萩原遼

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萩原 遼
(はぎわら りょう)
ペンネーム 渋谷 仙太郎(しぶや せんたろう)
井出 愚樹(いで ぐじゅ)
誕生 1937年
高知県
職業 作家、ジャーナリスト
国籍 日本の旗 日本
最終学歴 大阪外国語大学朝鮮語学科卒業
活動期間 1980年 -
主題 北朝鮮韓国情勢、文学
代表作 北朝鮮に消えた友と私の物語
主な受賞歴 第30回大宅壮一ノンフィクション賞
デビュー作 淫教のメシア文鮮明伝
公式サイト www.geocities.jp/hagiryo2004/
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萩原 遼(はぎわら りょう、1937年(昭和12年) - )は、日本フリーランスジャーナリスト北朝鮮報道で知られる。ペンネームとして渋谷 仙太郎井出 愚樹(いで ぐじゅ)も用いる。日本共産党の永年党員(党員歴30年以上)であったが、除籍された。本人は「不当な除籍であり、取り消しをもとめていく」としている[要出典]

略歴[編集]

高知県生まれ。立命館大学元教授の木津川計は実兄。17歳の時に経済的理由から地元の高校を中退して上阪、住み込みの牛乳配達などをして働き、1年後に大阪府立天王寺高等学校定時制に編入[1]。その時に同級生となった在日朝鮮人と親交を深めて、朝鮮語の学習を強く希望し、天理大学朝鮮語学科を受験するも失敗。共産党には18歳の時に入党[1]。1963年、26歳の時に、大阪外国語大学に新設された朝鮮語学科に第一期生として入学[1]。大学卒業後、『赤旗』(現「しんぶん赤旗」)平壌特派員として勤務(1972年(昭和47年) - 1973年(昭和48年))する。そのとき、1959年(昭和34年)12月14日から始まった帰国運動によって北朝鮮に帰った在日朝鮮人の親友を捜し回ったことが原因で、北朝鮮から国外追放となる[要出典]

以後、『赤旗』外信部で勤務するも、本人によれば〈日本共産党指導部の路線と合わなくなり、説明もなく赤旗記者を解任〉される[2]。これを機に1988年(平成元年)末に、赤旗を退職、フリーとなる。

1994年(平成6年)2月、在日朝鮮人の帰還事業よって日本から北朝鮮に帰国した10万人の在日朝鮮・韓国人とその日本人の配偶者の現状を救おうと、小川晴久東京大学教授金民柱元朝鮮総連幹部らとともに北朝鮮帰国者の生命 (いのち) と人権を守る会を結成した。1999年には『北朝鮮に消えた友と私の物語』で第30回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。

「赤旗」退職後から“元赤旗特派員”の肩書きで共産党を繰り返し誹謗したという理由で、党規違反により2005年(平成17年)除籍。萩原は著書などで金正日政権と日本共産党の関係を批判する等していたため北朝鮮拉致事件が話題を集め東京都議会選挙目前のタイミングでの除籍は物議をかもした[要出典]

2010年(平成22年)、「星へのあゆみ出版」から、朝鮮学校(高級学校と中級学校)で使われている歴史教科書の日本語訳を出版。朝鮮学校を「虚偽を教育の柱としている機関」「教育に政治を持ち込んでいるのは朝鮮総連」と批判し、保守派とともに朝鮮学校への日本の公費助成に反対している。その後、在日朝鮮学校への授業料無償化を阻んだのをはじめ、東京、大阪、埼玉などの各県で、あいつぐ朝鮮学校への公費助成廃止の動きに発展した[要出典]

2014年3月、胃がん宣告を受ける[要出典]これを機に[要出典]守る会の名誉代表を辞任[要出典]。同時期に朝鮮総連と闘うための雑誌「拉致と真実」を発刊。

著書『朝鮮戦争 金日成とマッカーサーの陰謀』[編集]

渡米した際、米国公文書館の資料(朝鮮戦争のとき、米軍が没収した朝鮮労働党朝鮮人民軍などの資料)を3年かけて調査し、『朝鮮戦争 金日成とマッカーサーの陰謀』を著した。同書ではソ連崩壊後に出てきた資料よりも前に、北朝鮮だけの資料に基づき[要出典]、朝鮮戦争が北から仕掛けたことを明らかにした。

  • 佐々木春隆防衛大学校教授)は、「厖大な北の内部資料駆使されてのわが国初めての偉大なる大傑作に最高の敬意を表します。北の文献によって北の行動を証明されたのは初めてですし、関心をもつものの長年に亘る希望を叶えて下さったからです」と評した[3]
  • 小此木政夫は、「本書の圧巻は戦争が準備され、開始されるまでを描写した第5章から9章である。たとえば第5章の『戦争準備』では、国共内戦に参加した中国在住の朝鮮人部隊(3個師団)が帰国し、北朝鮮軍の主力部隊として再編される模様が追跡されている。毛沢東朱徳林彪らは、この部隊が何に使われるを明確に認識していた。ソ連だけでなく、中国も戦争の共犯者だったのである。また第6章では、南進の前段階が38度線近くでの『夏期戦闘文化訓練』として整えられ、兵士と砲弾が次々と南に移動していく様子が描き出されている。さらに第7、8、9章では、北朝鮮軍第6、第3、第2師団がそれぞれ開城-汶山東豆山-抱川春川に向けて攻撃を開始するまでの経過が克明に追跡されている」と述べた[4]
  • 桜井浩久留米大学教授)は、「北朝鮮の資料によって朝鮮戦争の真実を追求した本書の意義は大きい。おそらく、北朝鮮当局が公開しないかぎり、これ以上の資料は入手できないであろう。今後朝鮮戦争と北朝鮮の関連を論じようとすればかならず本書を参照しなければならないであろう。本書が朝鮮戦争の研究にたいして行ったもっとも重要な貢献はこの点であると思われる」と評した[5]
  • 朝鮮人民軍第6師団政治保衛部責任軍官・元朝鮮人民軍初代歴史記録部長崔泰煥は、自分の属していた第6師団の文書が多数引用され、そのなかに親しい戦友の名があり「感慨無量で私は一人泣きました」と長文の手紙を寄せた[6]

著書[編集]

単著[編集]

  • 『淫教のメシア・文鮮明伝』 萩原遼編、晩聲社、1980年3月。
  • 『民主主義よ君のもとに 韓国全斗煥体制下の民衆』 新日本出版社、1986年10月。ISBN 4-406-01454-3
  • 『ソウルと平壌』 大月書店、1989年10月。ISBN 4-272-21054-8
  • 『朝鮮戦争 金日成とマッカーサーの陰謀』 文藝春秋、1993年12月。ISBN 4-16-348310-1
    • 『朝鮮戦争 金日成とマッカーサーの陰謀』 文藝春秋〈文春文庫〉、1997年6月。ISBN 4-16-726003-4
  • 『「朝鮮戦争」取材ノート』 かもがわ出版、1995年6月。ISBN 4-87699-183-9
  • 『北朝鮮に消えた友と私の物語』 文藝春秋、1998年11月。ISBN 4-16-354590-5
    • 『北朝鮮に消えた友と私の物語』 文藝春秋〈文春文庫〉、2001年5月。ISBN 4-16-726006-9
  • 『拉致と核と餓死の国北朝鮮』 文藝春秋〈文春新書〉、2003年3月。ISBN 4-16-660306-X
  • 『金正日隠された戦争 金日成の死と大量餓死の謎を解く』 文藝春秋、2004年11月。ISBN 4-16-366480-7
    • 『金正日隠された戦争 金日成の死と大量餓死の謎を解く』 文藝春秋〈文春文庫〉、2006年11月。ISBN 4-16-726007-7
  • 『北朝鮮 金王朝の真実』 祥伝社、2012年3月。ISBN 978-4-396-11271-4

共著[編集]

翻訳[編集]

その他出版活動[編集]

  • 関貴星 『楽園の夢破れて』 北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会関西支部、1997年3月。ISBN 4-7505-9708-2 - 『楽園の夢破れて 北朝鮮の真相』(全貌社、1962年刊)の復刻版。
  • 萩原遼 『米国・国立公文書館所蔵 北朝鮮の極秘資料』上・中・下、夏の書房、1998年ISBN 978-4-88853-014-9 - 3巻 自費出版。
  • 『脱北帰国者』 北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会、2007年
  • 『光射せ!』創刊1号 北朝鮮収容所国家からの解放を目指す理論誌、北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会、2007年12月 -
    1. 2号(2008年10月3日)
    2. 3号(2009年 4月18日)
    3. 4号(2009年12月10日)
    4. 5号(2010年 7月10日)
    5. 6号(2010年12月 6日)
    6. 7号(2011年 6月 6日)
    7. 8号(2011年12月 6日)
    8. 9号(2012年 6月 5日)
    9. 10号(2012年12月 1日)
  • 『朝鮮高級学校教科書 現代朝鮮歴史(日本語訳)高級1』1、朝鮮高校への税金投入に反対する専門家の会、星への歩み出版、2010年
  • 『朝鮮高級学校教科書 現代朝鮮歴史(日本語訳)高級2』2、朝鮮高校への税金投入に反対する専門家の会、星への歩み出版、2010年
  • 『朝鮮高級学校教科書 現代朝鮮歴史(日本語訳)高級3』3、朝鮮高校への税金投入に反対する専門家の会、星への歩み出版、2010年
  • 『朝鮮中級学校教科書 朝鮮歴史(日本語訳)中級2-3』3、朝鮮高校への税金投入に反対する専門家の会、星への歩み出版、2011年

脚注[編集]

  1. ^ a b c 萩原&井沢 2011、pp.24-27
  2. ^ 1988年のソウルオリンピックの際には、赤旗記者として渡韓し、『文化評論』1988年8月号に「南北対立のソウル五輪」を、12月号に「『赤旗』記者のみた南朝鮮の人と生活」を発表している
  3. ^ 「東大教授か、デマゴーグか」『諸君!』1995年4月号、147頁
  4. ^ 正論』1994年4月号
  5. ^ アジア・アフリカ研究』1994年7月号
  6. ^ 「東大教授か、デマゴーグか」『諸君!』1995年4月号、149頁

関連項目[編集]

外部リンク[編集]