「犬食文化」の版間の差分
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2021年5月7日 (金) 17:58時点における版
犬食文化(けんしょくぶんか、食犬とも)とは、食用として犬を飼育してその肉を食べる習慣、及び犬肉料理の文化の事である。
中国の一部の地域、東南アジア、朝鮮半島地域などの市場では、内臓を除去しただけのそのままの姿のものや小さく解体した形状などで犬肉が販売されている。調理方法は国によって様々である。一方、犬食を忌む地域もある。これには牧畜社会、遊牧社会、狩猟採集社会の支配的な地域と、西アジアのように食用動物に関する宗教上の忌避が存在する地域がある。世界で食用目的にされている犬は年間約2000万~3000万頭[1]。
各地の犬食文化
東アジア
中国
中国の新石器時代の遺跡からは、犬の骨が大量に出土している[2]。これは犬を食用として大量に飼育していたためである。黄河流域にも[3]長江流域にも犬食文化は存在した[4]。古代中国で犬肉を食べていた事実は、前漢の高祖に仕えた武将樊噲がかつて犬の屠畜を業としていたことや、「狡兎死して走狗烹らる」(前漢『史記』)、「羊頭狗肉」(南宋『無門関』)などの諺からもうかがえる[5]。
しかし、狩猟や遊牧を主たる生業とする北方民族は、犬を狩猟犬として、或いは家族や家畜群を外敵から守る番犬として飼っており、犬肉を食べない。こうした犬は生業や家族の安全に寄与する生活の仲間であり、家族同様だったからとする見方がある。華北では、五胡十六国時代に鮮卑など北方遊牧民族の支配を受けた影響から、犬食に対する嫌悪感が広まった。北方民族が入らなかった南朝でも、5世紀頃から犬を愛玩用として飼う風習が広まり、特に上流階級はペルシャ犬を愛好した。このため、南朝でも犬食を卑しいとする考えが広まり、時代が進むに連れて犬食の風習は廃れていった[6]。また、道教においては、禁葷食である三厭のひとつとされた[7]。但し明代末の『本草綱目』にも犬の記載があり、全く廃れた訳ではなかった[8]。
2014年現在でも中国東北部・南部では犬肉を食べる習慣があり[9][10]、広東省、広西チワン族自治区、湖南省、雲南省、貴州省、江蘇省等では、広く犬食の風習が残っている。江蘇省沛県や貴州省関嶺県花江、吉林省延辺朝鮮族自治州は犬肉料理で有名な場所である。地名にも養殖場があった場所として、「狗場」等の名が使われている場所が多くある。広東省広州では「狗肉」(広東語カウヨッ)の隠語として「三六」(サムロッ)や「三六香肉」(サムロッヒョンヨッ)と呼ぶが、「3+6=9」で同音の「狗(九)」を表した表現である。おおむね、シチューに似た煮込み料理に加工して食べられる。調理済みのレトルトパックや、冷凍犬肉も流通している。一般に、中国医学では、犬肉には身体を温める作用があると考えられているため、冬によく消費されるが、広西チワン族自治区玉林市では、夏至の頃に「狗肉茘枝節」と称して、犬料理とレイシを食べる行事が行われている。
しかし、中国でも犬肉を食べることへの批判は年々強まっている[10]。中国広西チワン族自治区玉林市で、犬肉を食べる伝統の「犬肉祭り」をめぐり、愛犬家・人気女優が反対しており、食文化だと反論する食堂などとの間で大論争となった[11]。 アメリカの動物愛護団体は、「犬肉祭り」を前に王林の犬市場から犬を買い取る救出活動も行なっている[12]。 玉林市は「10歩に一軒の犬肉料理店がある」と言われるほど、犬肉食が盛んな地域とされており、犬肉祭りだけで1万匹の犬が食用処理され、表通りでも犬をさばき、至る所に犬の死体が散乱しているなど、規模・残酷さで際立っているとされている[10]。玉林市では犬肉とライチを食べる「玉林ライチ犬肉祭」が1995年から開かれていたが、本物の犬肉だと証明するために業者が客の目の前で犬を殺すため、愛犬家・著名人などから激しい抗議を受けるようになっていた[9]。浙江省金華市では、犬肉祭をめぐって世論の批判を受け、2011年に600年以上続いていた「金華湖犬肉祭」が廃止されている[9]。
中国は2018年時点で、世界で最も犬肉の消費量が大きい国であり、世界で食用に殺される犬は年間2000万~3000万頭のうち、1000万頭が中国で処理されているが不衛生や処理方法が国外で問題視されている[13]。
香港
香港では犬食に嫌悪感の強い英国の支配を受けたため、犬は「猫狗条例」により保護されている。現在も犬肉の流通が禁止されている[1]。
チベット
チベットでは野菜の育ちにくい土地柄から、羊やヤクのほか、犬肉を用いたゆでソーセージが作られる事もあるとされている[14]。
台湾
台湾では「香肉」という呼び名で好事家の食文化として犬食が存在していた。1962年の映画『世界残酷物語』(グァルティエロ・ヤコペッティ監督作品)には、台湾の犬肉料理店が登場しており、檻に入れられた状態の食用犬にされる犬を見ながら、客が食事をする一幕がある。しかし、2001年1月13日、動物保護法が施行され、食用を目的とした犬や猫の屠殺を禁じられた。2003年12月16日の改正において、販売も罰則対象に含まれるようになった。台湾では以降禁止されている[1]。
南北朝鮮
朝鮮半島でも狗肉は新石器時代から食用とされており、犬食は今なおきわめて盛んである。韓国では犬肉を「개고기(ケゴギ)」、北朝鮮では「단고기(タンゴギ)」と言う(「ケ」は犬、「タン」は「甘い」、「ゴギ」は「肉」の意)。犬料理は、滋養強壮、精力増強、美容に良いとされ、陰暦の夏至の日から立秋までの「庚(かのえ)」のつく日の三伏には、犬料理を食べて暑気を払う習慣がある[15]。韓国には患者の手術後の回復のために犬肉を差し入れる習慣がある[16]。犬市場としては城南市の牡丹市場が有名である。犬から作った犬焼酒(酒ではない)も飲まれている。黒犬には時別効能があるとされる[要出典]。
かつて朝鮮半島では人糞を犬に食べさせて飼育する風習があった。犬を人糞で育てる習俗はモンゴルにもあるが、ここでは逆にゲルの成員の糞を与えて育てた犬を、ゲル周辺を警備し、余所者の侵入を防ぐ忠犬として養育するという要素を持つ[要出典]。また、食肉家畜を人糞で飼育するという飼育方法自体は、養豚において中国や朝鮮半島の済州島、南方の沿岸地域および沖縄[17]にもかつて見られ、一部では現在も残る(豚便所参照)。
韓国の犬肉料理文化は、犬食の習慣を持たない国から問題視されることがある。韓国では、1988年のソウルオリンピック開催に際して、欧米諸国の批判をかわす為、犬食に対する取締りが行われたが、犬肉料理を愛好する人も少なくない為に、店舗名を変更したり(一見して犬肉料理店とわからないような名称にする)大通りから裏通りへ遠ざけられて黙認された。2002年のFIFAワールドカップの際には、FIFAが「犬肉を追放してほしい」と韓国政府に要請してきたが、FIFAの副会長でもあるチョン・モンジュンは拒否した。2006年、韓国国務調整室が行なった調査によると年間200万頭の犬が食べられていた[18]。2008年の調査によると、ソウル市内だけで530店の食堂が犬食を扱っている。違法のため、当局による衛生管理が行なわれておらず社会問題化している[19]。
2008年4月には、ソウル特別市当局が正式に犬を嫌悪食品とする禁止令を撤廃し、食用家畜に分類する発表を行った。これに対し韓国国内の動物愛護団体が反発を強めている[20]。動物愛護団体は城南市で狭い檻に入り犬食文化の反対運動を行なった[21]。
朝鮮半島では韓国だけでも数百万頭の食肉専用に改良された犬種であるヌロンイが、牛や豚と同様の酪農家によって飼育されており、屠殺方法も電気ショックによるシステマチックな方法によるとされ、外圧による安易な犬食禁止は家畜として飼育されている食用犬を無為に全滅させかねない行為であると批判する識者もいる一方で、本来では食用品種ではない犬種、時には野良犬や明らかに愛玩犬であったと思われる犬などが、伝統的とされる撲殺などの残虐な方法で食肉に供されている例が今日でも存在すると主張する者もいる[要出典]。
なお、韓国の法制度では、犬は「家畜」として扱われておらず、犬肉の流通・販売は違法でも適法でもない不明瞭な状態となっている[22]。
北朝鮮においては、食糧難の中、数少ない蛋白源として犬肉は珍重されている。平壌観光のガイドブックには「朝鮮甘肉店」と記載され紹介されており、案内員に希望すれば朝鮮甘肉店へ連れて行ってもらうことも可能である。なお欧米の批判の影響を受けにくいこともあってか、平壌甘肉店は大通りに面した場所にある。犬は残飯を与えても育つので、家庭で小遣い稼ぎに飼われることがあり、中でも結婚資金を稼ぐために数頭の犬を飼う若い女性を「犬のお母さん」と呼ぶ。育った犬は自由市場で売買される[23]。
日本
先史・古代
日本列島では、縄文時代早期から家畜化されたイヌが出現し、縄文犬と呼ばれる。縄文犬の主な用途は猟犬とされており、集落遺跡などの土坑底部から犬の全身骨格が出土する例があり、これを埋葬と解釈し[24]、縄文犬は、猟犬として飼育され、死後は丁重に埋葬されたとする説が一般的になっていた。
しかし、1990年代になって、縄文人と犬との関係について、定説に再考を迫る発見があった。霞ヶ浦沿岸の茨城県麻生町(現:行方市)で発掘調査された縄文中期から後期の於下貝塚からは、犬の各部位の骨が散乱した状態で出土し、特に1点の犬の上腕骨には、解体痕の可能性が高い切痕が確認された。[25][26]。岩手県の蛸ノ浦貝塚など全国各地の遺跡から、狸だけでなく犬・狼・狐なども食べられていた事が判明している。
弥生時代は、稲作農耕の開始に伴い大陸からブタやイノシシなど新たな家畜が伝来し、犬に関しても縄文犬と形質の異なる弥生犬がもたらされる。弥生時代は犬の解体遺棄された骨格の出土例の報告が多くなる。このため、日本に犬食文化が伝播したのは、縄文文化と別の特徴を持つ弥生時代からと見る意見もある。弥生時代に大陸からの渡来人(ここでは弥生人を指す)が日本に伝来し、これに伴い大陸由来の犬食文化と食用の犬が伝来した可能性も考えられている[27][28]。
古代には『日本書紀』天武天皇5年(675年)4月17日のいわゆる肉食禁止令で、4月1日から9月30日までの間、稚魚の保護と五畜(ウシ・ウマ・イヌ・ニホンザル・ニワトリ)の肉食が禁止されたことから、犬を食べる習慣があったことはあきらかである。また、長屋王邸跡から出土した木簡の中に子供を産んだ母犬の餌に米を支給すると記されたものが含まれていたことから、長屋王邸跡では、貴重な米をイヌの餌にしていたらしいが、奈良文化財研究所の金子裕之は、「この米はイヌを太らせて食べるためのもので、客をもてなすための食用犬だった」との説を発表した。以後たびたび禁止令がだされ、表面上は犬食の風習を含め、仏教の影響とともに肉食全般が「穢れ」ることと考えられるようになった[29]。
中世
15世紀に記された相国寺の『蔭涼軒日録』によると、犬追物の後、犬を「調斎」し、蔭涼軒に集まって喫したとある。武士の鍛錬法(場合によっては見せ物にもなった)である犬追物は、広場で放たれた犬を標的として鏑矢で射つものであるが、その後の処理についての記述である。また、犬追物のための犬は、専用に飼育されていたとは限らず、多くは町内や市内といった人間の生活空間の中にいた犬を捕獲することでまかなっていたらしく、それを生業とする専門集団や独自の道具まで存在していた[30]。
また『建内記』(大日本古記録)には「播磨・美作など山名氏領国で山名一党は狩猟を好んで田畑を踏み荒らし、犬を捕らえ終日犬追い物を射、あるいは犬を殺してその肉を食す」という記述もあり、犬を撃ち殺して食べる習慣があったことをうかがい知ることができる。
宣教師ルイス・フロイスは『日欧文化比較』で「ヨーロッパ人は牝鶏や鶉・パイ・プラモンジュなどを好む。日本人は野犬や鶴・大猿・猫・生の海藻などをよろこぶ」とあり、また 「われわれは犬は食べないで、牛を食べる。彼らは牛を食べず、家庭薬として見事に犬を食べる」という記述がある。
近世
江戸時代に入ると、犬食は武士階級では禁止されたが、庶民や武家の奉公人には食されていた。17世紀の『料理物語』には犬の吸い物を紹介する記述がある。18世紀の『落穂集』には、「江戸の町方に犬はほとんどいない。武家方町方ともに、江戸の町では犬は稀にしか見ることができない。犬が居たとすれば、これ以上のうまい物はないと人々に考えられ、見つけ次第撃ち殺して食べてしまう状況であったのである。」としている[31][出典無効]。
この他、家光の治世時代に出された『会津藩家世実紀』では他人の飼い犬を殺すことを禁じる法令について書かれているが、これはかぶき者が犬食を好んだ事への対策とされている。[要文献特定詳細情報]
明石城武家屋敷跡内のゴミの穴からは刃物による傷のある犬の骨が発見されている。また岡山城の発掘時には食肉獣の骨の中に混じって犬の骨も出土しており、体の一部分のみ多数出土したことから、埋葬ではなく食用であった可能性がある。
鹿児島にはエノコロメシ(犬ころ飯)という犬の腹を割いて米を入れ蒸し焼きにする料理法が伝わっていた[32]。
「薩摩にては狗の子をとらへて腹を裂き、臓腑をとり出し、其跡をよくよく水にて洗ひすまして後、米をかしぎて腹内へ入納、針金にて堅くくりをして、其まま竈の焚火に押入焼くなり、納置きたる米よくむして飯となり、其色黄赤なり、それをそは切料理にて、汁をかけて食す、甚美味なりとぞ。 是を方言にてはゑのころ飯といふよし。高貴の人食するのみならず、薩摩候へも進む。但候の食に充るは赤犬斗を用るといへり」
アイヌ社会ではイヌの飼育は農業の一部であり、明治政府による同化政策以前は食糧、被服の材料、労働力として利用されていた[33]。
近代以降
戦中・戦後の食糧難の時代に犬を食べたという証言・報道は多数ある。忠犬ハチ公の子孫が盗まれ、鍋物の具になったと、当時の新聞報道が残されており、北海道の浦河でもアイヌ・大和民族関わりなく、冬の食糧不足の時期には、犬を食べたという証言もある[34]。犬肉は行政指導により野獣肉として、家畜の肉とは異なった扱いを受けていた[35]。またノンフィクションライターの上原善広は、北原泰作『賤民の後裔』の内容から明治40年頃の犬肉は県を跨いで鉄道で輸送されており、路地間の交流が県を跨いだものとなっていたと言及している[36]。第二次世界大戦後食糧事情の改善も伴い、犬食は猫食共々野蛮な文化とみなされ、行われなくなっていった[37]。
一方、食用犬の犬肉は現在でも輸入されており、2008年の動物検疫による輸入畜産物食肉検疫数量によると、中華人民共和国から5トン輸入されている[38]。これらの犬肉は、主に中国・朝鮮系の移民を中心に需要があり、大久保・御徒町・猪飼野などのコリアン・タウン、池袋等の中国人が集まるチャイナタウンなど、一部アジア系料理店で提供されており、日本人も食べることが出来る。
2005年(平成17年)12月に、東京都足立区に住む韓国籍の輸入販売業の男が、韓国料理店等に卸す予定で、中国・大連から頭と胴体が切断された冷凍状態で食肉用として輸入し、胴体は食用として売れたが、精力剤などに使う頭部が売れ残ったため処分に困り、東京都葛飾区の東京拘置所の北側にある水路に大量に不法投棄して逮捕された[39]。日本で犬食が存在したこと自体が話題になる程、犬食は現代日本では稀な習慣とみなされている[40]。
なお、沖縄では薬膳料理として犬や猫が食用肉として扱われていた[37]。しかし上原は自身の調査により、かつて食べたとする情報以上の情報を得られなかったことから、絶滅した食文化の可能性があると述べている[37]。
東南アジア
フィリピンやパラオにおいては古来よりタンパク源・またお祝い事のご馳走として、犬肉が食されている(アスカルなど)。
ベトナム
ベトナムで犬肉はthịt chó(ティッチョー)またはthịt cầy(ティッカイ、イタチ肉の場合もある)と呼ばれ、中国の影響で中国南部と似た犬食・野味文化がある。ホーチミンなど南部ではそのような文化は皆無であるといわれているが、実際はthịt cầy(ティッカイ、イタチ肉)などと名前を変えて取引されている。[要出典]犬肉は幸運をもたらすと考えられている[41]。マムトムという調味料と一緒によく食べられている。
肉に関しては、国内でまかなわれてきたが需要が増えてきたためラオスやカンボジアから輸入される肉も充当されている[42]。ラオスからの肉は、さらに隣国のタイからの密輸品も含まれているとされ、そのタイでは飼い犬がさらわれて多数犠牲となっていることから問題視されるようになった。タイからラオスに向けた密輸出量は、タイの獣医師団体によって年間50万頭と推定されている[43]。犬泥棒も増えており、盗んだ者が憤慨した群衆に殺された事件もある[44][45]。フーコック島では、希少種であるプー・クォック・リッジバック・ドッグが食べられることもあった。
インドネシア
インドネシアのバリ島では、古来より大型野生動物が少なく、犬は貴重なタンパク源として食されてきた[46]。スマトラ島のバタック人やアチェ人も犬を食す[47]。
カンボジア
カンボジアでは、犬の肉は、安価な蛋白源として、低所得者層に人気がある。動物愛護団体「フォー・ポーズ」の推定では、カンボジアでは、年間200万~300万匹が食肉処理されているという[48]。カンボジアでは、衣料品工場の月給が200ドル(約2万2000円)未満なのに対し、犬肉の供給業者は750~1000ドル(約8万2000~10万円)を稼ぐなど、待遇が良い。ただし、カンボジアは世界でも人の狂犬病の感染率が高く、政府の監督が行き届かない犬肉処理場の業者は、常に犬に噛まれる危険にさらされている。また、肉の処理場は不衛生なことが多く、病気に感染している犬肉が全国に出回る可能性も指摘されている[49]。
その他アジア
野良犬を食べるというのは逸脱的とする見方もあるが、アジアでは広く集落や都市内で半飼育、半野良的に犬の群が人間社会と共存関係にあり、廃棄物処理、余所者の侵入の警告の役割を担っている状態がかつては普遍的に見られた。こうした犬群の一部が、食用に用いられた。
太平洋島嶼・オセアニア
ポリネシア、ミクロネシアの島々では犬は豚・鶏等とともに人間が植民する過程で持ち込まれたものである[50]。ヨーロッパ人との接触以来犬を食用としており、現在も食用家畜として飼養しているところが少なくない[50]。ただしウミガメや魚類よりその価値は低いとされる[50]。多くは祭りなどハレの日の料理として、バナナやタロイモなどの葉に包んで地中に埋め、熱く焼いた石で蒸し焼きにされる。ハワイの民族料理として知られるカルア・ピッグはこの調理法を豚に置き換えたものである(ハワイアン・ポイ・ドッグ)。
西暦900年ごろにニュージーランドへたどり着いたマオリ人が連れてきた犬クリは、猟犬や番犬としてだけでなく、かつては神聖な料理に用いるために食用とされていた。クリは肉だけでなく骨や皮など全てが狩猟道具や衣服、アクセサリーなどに利用され、余すことなく使われた。これはマオリ人が命を犠牲にしたクリに対して限りない感謝を表すための風習であるとされている。現在は絶滅寸前の犬種であるため、食用には用いられていない。
北米
北米のインディアン民族は、コモン・インディアン・ドッグを始め、独自の労働犬を使役し、食用ともしてきた。スー族の「ユイピの儀式」など、犬食(鍋で煮る)が重要な意味を持つ儀式も多く、現在もこれらは行われている。
中南米
中南米には食用にするために育成されてきた犬種が多く存在する。アステカ帝国やマヤ、ペルーなどがその例である。日常食として食べられるもの(アステカ:現メキシコのテチチ)や緊急食として蓄えられたもの(マヤのコリマ・ドッグ)、儀式の際に神聖な料理に使われたり主人と埋葬するため生け贄として使われたもの(メキシコのイズクウィントリポゾトリ)などがある。又、初めは戦争の開始を知らせるための狗頭笛(くとうぶえ:犬の頭を用いて作った笛の一種)に使われたり、主人の死の際に棺に入れられ生け贄にされたり、食用にされるのに使われていたものの、すぐに別の民族にペットとして飼育されるようになった犬種も存在している(ペルーのペルービアン・ヘアレス・ドッグとペルービアン・インカ・オーキッド)。
ヨーロッパ
古代にはギリシャ・ローマにおいて常食されていたことがわかっている。ヒポクラテスは犬肉には薬効があるとして広く薦め、プリニウスも宗教儀礼にともない犬肉を食べていることを記している[51]。
スイス人の3%は21世紀においても犬肉を食べるという統計があり、犬食人口は主にアッペンツェルやバーゼルなどのドイツ語圏の農民に集中している[52]。 スイス国内での犬肉の流通は禁止されているが、消費する事自体は黙認されている。犬を食べる場合は自分で犬を買い、それを肉屋で処理して調理してから食べるか、飼い主自ら屠殺してハムやソーセージ又はラード状に加工して食べる。前者の場合はクリスマスなどの祝日のお祝い料理として出され、後者の場合は農場で産まれたロットワイラーやセント・バーナードなどの大型犬の子犬を間引きする際に行われる事が多い。ベルンなど都市部のレストランで料理として出される場合もある[53]。
ドイツにもかつては犬肉屋が存在したが、1986年以降は流通が全面禁止になっている。それまでは食用から医薬用まで、様々な用途で利用されていた。
フランスでは、パリで1910年頃に犬肉精肉店が開店したことや、横断幕で開店を示している例などが見受けられる[54]。
この他20世紀初頭にパリ市郊外で発達したガンゲット(ダンスホールを兼ねる大衆食堂)において、ウサギ肉と称して実際は蚤の市に出入りする屑屋が拾い集めてきた犬や猫の肉を出す、という都市伝説も広まった[55]。
イギリス人の多くは、交通や狩猟等の高速移動手段として重用された馬と共に、犬が他文化で食用にされている事に嫌悪感を抱く。この理由としてイギリスでは、牧羊や狩猟、上流階級の趣味の世界での生活の友として馬や犬の交配・品種改良の歴史が長く、人間社会で共存出来るような調教や躾が行き届いており、他の動物とは異なる扱いがされている点が挙げられる。
南極探検においてアムンセン隊がそり犬を食べていたとされる。これはイヌイットからソリ犬の扱いの手ほどきを受けた際に、緊急時の食料として弱ったりけがをして動けなくなった個体から食料と他のソリ犬の飼料として供すると同時に身軽にするためと教わったからである。また文化とはかかわりないが、同様にジェームズ・クックはその航海記の中で、急病の際にしかたなく犬を食べた事を記している[56]。
中東
イスラム教の教義では、犬は不浄な生き物とされ、食することはおろか、触れることすら避けられる[57]。そのため、常食する地域はほぼ見られないが、戦争などで食料が逼迫した場合は犬肉なども食されることがある。危機的状況になると、イスラム法学者が「犬などを食べても良い」とするファトワーを出すこともある[58]。
犬食の忌避
犬を仕事仲間やペット、有能な動物と考える見方が強い現代のヨーロッパ圏などでは、犬食文化は外道なものであると忌み嫌われている[要出典]。
欧州での犬食忌避はイギリスに顕著である一方で、大陸諸国では伝統料理に犬肉を用いるものが複数ある[要出典]。「欧州は牧畜文化であり、犬が有史以前からパートナーであったため忌避された」との言説もしばしばみられるが、欧州地域の歴史は麦作以降に形成されてきたものであり、これには史実上の根拠はない[要出典]。一方で、近世まで純放牧生活を続けてきた中央アジア・モンゴル地域において犬を重要な益獣として食料にしない傾向がある[要出典]。イスラム圏では(先述ような非常時の特例はあるが)宗教上の教義としてイヌを食料とすることが禁じられている。ユダヤ教ではカシュルートの規定があり、食のタブーになっている。
脚注
注釈
出典
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- ^ JAPANTENTホームステイの手引き (PDF) - ジャパンテント
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参考文献
- ゲイリー・アレン『食の図書館 ソーセージの歴史』原書房、2016年9月26日。ISBN 978-4-562-05325-4。
- フェルトカンプ・エルメル「愛玩犬と食用犬の間 現代韓国社会の犬論争に関する一考察」、伊藤亞人先生退職記念論文集編集委員会編 編『東アジアからの人類学 国家・開発・市民』風響社、2006年3月、pp. 181-193頁。ISBN 4-89489-042-9 。
- 張競 (チョウ,キョウ)『中華料理の文化史』筑摩書房〈ちくま新書〉、1997年9月。ISBN 4-480-05724-2。
- 鄭銀淑 (チョン,ウンスク)『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』双葉社〈ふたばらいふ新書〉、2002年8月。ISBN 4-575-15321-4。
- 松尾信一「江戸時代後期から明治時代中期までの畜産書の歴史 特にオランダのショメール『厚生新編』を中心として」『信州大学農学部紀要』第27巻第2号、信州大学農学部、1990年、pp. 115-132、ISSN 0583-0621。
- ロミ 著、高遠弘美 訳『悪食大全』作品社、1995年8月。ISBN 4-87893-234-1。
- “文化相対主義―文化と比較―”. 慶大(文)比較文化関係論 (2006年5月10日). 2010年12月20日閲覧。
- デズモンド・モリス『デズモンド・モリスの犬種事典 1000種類を越える犬たちが勢揃いした究極の研究書』福山英也監修、大木卓文献監修、池田奈々子・岩井満理・小林信美・竹田幸可・中條夕里・靖子カイケンドール訳、誠文堂新光社、2007年8月。ISBN 978-4-416-70729-6。
- 吉田茂「広域流通環境下における豚の地域内自給流通構造に関する経済的研究」『琉球大学農学部学術報告』第30巻、琉球大学、1983年11月19日、1-123頁、NAID 110000220190。
- 上原善広『被差別のグルメ』 640巻、新潮社〈新潮新書〉、2015年10月20日。ISBN 978-4-10-610640-8。 NCID BB19735626。
関連書籍
- 山田仁史「狗肉の食とそのタブー(上)台湾「香肉(シアンロウ)」と犬肉食の分布」『食文化誌 ヴェスタ』84(2011年秋号)、味の素 食の文化センター、2011年、pp. 54-57。
- 山田仁史「狗肉の食とそのタブー(中)犬食い(キュノファゴイ)略史」『食文化誌 ヴェスタ』85(2012年冬号)、味の素 食の文化センター、2012年、pp. 46-49。
- 山田仁史「狗肉の食とそのタブー(下)喰われる犬、飼われる犬」『食文化誌 ヴェスタ』86(2012年春号)、味の素 食の文化センター、2012年、pp. 44-47。
関連項目
外部リンク
- ベトナムの犬料理(日本語)
- Vietnam's Dog Meat Tradition(英語)(2001年12月31日)- ベトナムの食用犬流通に関するイギリスBBC放送のレポート
- さあ犬の肉を食べよう! - 池田光穂
- 狗肉美食中心(日本語)
- Series of photos showing Vietnamese preparation of dog carcass for consumption
- HELP ANIMALS 犬猫食肉写真