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リビア、リビア、リビア

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ليبيا ليبيا ليبيا
Libya, Libya, Libya
和訳例:リビア、リビア、リビア
リビアの国旗
リビアの国旗

国歌の対象
リビア王国の旗 リビア王国
リビアの旗 リビア

別名 يا بلادي
(我が祖国よ)
作詞 アル=バシール・アル=アリービー
作曲 ムハンマド・アブドゥルワッハーブ
採用時期 初回時:1955年
再採用:2011年
採用終了 初回時:1969年
再採用:-
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リビア、リビア、リビア(アラビア語: ليبيا ليبيا ليبيا, Lībiyā Lībiyā Lībiyā, リービヤー・リービヤー・リービヤー)、または我が祖国よ (わがそこくよ、アラビア語: يا بلادي, yā bilādī, ヤー・ビラーディー) は、リビア国歌である[1]

概要

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作詞はチュニジア人詩人アル=バシール・アル=アリービー (البشير العريبي, al-Bashīr al-ʿArībī, アル=バシール・アル=アリービー もしくは al-Bashīr al-ʿUraybī, アル=バシール・アル=ウライビー[注釈 1]) 。リビア国歌歌詞公募のための作詞コンテストで優勝し採用された[2]

作曲は多くの愛国軍歌やエジプト国歌なども手掛けたエジプト人音楽家ムハンマド・アブドゥルワッハーブ (محمد عبد الوهاب, 文語アラビア語:Muḥammad ʿAdb al-Wahhāb)[1]

法的地位

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2011制定(2012年改正)のリビア憲法には、国歌は法によって定められるとの記載のみがある[3][4]。2016年3月2日の憲法草案第1章6条には「我が祖国よ (アラビア語: يا بلادي)」を国歌として定めるとの記述がある(原文: "النشيد الوطني هو نشيد الاستقلال (يا بلادي).")[5][6]

歴史

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国歌としては1955年より採用。リビア連合王国が成立した時より、ムアンマル・アル=カッザーフィー等によるクーデターでイドリース1世が退位する1969年まで使われた[7][8][9]。カッザーフィー率いるリビア・アラブ共和国以降は「アッラーフは偉大なり」が採用されていたが、2011年リビア内戦が起きた際、リビア国民評議会によって再び国歌に採用された[1]

歌詞の概要

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発音記号は散文とは異なる歌詞としての性質をふまえ、音源で歌われている通りに付した。なお改行は元の半詩行通りではなく実際の音源で区切られている箇所で行った。

本項のラテン文字転写については、学術的なものに近づけてあるが、アラブ詩の規則などに依拠しているため散文とは異なる語形・発音になっている箇所が複数存在する。なおayは二重母音部分ai、awは二重母音auとして発音される部分となっている。

原版の歌詞

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Mohammed El Senussi英語版王子の公式サイトでは以下の版が掲載されている[10]

アラビア語 ラテン文字転写

コーラス:
يَا بِلَادِي يَا بِلَادِي بِجِهَادِي وَجِلَادِي
اِدْفَعِي كَيْدَ ٱلْأَعَادِي وَٱلْعَوَادِي
وَٱسْلَمِي اِسْلَمِي اِسْلَمِي
اِسْلَمِي طُولَ ٱلْمَدَى
إِنَّنَا نَحْنُ الْفِدَا
لِيبِيَا لِيبِيَا لِيبِيَا

I.
يَا بِلَادِي أَنْتِ مِيرَاثُ ٱلْجُدُودْ
لَا رَعَى اللهُ يَدًا تَمْتَدُّ لَكْ
فَٱسْلَمْي، إِنَّا -عَلَى ٱلدَّهْرِ- جُنُودْ
لَا نُبَالِي إِنْ سَلِمْتِ مَنْ هَلَكْ
وَخُذِي مِنَّا وَثِيقَاتِ ٱلْعُهُودْ
إِنَّنَا يَا لِيبِيَا لَنْ نَخْذُِلَكْ
لَنْ نَعُودْ لِلْقُيُودْ
قَدْ تَحَرَّرْنَا وَحَرَّرْنَا ٱلْوَطَنْ
لِيبِيَا لِيبِيَا لِيبِيَا

コーラス

II.
جَرَّدَ ٱلْأَجْدَادُ عَزْمًا مُرْهَفَا
يَوْمَ نَادَاهُمْ مُنَادٍ لِلْكِفَاحْ
ثُمَّ سَارُوا يَحْمِلُونَ ٱلْمُصْحَفَا
بِٱلْيَدِ ٱلْأُولَى، وَبِٱلْأُخْرَى ٱلسِّلَاحْ
فَإِذَا فِي ٱلْكَوْنِ دِينٌ وَصَفَا
وَإِذَا ٱلْعَالَمُ خَيْرٌ وَصَلَاحْ
فَٱلْخُلُودُ لِلْجُدُودْ
إِنَّهُمْ قَدْ شَرَّفُوا هٰذَا ٱلْوَطَنْ
لِيبِيَا لِيبِيَا لِيبِيَا

コーラス

III.
حَيِّ إِدْرِيسَ سَلِيلَ ٱلْفَاتِحِينْ
إِنَّهُ فِي لِيبِيَا رَمْزُ ٱلْجِهَادْ
حَمَلَ الرَّايَةَ فِينَا بِٱلْيَمِينْ
وَتَبَِعْنَاهُ لِتَحْرِيرِ ٱلْبِلَادْ
فَٱنْثَنَى بِٱلْمَلِكِ وَٱلْفَتْحِ ٱلْمُبِينْ
وَرَكَزْنَا فَوْقَ هَامَاتِ ٱلْنِجَادْ
رَايَةً حُرَّةً
ظَلَّلَتْ بِٱلْعِزِّ أَرْجَاءَ ٱلْوَطَنْ
لِيبِيَا لِيبِيَا لِيبِيَا

コーラス

IV.

يَا ٱبْنَ لِيبِيَا، يَا ٱبْنَ آسَادِ ٱلشَّرَى
إِنَّنَا لْلِمَجْدِ وَٱلْمَجْدُ لَنَا
مُذْ سَرَوْنَا حَمِدَ ٱلْقَوْمُ ٱلسُّرَى
بَارَكَ اللهُ لَنَا ٱسْتِقْلَالَنَا
فَٱبْتَغُوا ٱلْعَلْيَاءَ شَأْوًا فِي ٱلْوَرَى
وَٱسْتَعِدُّوا لِلْوَغَى أَشْبَالَنَا
لِلْغِلَابْ يَا شَبَابْ
إِنَّمَا ٱلدُّنْيَا كِفَاحٌ لِلْوَطَنْ
لِيبِيَا لِيبِيَا لِيبِيَا

コーラス:
yā bilādī yā bilādī bi-jihādī wa-jilādī
ʾidfaʿī kayda-l-ʾaʿādī wa-l-ʿawādī
wa-slamī ʾislamī ʾislamī
ʾislamī ṭūla-l-madā ʾinnanā naḥnu-l-fidā
lībiyā lībiyā lībiyā

I.
yā bilādī ʾanti mīrāthu-l-judūd
lā raʿa-llāhu yadan tamtaddu lak
fa-slamī ʾinnā ʿala-d-dahri junūd
lā nubālī ʾin salimti man halak
wa-khudī minnā wathīqāti-l-ʿuhūd
ʾinnanā yā lībiyā lan nakhdilak[注釈 2]
lan naʿūd li-l-quyūd
qad taḥarrarnā wa-ḥarrarna-l-waṭan
lībiyā lībiyā lībiyā

コーラス

II.
jarrada-l-ʾajdādu ʿazman murhafā
yawma nādāhum munādī li-l-kifāḥ[注釈 3]
thumma sārū yaḥmilūna-l-muṣḥafā
bi-l-yadi-l-ʾūlā wa-bi-l-ʾukhra-s-silāḥ
fa-ʾidhā fi-l-kawni dīnun wa-ṣafā
wa-ʾidha-l-‘ālamu khayrun wa-ṣalāḥ
fa-l-khulūd li-l-judūd
ʾinnahum qad sharrafū hādha-l-waṭan
lībiyā iībiyā lībiyā

コーラス

III.
ḥayyi ʾidrīsa salīla-l-fātihīn
ʾinnahu fī lībiyā ramzu-l-jihād
ḥamala-r-rāyata fīnā bi-l-yamīn
wa-tabaʿnāhu[注釈 4]li-taḥrīri-l-bilād
fa-nthanā bi-l-maliki wa-l-fatḥi-l-mubīn
wa-rakaznā fawqa hāmāti-n-nijād
rāyatan ḥurratan
ẓallalat bi-l-ʿizzi ʾarjāʾa-l-waṭan
lībiyā lībiyā lībiyā

コーラス

IV.
ya-bna lībiyā ya-bna ʾāsāda-sh-sharā[注釈 5]
ʾinnanā li-l-majdi wa-l-majdu lanā
mudh sarawnā ḥamida-l-qawmu-s-surā
bārka-llāhu lana-stiqlālanā
fa-btaghu-l-ʿalyāʾa shaʾwan fi-l-warā
wa-staʿiddū li-l-waghā ʾashbālanā
li-l-ghilāb yā shabāb
ʾinnama-d-dunyā kifāḥu li-l-waṭan
lībiyā lībiyā lībiyā

参考和訳

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コーラス:
おお我が国よ、おお我が国よ、我がジハード(奮闘)と戦いにより
敵と侵略者どもの謀略を撃退するのだ
平安たれ、平安たれ、平安たれ
とこしえに平安であれ
我らは、我らは心身を捧げよう[注釈 6]
リビア、リビア、リビアよ

I.
おお我が国よ、貴方[注釈 7]は父祖の遺産
貴方に伸ばさんとする手をアッラーが庇護せぬことを願う
平安たれ、我らは永遠に兵士
貴方が平安でさえあれば、我らは誰が死のうと構わない
受け取ってくれ、我らより誓いの証書を
我らは、ああリビアよ、貴方を見捨てはしない
我らは枷に立ち戻ったりなどしない
既に我らは自由の身となり、祖国も解放したのだ
リビア、リビア、リビアよ

コーラス

II.
父祖らは鋭き決意をもって剣を抜いた
闘争を呼びかける者によって呼ばれたその日に
そして行軍したのだった クルアーンを携えて
一方の手に、そしてもう一方の手には武器を
そして世界には信仰と清純が広がり
世は善良かつ正しきものとなった[注釈 8]
父祖たちよ永遠なれ
彼らはこの祖国に栄誉を与えてくれた
リビア、リビア、リビアよ

コーラス

III.
国を開きし者たち[注釈 9]の子孫たるイドリースに敬礼せよ
彼はリビアにおいてジハード(奮闘)の象徴
我々の中でその右手で旗を掲げ
我らは国土解放のため彼に続いた
そして彼は王座と明白なる勝利をもって帰還
我らは高原の頂に自由の旗を打ち立て
それ[注釈 10]は力強く国中を庇護してきた
リビア、リビア、リビアよ

コーラス

IV.
おおリビアの子よ、おお野に棲まう[注釈 11](勇猛なる)獅子たちの子よ
我らは名誉のために、そして名誉は我らのもの
我らが夜に行軍をすれば、民はその夜行を称賛してくれた[注釈 12][11]
アッラーは我らに独立を祝福なさいますよう
高みを求めよ 最果てまで
そして備えさせよ戦いへと若獅子たちを
戦闘へと 若者たちよ
現世[注釈 13]とは祖国のための闘いなのだ
リビア、リビア、リビアよ

参考用カナ転写

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コーラス:
ヤー・ビラーディー・ヤー・ビラーディー・ビ=ジハー:ディー・ワ=ジラーディー
イドファイー・カイダ・ル=アアーディー・ワ=ル=アワーディー
ワ=スラミー イスラミー イスラミー
イスラミー・トゥーラ・ル=マダー インナナー・ナフ:ヌ・ル=フィダー
リービヤー・リービヤー・リービヤー

I.
ヤー・ビラーディー・アンティ・ミーラース・ル=ジュドゥード
ラー・ラア・ッラーフ・ヤダン・タムタッド・ラク
ファ=スラミー インナー・アラ=ッ=ダハリ・ジュヌード
ラー・ヌバーリー・イン・サリムティ・マン・ハラク
ワ=フズィー・ミンナー・ワスィーカーティ・ル=ウフード
インナナー・ヤー・リービヤー・ラン・ナフズィラク
ラン・ナウード リ・ル=クユード
カド・タハッラルナー・ワ=ハッラルナ・ル=ワタン
リービヤー・リービヤー・リービヤー

コーラス

II.
ジャッラダ・ル=アジュダードゥ・アズマン・ムルハファー
ヤウマ・ナーダーフム・ムナーディー・リ・ル=キファーフ
スンマ・サールー・ヤフミルーナ・ル=ムスハファー
ビ=ル=ヤディ・ル=ウーラー ワ=ル=ウフラ・ッ=スィラーフ
ファ=イザー・フィ・ル=カウニ・ディーヌン・ワ・サファー
ワ=イザ・ル=アーラム・ハイルン・ワ・サラーフ
ファ=ル=フルード リ・ル=ジュドゥード
インナフム・カド・シャッラフー・ハーザ・ル=ワタン
リービヤー・リービヤー・リービヤー

コーラス

III.
ハイイ・イドリーサ・サリーラ・ル=ファーティヒーン
インナフ・フィー・リービヤー・ラムズ・ル=ジハード
ハマラ・ッ=ラーヤタ・フィーナー・ビ=ル=ヤミーン
ワ=タバアナーフ・リ・タフリーリ・ル=バラド
ファ=ンサナー・ビ=ル=マリキ・ワ=ル=ファトヒ・ル=ムビーン
ワ・ラカズナー・ファウカ・ハーマーティ・ン=ニジャード
ラーヤタン・フッラタン
ザッララト・ビ=ル=イッズィ・アルジャーア・ル=ワタン
リービヤー・リービヤー・リービヤー

コーラス

IV.
ヤ・ブナ・リービヤー・ヤ・ブナ・アーサーダ・ッ=シャラー
インナナー・リ・ル=マジュディ・ワ=ル=マジュウドゥ・ラナー
ムズ・サラウナー・ハミダ・ル=カウム・ッ=スラー
バーラカ・ッラーフ・ラナ・スティクラーラナー
ファ=ブタグ・ル=アルヤーア・シャァワン・フィ・ル=ワラー
ワ=スタイッドゥー・リ・ル=ワガー・アシュバーラナー
リ・ル=ギラーブ ヤー・シャバーブ
インナマ・ッ=ドゥンヤー・キファーフン・リ・ル=ワタン
リービヤー・リービヤー・リービヤー

改訂版の歌詞

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原版については、3番の削除を求める者、そのまま残すことを提案する者、イドリース王の名前部分を英雄ウマル・アル=ムフタール(口語アラビア語発音:オマル・アル=ムフタール、日本式定冠詞省略表記:オマル・ムフタール)に置き換えた3番改訂版に入れ替える者が混在しているため、歌詞は音源によって異なっている。

以下は、3番をオマル・アル=ムフタールに、4番「独立」を「勝利」に置き換えた改訂版を示す(原版との差分個所は太字)。

アラビア語 ラテン文字転写

コーラス:
يَا بِلَادِي يَا بِلَادِي بِجِهَادِي وَجِلَادِي
اِدْفَعِي كَيْدَ ٱلْأَعَادِي وَٱلْعَوَادِي
وَٱسْلَمِي اِسْلَمِي اِسْلَمِي
اِسْلَمِي طُولَ ٱلْمَدَى
إِنَّنَا نَحْنُ الْفِدَا
لِيبِيَا لِيبِيَا لِيبِيَا

I.
يَا بِلَادِي أَنْتِ مِيرَاثُ ٱلْجُدُودْ
لَا رَعَى اللهُ يَدًا تَمْتَدُّ لَكْ
فَٱسْلَمْي، إِنَّا -عَلَى ٱلدَّهْرِ- جُنُودْ
لَا نُبَالِي إِنْ سَلِمْتِ مَنْ هَلَكْ
وَخُذِي مِنَّا وَثِيقَاتِ ٱلْعُهُودْ
إِنَّنَا يَا لِيبِيَا لَنْ نَخْذُِلَكْ
لَنْ نَعُودْ لِلْقُيُودْ
قَدْ تَحَرَّرْنَا وَحَرَّرْنَا ٱلْوَطَنْ
لِيبِيَا لِيبِيَا لِيبِيَا

コーラス

II.
جَرَّدَ ٱلْأَجْدَادُ عَزْمًا مُرْهَفَا
يَوْمَ نَادَاهُمْ مُنَادٍ لِلْكِفَاحْ
ثُمَّ سَارُوا يَحْمِلُونَ ٱلْمُصْحَفَا
بِٱلْيَدِ ٱلْأُولَى، وَبِٱلْأُخْرَى ٱلسِّلَاحْ
فَإِذَا فِي ٱلْكَوْنِ دِينٌ وَصَفَا
وَإِذَا ٱلْعَالَمُ خَيْرٌ وَصَلَاحْ
فَٱلْخُلُودُ لِلْجُدُودْ
إِنَّهُمْ قَدْ شَرَّفُوا هٰذَا ٱلْوَطَنْ
لِيبِيَا لِيبِيَا لِيبِيَا

コーラス

III.
حَيِّ ٱلْمُخْتَارَ أَمِيرَ ٱلْفَاتِحِينْ
إِنَّهُ فِي لِيبِيَا رَمْزُ ٱلْجِهَادْ
حَمَلَ الرَّايَةَ فِينَا بِٱلْيَمِينْ
وَتَبَِعْنَاهُ لِتَحْرِيرِ ٱلْبِلَادْ
فَٱنْثَنَى بِٱلْمَجْدِ وَٱلْفَتْحِ ٱلْمُبِينْ
وَرَكَزْنَا فَوْقَ هَامَاتِ ٱلْنِجَادْ
رَايَةً حُرَّةً
ظَلَّلَتْ بِٱلْعِزِّ أَرْجَاءَ ٱلْوَطَنْ
لِيبِيَا لِيبِيَا لِيبِيَا

コーラス:

IV.
يَا ٱبْنَ لِيبِيَا، يَا ٱبْنَ آسَادِ ٱلشَّرَى
إِنَّنَا لْلِمَجْدِ وَٱلْمَجْدُ لَنَا
مُذْ سَرَوْنَا حَمِدَ ٱلْقَوْمُ ٱلسُّرَى
بَارَكَ اللهُ لَنَا ٱنِتْصَارَنَا
فَٱبْتَغُوا ٱلْعَلْيَاءَ شَأْوًا فِي ٱلْوَرَى
وَٱسْتَعِدُّوا لِلْوَغَى أَشْبَالَنَا
لِلْغِلَابْ يَا شَبَابْ
إِنَّمَا ٱلدُّنْيَا كِفَاحٌ لِلْوَطَنْ
لِيبِيَا لِيبِيَا لِيبِيَا

コーラス:
yā bilādī yā bilādī bi-jihādī wa-jilādī
ʾidfaʿī kayda-l-ʾaʿādī wa-l-ʿawādī
wa-slamī ʾislamī ʾislamī
ʾislamī ṭūla-l-madā ʾinnanā naḥnu-l-fidā
lībiyā lībiyā lībiyā

I.
yā bilādī ʾanti mīrāthu-l-judūd
lā raʿa-llāhu yadan tamtaddu lak
fa-slamī ʾinnā ʿala-d-dahri junūd
lā nubālī ʾin salimti man halak
wa-khudī minnā wathīqāti-l-ʿuhūd
ʾinnanā yā lībiyā lan nakhdilak[注釈 2]
lan naʿūd li-l-quyūd
qad taḥarrarnā wa-ḥarrarna-l-waṭan
lībiyā lībiyā lībiyā

コーラス

II.
jarrada-l-ʾajdādu ʿazman murhafā
yawma nādāhum munādī li-l-kifāḥ[注釈 3]
thumma sārū yaḥmilūna-l-muṣḥafā
bi-l-yadi-l-ʾūlā wa-bi-l-ʾukhra-s-silāḥ
fa-ʾidhā fi-l-kawni dīnun wa-ṣafā
wa-ʾidha-l-‘ālamu khayrun wa-ṣalāḥ
fa-l-khulūd li-l-judūd
ʾinnahum qad sharrafū hādha-l-waṭan
lībiyā iībiyā lībiyā

コーラス

III.
ḥayyi-l-mukhtāra ʾamira-l-fātihīn
ʾinnahu fī lībiyā ramzu-l-jihād
ḥamala-r-rāyata fīnā bi-l-yamīn
wa-tabaʿnāhu[注釈 4] li-taḥrīri-l-bilād
fa-nthanā bi-l-majd wa-l-fatḥi-l-mubīn
wa-rakaznā fawqa hāmāti-n-nijād
rāyatan ḥurratan
ẓallalat bi-l-ʿizzi ʾarjāʾa-l-waṭan
lībiyā lībiyā lībiyā

コーラス

IV.
ya-bna lībiyā ya-bna ʾāsāda-sh-sharā[注釈 5]
ʾinnanā li-l-majdi wa-l-majdu lanā
mudh sarawnā ḥamida-l-qawmu-s-surā
bārka-llāhu lana-ntiṣāranā
fa-btaghu-l-ʿalyāʾa shaʾwan fi-l-warā
wa-staʿiddū li-l-waghā ʾashbālanā
li-l-ghilāb yā shabāb
ʾinnama-d-dunyā kifāḥun li-l-waṭan
lībiyā lībiyā lībiyā

参考和訳

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コーラス:
おお我が国よ、おお我が国よ、我がジハード(奮闘)と戦いにより
敵と侵略者どもの謀略を撃退するのだ
平安たれ、平安たれ、平安たれ
とこしえに平安であれ
我らは、我らは心身を捧げよう[注釈 6]
リビア、リビア、リビアよ

I.
おお我が国よ、貴方[注釈 7]は父祖の遺産
貴方に伸ばさんとする手をアッラーが庇護せぬことを願う
平安たれ、我らは永遠に兵士
貴方が平安でさえあれば、我らは誰が死のうと構わない
受け取ってくれ、我らより誓いの証書を
我らは、ああリビアよ、貴方を見捨てはしない
我らは枷に立ち戻ったりなどしない
既に我らは自由の身となり、祖国も解放したのだ
リビア、リビア、リビアよ

コーラス

II.
父祖らは鋭き決意をもって剣を抜いた
闘争を呼びかける者によって呼ばれたその日に
そして行軍したのだった クルアーンを携えて
一方の手に、そしてもう一方の手には武器を
そして世界には信仰と清純が広がり
世は善良かつ正しきものとなった[注釈 8]
父祖たちよ永遠なれ
彼らはこの祖国に栄誉を与えてくれた
リビア、リビア、リビアよ

コーラス

III.
開城者たち[注釈 14]の司令官たるアル=ムフタールに敬礼せよ
彼はリビアにおいてジハード(奮闘)の象徴
我々の中でその右手で旗を掲げ
我らは国土解放のため彼に続いた
そして彼は栄光と明白なる勝利をもって帰還
我らは高原の頂に自由の旗を打ち立て
それ[注釈 10]は力強く国中を庇護してきた
リビア、リビア、リビアよ

コーラス

IV.
おおリビアの子よ、おお野に棲まう[注釈 11]獅子たちの子よ
我らは名誉のために、そして名誉は我らのもの
我らが夜に行軍をすれば、民はその夜行を称賛してくれた[注釈 12][11]
アッラーは我らに勝利を祝福なさいますよう
高みを求めよ 最果てまで
そして備えさせよ戦いへと若獅子たちを
戦闘へと おお、若者たちよ
現世[注釈 13]とは祖国のための闘いなのだ
リビア、リビア、リビアよ

参考用カナ転写

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コーラス:
ヤー・ビラーディー・ヤー・ビラーディー・ビ=ジハー:ディー・ワ=ジラーディー
イドファイー・カイダ・ル=アアーディー・ワ=ル=アワーディー
ワ=スラミー イスラミー イスラミー
イスラミー・トゥーラ・ル=マダー インナナー・ナフ:ヌ・ル=フィダー
リービヤー・リービヤー・リービヤー

I.
ヤー・ビラーディー・アンティ・ミーラース・ル=ジュドゥード
ラー・ラア・ッラーフ・ヤダン・タムタッド・ラク
ファ=スラミー インナー・アラ=ッ=ダハリ・ジュヌード
ラー・ヌバーリー・イン・サリムティ・マン・ハラク
ワ=フズィー・ミンナー・ワスィーカーティ・ル=ウフード
インナナー・ヤー・リービヤー・ラン・ナフズィラク
ラン・ナウード リ・ル=クユード
カド・タハッラルナー・ワ=ハッラルナ・ル=ワタン
リービヤー・リービヤー・リービヤー

コーラス

II.
ジャッラダ・ル=アジュダードゥ・アズマン・ムルハファー
ヤウマ・ナーダーフム・ムナーディー・リ・ル=キファーフ
スンマ・サールー・ヤフミルーナ・ル=ムスハファー
ビ=ル=ヤディ・ル=ウーラー ワ=ル=ウフラ・ッ=スィラーフ
ファ=イザー・フィ・ル=カウニ・ディーヌン・ワ・サファー
ワ=イザ・ル=アーラム・ハイルン・ワ・サラーフ
ファ=ル=フルード リ・ル=ジュドゥード
インナフム・カド・シャッラフー・ハーザ・ル=ワタン
リービヤー・リービヤー・リービヤー

コーラス

III.
ハイイ・ル=ムフターラ・アミーラ・ル=ファーティヒーン
インナフ・フィー・リービヤー・ラムズ・ル=ジハード
ハマラ・ッ=ラーヤタ・フィーナー・ビ=ル=ヤミーン
ワ=タバアナーフ・リ・タフリーリ・ル=バラド
ファ=ンサナー・ビ=ル=マジュド・ワ=ル=ファトヒ・ル=ムビーン
ワ・ラカズナー・ファウカ・ハーマーティ・ン=ニジャード
ラーヤタン・フッラタン
ザッララト・ビ=ル=イッズィ・アルジャーア・ル=ワタン
リービヤー・リービヤー・リービヤー

コーラス

IV.
ヤ・ブナ・リービヤー・ヤ・ブナ・アーサーダ・ッ=シャラー
インナナー・リ・ル=マジュディ・ワ=ル=マジュドゥ・ラナー
ムズ・サラウナー・ハミダ・ル=カウム・ッ=スラー
バーラカ・ッラーフ・ラナ・ンティサーラナー
ファ=ブタグ・ル=アルヤーア・シャァワン・フィ・ル=ワラー
ワ=スタイッドゥー・リ・ル=ワガー・アシュバーラナー
リ・ル=ギラーブ ヤー・シャバーブ
インナマ・ッ=ドゥンヤー・キファーフン・リ・ル=ワタン
リービヤー・リービヤー・リービヤー

脚注

[編集]

注釈

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  1. リビア国内外で2通りの発音が混在しているため併記した。
  2. 1 2 文語アラビア語ではنَخْذُلَكْ(nakhdhulak, ナフズラク)と発音する部分だが、国歌音源では口語アラビア語(現地方言)活用形だと思われるنَخْذِلَكْ(nakhdhilak, ナフズィラク)と歌われている。
  3. 1 2 مُنَادٍ لِلْكِفَاحْはタンウィーンを発音するmunādin li-l-kifāḥが発音同化したmunādil li-l-kifāḥではなく、息継ぎしない文中ながらmunādとmunādī2通りある休止形のうち後者を用いてmunadī li-l-kifāḥと歌っているらしいことを複数音源にて確認したため、この転写とした。
  4. 1 2 文語アラビア語ではتَبِعْنَاهُ(tabiʿnāhu, タビウナーフ)と発音する部分だが、国歌音源では口語アラビア語(現地方言)発音だと思われる تَبَعْنَاهُ(tabaʿnāhu, タバアナーフ)と歌われている。
  5. 1 2 文語では前のابْنَを後方から属格支配しているためʾāsādi-sh-sharāと読むべき部分だが、歌では口語風にʾāsāda-sh-sharāとなっている。
  6. 1 2 アラビア語では「我らは、我らは犠牲だ」のように主語と述語の名詞になっており、「犠牲;生贄」といった意味の名詞が述語になっているが、アラブの愛国詩・愛国歌では捧げ物という意味で使われ「(祖国などのために)我が身を(自発的に、進んで、喜んで)捧げる」と宣言する部分で用いる表現となっているため、「我らは汝の生贄なり」というネガティブな死を想起させる旧和訳は変更した。
  7. 1 2 歌詞では我が国の「国」が女性単数扱いであることを受け「貴女」という女性形に向けた呼びかけになっている。
  8. 1 2 イスラームにおいて重要視される価値観などを示す言葉が並んでいる部分でジハードによる解放闘争がイスラーム的国家を打ち立てた様子を示している。
  9. 簡潔には「征服者」だが、イスラーム征服軍としてアラビア半島方面からリビアの地にやってきた由緒あるアラブ人イスラーム教徒の子孫であることを示す非常に肯定的な表現として使われているため、「征服者」との訳は敢えて避けた。
  10. 1 2 国王やリビアの闘士たちが打ち立てた自由の旗のこと。
  11. 1 2 شَرًى(sharan(限定時sharā), シャラン(シャラー))は「ライオン(獅子)たちが多く生息している場所、ライオンの生息地」のこと。モロッコなど北アフリカにかつていた野生のライオンをイメージしリビアに力強く勇猛な闘士たちが揃っていることを強調している部分であるため、「野に棲まう」とした。
  12. 1 2 アラブ世界で多用されてきた言葉「عِنْدَ الصَّبَاحِ يَحْمَدُ الْقَوْمُ السُّرَى(In the morning, the people praise the journey by night)」を意図した一節。名将ハーリド・イブン・アル=ワリードが最初に口にしたと伝えられている。سُرًى(suran(限定時はsurā), スラン(スラー))は夜旅や夜の行軍を意味する名詞。日夜行軍を続け戦地へといち早く到着した実績が人々により称賛された一件を指すという。
  13. 1 2 ここで用いられているاَلدُّنْيَا(ʾad-dunyā, アッ=ドゥンヤー)は単なる世界や人生ではなく、イスラーム的に最後の審判を経た死後の来世と対比として「現世」という意味で使われる語であることから、ジハードの報奨として幸福・安寧が約束されている来世との対比として「現世」とした。
  14. 旧歌詞ではイスラーム征服軍という意味で使われていた語だが、歌詞書き換えによって中世におけるリビアのイスラーム化ではなく、ウマル・アル=ムフタール(オマル・アル=ムフタール)らのイタリア側拠点攻撃と解放を思わせる文脈に変わっているため、ここでは「開城者たち」とした。

出典

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  1. 1 2 3 About Libya: Libyan National Anthem, リビア国民評議会 of Libya website, オリジナルの2011年7月21日時点におけるアーカイブ。 2011年8月23日閲覧。
  2. وفاة مؤلف النشيد الوطني الليبي”. 2023年10月11日閲覧。
  3. 2011 Constitutional Declaration of Libya (英語). lawsociety.ly (2011年8月3日). 2026年7月11日閲覧。
  4. Libya 2011 (rev. 2012) Constitution - Constitute (英語). www.constituteproject.org. 2026年7月11日閲覧。
  5. Libya 2016 Constitution - Constitute (英語). www.constituteproject.org. 2026年7月11日閲覧。
  6. دستور ليبيا - مشروع مسودة الدستور لعام 2016 (アラビア語). lawsociety.ly. 2026年7月11日閲覧。
  7. http://www.nationalanthems.info/ly-69.htm
  8. الراعي, أسامة (2021年5月10日). البشير العريبي، شاعر تونسي (アラビア語). جريدة الحدث + الالكترونية. 2023年10月11日閲覧。
  9. وفاة البشير العريبي.. التونسي الذي كتب نشيد ليبيا ونعاه السراج (アラビア語). الترا تونس | UltraTunisia. 2023年10月11日閲覧。
  10. النشيد الوطني (アラビア語). Prince Mohammed El Senussi. 2026年7月11日閲覧。
  11. 1 2 ص278 - كتاب شرح مقامات الحريري - قصة المثل عند الصباح يحمد القوم السري - المكتبة الشاملة”. shamela.ws. 2023年10月11日閲覧。

外部リンク

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歌詞確認と和訳の際に以下のウェブサイトを参照した。

関連項目

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