12月25日) 2017年12月25日閲覧。
- ^ a b c 萩原&井沢 2011、pp.24-27
- ^ 『ソウルと平壌』1989年10月、大月書店(絶版),その後、文春文庫から発行,p121・p174,萩原 遼
- ^ 1988年のソウルオリンピックの際には、赤旗記者として渡韓し、『文化評論』1988年8月号に「南北対立のソウル五輪」を、12月号に「『赤旗』記者のみた南朝鮮の人と生活」を発表している
- ^ 『北朝鮮に消えた友と私の物語』p82萩原 遼、文藝春秋
- ^ 『北朝鮮に消えた友と私の物語』p97、萩原 遼、文藝春秋
- ^ 「東大教授か、デマゴーグか」『諸君!』1995年4月号、147頁
- ^ 『正論』1994年4月号
- ^ 『アジア・アフリカ研究』1994年7月号
- ^ 「東大教授か、デマゴーグか」『諸君!』1995年4月号、149頁
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 萩原遼のソウル日記 (萩原本人作成のブログ)
- かるめぎ (北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会 公式Webページ)
- hagiryo 萩原 遼 新研究室へようこそ! (公式Webページ)
- hagiryo 萩原 遼 研究室へようこそ!(旧・公式Webページ)
- 萩原遼氏を除籍 (しんぶん赤旗)
- 星への歩み出版 - BIGLOBEウェブリブログ
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