残飯

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残飯(ざんぱん)、あるいは食べ残し(たべのこし)とは、料理のうち食べずに残された部分のこと。

概説[編集]

食べ残しや残飯をどのように扱うかは、国や地域ごとに異なっている。

アメリカ合衆国ではレストランなどで食事して食べきれなかった分は、お客が店員にひとこと言って「doggy bag ドギー・バッグ」(=持ち帰り袋)に詰めてもらい持ち帰り、大切な食品を無駄にせず、家で温めてお店の味(=プロの味)をもう一度楽しむ、ということがきわめて一般的に行われている。非常に一般的に行われているので、店員のほうもお客の大半は当然そうするものだと考えているので、客のほうから特に何も言わなくても店員のほうから、(当然)持ち帰りますよね?といった感じの言葉をかけて、勝手にドギー・バッグを用意してくれることも多い。

日本でも、料理店のかなりの割合が「お持ち帰り」に対応しており、店員に「持ち帰りできますか」とひとこと言いさえすればプラスチックや紙でできた容器に料理を詰めて持ち帰らせてくれる。容器代は特にかからない店もあるが、しっかりした容器に入れてくれる店などでは容器代実費として50~100円程度とる店もある。

「美食の国」と称されることのあるフランスでは長らくレストランでの食べ残しの持ち帰りの習慣がほぼ全く無かった。フランスのレストラン利用者ひとりあたり平均で200グラムほども食べ残され、ゴミになってしまっているという統計があった。が、2015年になって、フランスでもアメリカの「持ち帰り文化」の良いところを見習い、持ち帰りを促進し、ゴミの削減を図ろうと政府なども対策を打ち始め、今までなかった習慣を根付かせるために、持ち帰りができる店のための共通の(緑色の)ステッカーやキャッチコピーを制定、店の入り口などに掲示することで、人々があらかじめ持ち帰り可能な店を選べるようにしつつある。レストランのオーナーの中にも、お客が自宅に帰っても店のことを思い出してくれ再来店につながればよいと考えている人もいるという。

日本のコンビニのお弁当で販売されなかったものは、家畜の、肥料の材料などと利用されたり、あるいは生活に困窮している人、貧困に困っている人々ための食事として慈善的に提供するなど、様々に利用される。残飯をただの「生ごみ」として廃棄してしまう場合もあるが、これは、生産するのに多大な労力や資源が投入されている大切な食品を無駄にしてしまっており、さらに、ただでさえ多すぎるゴミの量をさらに増やしてしまっており、さまざまな批判の対象になっている。

人間の食事としての提供[編集]

19世紀までのフランス[編集]

19世紀までのフランスには、雑多な色合いを成す外観から「アルルカン」(道化役者)と呼ばれる残飯料理があり、上層階級の人々の食べ残しがその名で下層階級の客に提供されていた[1]。フランス料理の祖といわれるオーギュスト・エスコフィエなどは、ホテルの裏口で売られる残り物にも心を砕いていたといわれる[1]

明治時代の日本[編集]

日本では明治時代に、軍隊から出る残飯を安く買い、都市の貧民に販売する残飯屋という業者が登場した[2]

残飯はそのまま売る店もあったが、醤油や汁がしみこんだ米飯を水で洗い、笊にあげて水を切るところもあった[3]。残飯屋では味噌汁の残りを残汁、その他のおかずの残りを残菜と呼び、それぞれ適当に値を付けた。量的に少ないが工場、料理屋からの残飯、監獄のまずい麦飯の残りも出て売られた[4]。残飯屋でも引き取らないような腐りかけの残飯は、豚の餌や肥料として引き取られた[5]。購買者は都市の貧民だが、彼らにとっても下等の食事である。安価であったが需要を満たすには量が足りず[6]、たちまち売り切れるのを常とした。1895年、1896年頃の東京で、上等の残飯が1銭で4椀、焦飯が1銭で5椀買えた[7]

以上は東京の例だが、仙台や金沢など他都市にも残飯業者があった[8]


その他の残飯利用[編集]

一般家庭では、ペットなどを飼っているところでは、ペットの犬や猫に食べさせたり、あるいはガーデンニングのための生ごみ堆肥コンポスト)を作るのに利用されることもある。さもなければ、ただの生ごみとして捨てられる。

学校病院などの大規模事業所から出る大量の生ごみは、養豚養鶏などの畜産業者が引き取って、家畜の飼料にしているところもある。またカリフォルニア大学デービス校では、生物農業工学部のルイホン・ツァン教授が残飯や廃棄物を利用した発電プロジェクトを研究している[9][10]

現代韓国[編集]

現代の韓国では、飲食店で前の客の食べ残しを使い回すケースが広く存在している[11]

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  1. ^ a b 21世紀研究会編『食の世界地図』文藝春秋・P176
  2. ^ 松原岩五郎『最暗黒の東京』53頁。以下この節の解説は、同書のほか、『明治東京下層生活誌』所収の諸記事・論文、横山源之助『日本の下層社会』による。
  3. ^ 「府下貧民の真況」、『明治東京下層生活誌』27-28頁。
  4. ^ 「下谷区万年町貧民窟の真況」、『明治東京下層生活誌』238-239頁。横山源之助『日本の下層社会』53頁。松尾章一「日清・日露戦争下の勤労大衆の生活」、203頁。
  5. ^ 松原岩五郎『最暗黒の東京』47-48頁には、そうしたものをも人間用に回したことが記される。
  6. ^ 横山源之助『日本の下層社会』53頁。
  7. ^ 横山源之助『日本の下層社会』53頁。
  8. ^ 仙台については『仙台市史』通史編6(近代1)295頁(仙台市、2009年)。難波信雄「日露戦争時の仙台」、『市史せんだい』4号、1994年6月。金沢については『日本の下層社会』74頁。
  9. ^ UC Davis News & Information :: New Technology Turns Food Leftovers Into Electricity, Vehicle Fuels
  10. ^ ITmedia News:米大学、残飯や廃棄物を使った発電プロジェクトを開始
  11. ^ 雨宮処凛「「生きづらさ」を生きる 81 韓国へ解毒の旅 店の人の適当さに感動」、『新潟日報』2012年12月28日付。

参考文献[編集]

  • 中川清編『明治東京下層生活誌』(岩波文庫)、岩波書店、1994年、ISBN 4-00-331951-6
    • 朝野新聞』1886年(明治19年)連載記事「府下貧民の真況」。中川清・編『明治東京下層生活誌』所収。
    • 報知新聞』1897年(明治30年)連載記事「昨今の貧民窟」。中川清・編『明治東京下層生活誌』所収。
    • 斎藤兼次郎「下谷区万年町貧民窟の真況」、『直言』1905年(明治38年)連載。中川清・編『明治東京下層生活誌』所収。
  • 松原岩五郎『最暗黒の東京』(岩波文庫)、岩波書店、1988年、ISBN 4-00-331741-6。初版は乾坤一布衣の筆名で民友社より1893年発行。
  • 横山源之助日本の下層社会』、1899年(明治32年)。岩波書店、1949年、ISBN 4-00-331091-8

関連項目[編集]

  • ドギーバッグ - アメリカなどの飲食店で行われている、残飯を持ち帰ることができるサービス。
  • 食品廃材 - 食品の加工過程で発生する廃棄物。
  • 賄い料理。まかない飯。お客に出せないような、残った材料、変わった部分などを積極的に利用。かえってお客に出すものより美味しい料理になるものもある。
  • バイオマス - 残飯をエネルギー資源(バイオ燃料)として利用する研究が進められている。
  • ねこまんま - ご飯に鰹節や汁などをかけたもの。猫に与える残飯を連想することから。