武田尾駅
| 武田尾駅 | |
|---|---|
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プラットホーム | |
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たけだお Takedao | |
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◄JR-G58 西宮名塩 (3.2km) (5.0km) 道場 JR-G60► | |
| 所在地 | 兵庫県宝塚市玉瀬字イズリハ1 |
| 駅番号 | JR-G59 |
| 所属事業者 | 西日本旅客鉄道(JR西日本) |
| 所属路線 | G 福知山線(JR宝塚線) |
| キロ程 |
25.1km(尼崎起点) 大阪から32.8km |
| 電報略号 | タケ |
| 駅構造 | 高架駅* |
| ホーム | 2面2線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
695人/日(降車客含まず) -2017年- |
| 開業年月日 | 1899年(明治32年)1月25日 |
| 備考 |
無人駅(自動券売機 有) * 一部は山岳トンネル内 |
武田尾駅(たけだおえき)は、兵庫県宝塚市玉瀬字イズリハにある、西日本旅客鉄道(JR西日本)福知山線の駅である。駅番号はJR-G59。
アーバンネットワークおよび「JR宝塚線」の愛称区間に含まれている。
概要[編集]
武庫川の直上に架けられた橋梁とトンネルで構成されている。かつて武庫川にダムの建設が計画されていた関係で、川からホームまではかなりの高さがある。駅舎のある北側は馳渡山の山麓に位置する。
駅から西に徒歩10分ほどに武田尾温泉郷がある。
歴史[編集]
当駅付近の福知山線は、元々武庫川に沿って単線・非電化の線路が敷かれており、列車交換のため長時間停車する鈍行列車も珍しくなかった。
その後、1980年代の複線・電化を機に現在の新線に架け替えられ、大阪方面への高速運転が始まった。当駅に停車する列車の本数も増加した。
- 1899年(明治32年)1月25日 - 阪鶴鉄道の有馬口駅(現・生瀬駅) - 三田駅間延伸により開業。旅客・貨物の取り扱いを開始。
- 1907年(明治40年)8月1日 - 阪鶴鉄道国有化。国有鉄道の駅となる。
- 1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定。阪鶴線所属駅となる。
- 1912年(明治45年)3月1日 - 線路名称改定。阪鶴線の福知山駅以南が福知山線に改称し、当駅もその所属となる。
- 1971年(昭和46年)3月1日 - 貨物の取り扱いが廃止。
- 1986年(昭和61年)8月1日 - 当駅を含む生瀬駅 - 道場駅間の新線切り替えに伴い、駅を移転。同時に無人駅化された(同年11月1日に電化。代わりにこの日に開業した西宮名塩駅に駅員を配置)。旧駅跡は道路として整備された。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる。
- 1988年(昭和63年)3月13日 - 路線愛称の制定により、「JR宝塚線」の愛称を使用開始。
- 2003年(平成15年)11月1日 - ICカード「ICOCA」の利用が可能となる。
- 2011年(平成23年)3月8日 - JR宝塚・JR東西・学研都市線運行管理システム導入。接近メロディ導入。
- 2018年(平成30年)3月17日 - 駅ナンバリングが導入。
駅構造[編集]
2面2線の相対式ホームを持つ高架駅。分岐器や絶対信号機を持たないため、停留所に分類される。
ホームの南半分は橋梁(第二武庫川橋りょう)上、北半分はトンネル(第1武田尾トンネル)内にある。また、橋梁の大阪寄りは西宮市域である。
宝塚駅が管理する無人駅だが、ICOCA(および相互利用対象のICカード)が利用可能で、自動券売機および自動改札機(集札機能のない簡易型)が設置されている。高架駅であるがエレベーターやエスカレーターは一切無い上無人駅のため、車いすなどの人は困難を伴う。
なお、旧線時代は1面2線の島式ホームで、武庫川と県道を跨ぐ神戸水道の水道管の真下に三田方面へと通じるポイントが敷設されていた。
のりば[編集]
| のりば | 路線 | 方向 | 行先 |
|---|---|---|---|
| 1 | G JR宝塚線 | 下り | 三田・篠山口方面 |
| 2 | 上り | 宝塚・大阪・北新地方面 |
- 上表の路線名は旅客案内上の名称(愛称)で表記している。
ダイヤ[編集]
日中は1時間あたり4本が停車する。朝ラッシュ時の大阪方面は本数が多い。当駅には普通電車のみが停車する。
利用状況[編集]
当駅には古くから北に離れた西谷地区からの路線バス(後述)が乗り入れているが、過疎化や宝塚市街地への道路が整備されたことから利用者は減少しており、宝塚市内の駅では最も利用者が少ない。 ただし後述の旧線跡ハイキング人気もあり、行楽期の土曜・休日は利用客が増えるため臨時で出札員が配置される事がある。
「兵庫県統計書[1]」及び「西宮市統計書[2]」によると、近年の1日平均乗車人員は以下の通りである。
| 年度 | 1日平均 乗車人員 |
|---|---|
| 1995年 | 489 |
| 1996年 | 481 |
| 1997年 | 591 |
| 1998年 | 723 |
| 1999年 | 721 |
| 2000年 | 730 |
| 2001年 | 720 |
| 2002年 | 660 |
| 2003年 | 646 |
| 2004年 | 609 |
| 2005年 | 563 |
| 2006年 | 549 |
| 2007年 | 574 |
| 2008年 | 564 |
| 2009年 | 589 |
| 2010年 | 572 |
| 2011年 | 573 |
| 2012年 | 572 |
| 2013年 | 580 |
| 2014年 | 577 |
| 2015年 | 573 |
| 2016年 | 567 |
| 2017年 | 695 |
駅周辺[編集]
バス路線[編集]
阪急バス(旧阪急田園バス)が乗り入れており、市北部の西谷・東部・波豆方面へと向かう路線を運行している。バス停の名称は「JR武田尾」。
1924年から地元資本の「西谷自動車」が宝塚市北部の西谷地区から当駅までのバス路線を開業した。西谷自動車が阪急田園バス→阪急バスとなった現在も、武田尾駅と西谷地区を結んでいる。
旧線について[編集]
開業当初は、阪急田園バスのバス停がある武庫川の沿道が旧線であった。当駅周辺は山間の狭いV字谷となっているため、建設工事や落石防止などの護岸工事、そして保線作業が大変な区間であった。福知山線の大半のトンネルがこの周辺に集中しており、現在でも当時の護岸工事の痕跡が多数存在する。
1986年に当駅を含む宝塚駅 - 三田駅の新線が整備され、旧線は廃線となった。旧線はJR西日本(旧国鉄)により「立入禁止」の措置が執られ、入口に柵が設置された。しかし、それにも関わらず無断立ち入りによるハイキング利用者が増加したため、1990年にハイカーが自己責任を負うことを条件に開放された[4][5]。
その後、2008年にハイカーの転落死亡事故が発生。また、土砂災害の危険性も指摘されていたため、2016年5月からは西宮市内の廃線跡は整備のため閉鎖・立入禁止となった[6]。2016年11月15日から正式な遊歩道として一般開放された[7]。
整備された廃線跡のハイキングコースは、生瀬駅 - 武田尾駅間の約4.7kmで徒歩約2時間。ハイキングコース出発地点・終点地点まで、生瀬駅または西宮名塩駅、武田尾駅よりそれぞれ徒歩15分程度(途中にトイレあり)。なお、ハイキングコースでは途中に自動販売機やトイレはなく、また所々あるトンネルでは照明はないため懐中電灯などを持参する必要がある[8]。
隣の駅[編集]
脚注[編集]
- ^ 兵庫県統計書
- ^ 西宮市統計書
- ^ “宝塚の自然を感じる:宝塚観光ガイド”. 宝塚市国際観光協会. 2013年10月13日閲覧。
- ^ 現地には、JR西日本による「事故が起きても当社は一切責任を負いません」と書かれた看板が設置されていた。
- ^ 交友社『鉄道ファン』1990年6月号(通巻350号)p127
- ^ “JR宝塚線廃線跡、来月開放へ”. 神戸新聞 (2016年10月22日). 2018年3月1日閲覧。
- ^ “JR宝塚線廃線跡が一般開放へ ハイカーに人気”. 神戸新聞 (2016年2月23日). 2016年11月15日閲覧。
- ^ JR福知山線生瀬・西宮名塩〜武田尾 廃線敷マップ - 西宮市ホームページ、2019年4月21日閲覧。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 武田尾駅(JR西日本)
- 生瀬~武田尾~道場旧線 - グーグルマップ