木蝋

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木蝋の塊

木蝋(もくろう)(japan wax)とは、生蝋(きろう)とも呼ばれ、ウルシ科ハゼノキ(櫨)やウルシの果実を蒸してから、果肉や種子に含まれる融点の高い脂肪を圧搾するなどして抽出した広義の。化学的には狭義の蝋であるワックスエステルではなく、中性脂肪パルミチン酸ステアリン酸オレイン酸)を主成分とする。また粘性の高い日本酸も含んでいる。

搾ってからそのまま冷却して固めたものを「生蝋」(きろう)と呼ぶ。収穫した果実をすぐに抽出した生蝋は褐色であるが、半年程度寝かせた果実を抽出すると黄土色に近い色の生蝋になる。1年程度寝かせたものからは緑がかった色の生蝋が抽出できる。櫨の種類により生蝋の緑色の程度や風合いが異なる。

生蝋をさらに蝋燭の仕上げ用などにはこれを天日にさらすなどして漂白した白蝋(はくろう)を用いる。かつては蝋燭だけでなく、びんつけ、艶(つや)出し剤、膏薬などの医薬品や化粧品の原料として幅広く使われていた。このため商品作物として明治時代まで西日本各地で盛んに栽培されていた。

長崎県では島原藩が藩財政の向上と藩内の経済振興のため、特産物として栽培奨励をしたので、島原半島で盛んにハゼノキの栽培と木蝋製造が行われた。特に昭和になってから選抜された品種である「昭和福櫨」は、果肉に含まれる蝋の含有量が多く、島原半島内で広く栽培された。木蝋製造は島原市の本多木蝋工業所が伝統的な玉絞りによる製造を続け、伝統を守っている。

愛媛県では南予一体、例えば内子(現:内子町)や川之石(現:八幡浜市、旧・西宇和郡保内町)は、ハゼノキの栽培が盛んであった。中でも内子は、木蝋の生産が盛んで、江戸時代大洲藩6万石の経済を支えた柱の一つであった。明治期には一時、海外にも盛んに輸出された。


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