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江戸時代の民家の大黒柱

(はしら)は、材を垂直に立てて建築物の支え(ささえ)としたもの。

材料は、古来は木材石材材などが使われ、近世以降は鋼材コンクリート鉄筋コンクリート製のものも現れた。

柱は建築物の構成要素となるほか、電柱御柱など、それ自身が構築物(内部空間がないので建築物ではない)となっていることもある。

用途、場所、役割によって呼び名が異なる。床の間に使う装飾的な柱を床柱、門を支えるものを門柱、塀を支える柱を控柱、また、大壁を真壁に見せかけるための付け柱などとそれぞれに名称が付けられている。家の中心となるような太い柱は、大黒柱・大極柱(だいこくばしら)と呼ばれる。

物理学(構造力学)においては、軸方向に作用する圧縮荷重に抵抗する細長い直線状の棒材[1] を柱と呼び、梁(軸に対し直交する方向に作用する荷重に抵抗する棒材)と区別される。

比喩[編集]

社会や組織において建築物における柱と同じ役割を果たすものの例え暗喩)にもよく用いられる。特に大黒柱の呼称は、家族の主人に喩えられる。

参考文献[編集]

  1. ^ 中村恒善編 『建築構造力学 図説・演習Ⅰ』 (2版) 丸善、1994年、69頁。ISBN 4-621-03965-2 

関連項目[編集]