大塚利兵衛

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大塚 利兵衛(おおつか りへえ、1923年 - )は、日本放送協会の元アナウンサー

経歴[編集]

学徒動員の一環でマレーシアにおり、終戦後同国の刑務所で捕虜となる。1947年帰国。法政大学に復学後、「アナウンサー募集」の広告を見つけて応募し、NHK入局を果たす。同時期入局は、小川宏八木治郎木島則夫野村泰治ら。当初はNHK釧路放送局NHK札幌放送局を経て、NHK放送センターに移籍。NHKアナウンサー時代はほぼ報道番組専門でアナウンスを担当。

1959年の伊勢湾台風では、この台風による猛烈な豪雨などによって水没した名古屋市内を取材し、現場取材を重視するアナウンサーとして活躍。大塚は「レポートする前にテレビカメラをのぞいてみました。カメラが広い光景を撮ったとき、どこまで入るのか、ズームしてよるとどれぐらい拡大できるか、確認しました。もう一つは、大変悲惨な情景を目にしているのに、カメラが写しだした映像は、きらきら光る水面の向こうに、家や、松の木があり、後ろには雑木林が見えるきれいな光景でした。このため、水の下には、実は収穫直前の稲も、みんな沈んでいることを、言葉で補わないと、悲惨な現実が伝わらないことを思い知らされました」と述懐している。

のちに、早朝のワイド番組『スタジオ102』の総合司会を務めた。この他の主な出演番組には『NHKきょうのニュース』(現・『NHKニュース7』の母体)などがある。

1982年退職。その後フリーアナウンサー・ジャーナリストとして活躍している。

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