畠山智之

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はたけやま さとし
畠山 智之
Satoshi Hatakeyama
プロフィール
愛称 智之[要出典]
出身地 日本の旗 日本 東京都
(出生地は大阪府
生年月日 (1958-10-30) 1958年10月30日(63歳)
最終学歴 日本大学農獣医学部(現・生物資源科学部)卒業
勤務局 NHK放送研修センター・日本語センター
部署 放送部
職歴 帯広札幌東京アナウンス室大阪→東京アナウンス室→仙台→東京アナウンス室→日本語センター出向
活動期間 1981年 -
ジャンル 地域報道
公式サイト NHK
出演番組・活動
出演中 本文参照
出演経歴 本文参照

畠山 智之(はたけやま さとし、1958年10月30日 - )は、NHKエグゼクティブアナウンサー

来歴・人物[編集]

大阪府大阪市生まれで、東京都育ち。

日本大学第二高等学校を経て、日本大学農獣医学部(現・生物資源科学部)食品工学科に進学。

大学時代はアナウンサーを目指していた訳でもなく、アナウンサーの勉強も一切していなかった。ただし「海外で仕事がしたい」という気持ちはずっと持っており、大学4年時に商社を受験するも全滅。それでもなお海外で仕事がしたい思いは変わらず、今度は海外に支局がある所を探して就職掲示板を見ていたところ、NHKの職員募集の掲示板を発見。「NHKに入れれば海外で仕事が出来る」と思ってNHKを受験したのが、NHK就職の切っ掛けである。面接時に職種についての質問を聞かれ「海外に行ければ良いです。何でも結構ですから決めて下さい」と返答、結果アナウンサーで採用となった。

大学卒業後、1981年(昭和56年)4月NHKに入局。初任地は帯広放送局で、2番目の赴任先はNHK札幌放送局。札幌に来てからは報道番組を担当。1991年度より東京アナウンス室へ異動し、NHKニュース21のリポーターを担当。1993年にはNHKニュースおはよう日本土日祝の初代メインキャスター、1994年度にはくらしのジャーナルの司会をそれぞれ1年間担当。1995年からはNHK大阪放送局に異動、きんき845と同時にイブニングネットワークきんきを担当。1996年から1997年にかけて発生した在ペルー日本大使公邸占拠事件では、現地より3か月のリポート等を担当した。取材中の2月に人事異動が発令され、東京アナウンス室に異動。1999年度にはNHKニュース7で土日祝のメインキャスターを1年間担当したのち、横滑りで2000年度からは平日を担当[1]、通算7年間メインキャスターを務めた。同時にNHKニュース9の最後のメインキャスターも務めた。ニュース9の最終回となった2006年3月31日には神戸港[2]の様子を中継し、番組の最後には「明日から4月です。この時間来週月曜日からは新番組(ニュースウオッチ9)が始まります。是非、ご覧下さい」と締めくくった。2006年4月からはNHK週刊ニュースのメインキャスターを5年間、2011年度からは『お元気ですか日本列島』の総合司会を1年間担当。2012年度からは15年ぶりに地方への異動となり、NHK仙台放送局に異動。夕方の地域情報番組・『てれまさむね』のメインキャスターに就任。

緊急報道でも活躍[3]

仙台放送局時代では、2011年3月に発生した東日本大震災関連の報道を担当。2014年4月には再び東京アナウンス室に復帰。それと同時に三宅民夫の後任として担当し始めた、東日本大震災に関する情報・ドキュメンタリー番組である『明日へ -支えあおう-』→『明日へ つなげよう』の司会を最終回(2021年3月14日)まで務め、在任期間中の2018年に還暦を迎える。東京アナウンス室復帰の翌年(2015年)度からは、ラジオ第1の夕方の報道番組である『先読み!夕方ニュース』(2018年3月30日で放送終了)およびその後番組の『Nらじ』(2018年4月2日放送開始)のキャスターを2020年度まで務め、2021年度より『マイあさ!』土日祝のメインパーソナリティーに就任。

現在の担当番組[編集]

過去の担当番組[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 2021年現在、同番組で週末から横滑りで平日担当になった最後の事例である。
  2. ^ 余談だが、この日は畠山の入局と同年に開業した神戸ポートピアランドの最終営業日であり、番組内でも言及されていた。
  3. ^ 「アナウンサーたちの70年」(NHK著)より[要ページ番号]
  4. ^ テレビ天気予報の歴史を発掘!南さんが解説 | NHK番組発掘プロジェクト通信 2019年7月19日

外部リンク[編集]

先代
谷地健吾
てれまさむね 4代目メインキャスター
畠山智之 2012年4月2日 - 2014年3月28日
次代
平野哲史