リビア国民評議会
| リビア[1] | |||||
| ليبيا | |||||
| 臨時政府 | |||||
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| 標語 自由、正義、民主主義 | |||||
| 国歌 リビア、リビア、リビア | |||||
| 首都 | ベンガジ トリポリ | ||||
| 言語 | アラビア語 | ||||
| 宗教 | イスラム教 | ||||
| 政治機構 | 臨時政府 | ||||
| 議長 | |||||
| • | 2011–2012 | ムスタファ・アブドルジャリル | |||
| 首相 | |||||
| • | 2011 | マフムード・ジブリール | |||
| • | 2011-2012 | アブドッラヒーム・アル=キーブ | |||
| 議会 | リビア国民評議会 | ||||
| 歴史・時代 | 2011年リビア内戦 | ||||
| • | 成立 | 2011年3月5日 | |||
| • | トリポリの戦い | 2011年8月28日 | |||
| • | ムアンマル・アル=カッザーフィーの死 | 2011年10月20日 | |||
| • | 国民議会に権限を移譲 | 2012年8月8日 | |||
| 通貨 | ディナール | ||||
| リビア国民評議会 | |
|---|---|
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| 創設年 | 2011年 |
| 解散年 | 2012年 |
| 代表 | ムスタファ・アブドルジャリル |
| 対象国 | リビア |
| 前政府 | 大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国 |
| 後政府 | リビア |
| 備考 | リビアにおける唯一の代表政府であることを宣言。 |
リビア国民評議会(リビアこくみんひょうぎかい、アラビア語:المجلس الوطني الانتقالي, al-majlis al-waTanī al-intiqālī、英語:National Transitional Council)は、リビア内戦の間に、反カダフィ勢力によって形成された暫定政権である。2012年8月8日に国民議会に権限を移譲し解散した[2]。
概要[編集]
2011年2月27日にリビア第2の都市ベンガジで、ムスタファ・モハメド・アブドルジャリルが結成を発表、3月5日には「リビアにおける唯一の正統な代表政府」であることを宣言した[3]。設立目的は、「革命の政治的な局面にて行動するため」としている。
日本政府の用いる正式名称は「国民暫定評議会」であるが、日本語ではこのほかにも「リビア暫定政府」「リビア国民評議会」と2通りの呼び方があり、本項目では以下「リビア国民評議会」と表記する[4]。
沿革[編集]
背景[編集]
2010年12月に始まったジャスミン革命、それに誘発されたエジプト革命など、中東・北アフリカに広がった民主化の勢いは、翌年2011年2月、リビアにも及んだ[5][6] 。当初劣勢だったムアンマル・アル=カッザーフィー(以降カダフィ)政権は2月末には攻勢に転じ、内戦突入は不可避となった。政府に対する反感が強かったベンガジをはじめとする東部の都市は内戦前から政府の統制を脱し、反政府派の有力者が集結し始めていた[7]。
結成[編集]
2月24日、数日前までカダフィ政権で法相を務めていたムスタファ・モハメド・アブドルジャリルはアルバイダにて、反政府派の政治家、元軍人、部族長、学識者、ビジネスマンらと会合を持ち、政権打倒に向けて協力を確認するとともに、政権崩壊後の暫定的な国内統治など、民主化に向けて議論を行った[8] 。この動きは25日にアル・ジャジーラで放送され、26日にはアブドルジャリル自身が暫定政権樹立の考えを明かした。リビア駐米大使のアリー・スレイマン・アウジャリ[9][10]、リビア国連次席大使のイブラーヒーム・オマル・アル=ダバシ[11]らの協力も明らかになった。
2月27日、国民評議会の創設が宣言された。本部はカダフィ政権成立前のリビア王国の首都であったベンガジにおかれ、評議会の旗として、旧王国時代の国旗が採用された[12][13][14]。同日の記者会見では、カザフィ政権打倒後はそのまま正式なリビア政府に移行する考えが示されたため、国内のほかの自治政府から反発があがった。
内戦突入、反政府派の中軸へ[編集]
当初の影響領域はベンガジ周辺に留まっていたが、カダフィ側の巻き返しに遭って一刻も早い反政府勢力の統合が求められ、またアブドルジャリル自身の知名度もあって、数日中には反政府地帯のほぼ全域に及ぶようになった。
3月5日には正式な会合を開き、アブドルジャリルを議長に選出、付属機関も設置し、評議会としての機能を開始した。同日、旧王国時代を基にした新憲法案骨子を発表した。23日、マフムード・ジブリールを国民評議会の執行委員会委員長(暫定首相)に指名した[15]。
内戦が拡大した7月ごろに路線対立が起こり、7月28日、軍事委員会のアブドゥルファッターフ・ユーニス総司令官が暗殺される事件が発生した。執行委員会が責任を取って総辞職した。
8月22日、首都トリポリをほぼ制圧し、アブドルジャリルは本部をトリポリに移す考えを示している[16]。
正式な政府へ[編集]
2011年7月15日にイスタンブールで開催された第4回目リビア連絡調整グループ会合において、リビア国民評議会を「リビアにおける正統な統治当局として取り扱う」として承認した[17]。同年9月16日には国際連合におけるリビアの代表権が総会で承認され[18]、9月20日にアフリカ連合が正式な政府として承認した[19]。しかし当初は9月中旬を予定していた暫定政権の樹立は遅れ、ジブリール暫定首相が新政権への参加を見送る考えを示している[20]。
2012年7月に国民議会選挙が実施され、8月8日に議会に権限を移譲。リビア国民評議会は解散した[2]。
組織・機関[編集]
- 評議会(議会)
- 軍事委員会(軍部)
- 執行委員会(内閣・行政)
上記の組織では前政権の行政業務(治安維持・国境管理など)までは手がまわらず、地域住民有志の手も借りて行われた。
国際関係[編集]
リビアにおける正統な統治当局として取り扱うとしたリビア連絡調整グループの他、連絡調整グループの参加国でなくとも、承認に転じたロシアのような例もある[21]。
注釈[編集]
- ^ http://www.iso.org/iso/nl_vi-11_name_change_for_libya.pdf
- ^ a b “リビア国民評議会が解散 国民議会に権限移譲”. asahi.com (朝日新聞). (2012年8月9日) 2012年8月9日閲覧。
- ^ http://www.news.com.au/breaking-news/ferocious-battles-in-libya-as-national-council-meets-for-first-time/story-e6frfku0-1226016536676
- ^ 2011年3月6日にグーグルで「リビア国民評議会」「リビア暫定政府」で検索したところ、前者が305,000件、後者が257,000件であった。
- ^ “Live Blog - Libya | Al Jazeera Blogs”. Blogs.aljazeera.net (2011年2月17日). 2011年2月23日閲覧。
- ^ “News | Libya February 17th”. Libyafeb17.com. 2011年2月23日閲覧。
- ^ “Map of How the Protests Unfolded in Libya.”. New York Times. (2011年2月25日) 26 February 2011]閲覧。
- ^ http://maltastar.com/pages/r1/ms10dart.asp?a=14356
- ^ http://af.reuters.com/article/energyOilNews/idAFN2613766620110226
- ^ http://blogs.aljazeera.net/live/africa/live-blog-libya-feb-27
- ^ http://english.aljazeera.net/news/africa/2011/02/201122702915408866.html#
- ^ http://www.bbc.co.uk/news/world-middle-east-12307698
- ^ http://www.npr.org/2011/02/23/134003954/New-Government-Forms-In-Eastern-Libya
- ^ http://www.businessweek.com/news/2011-02-25/libya-s-eastern-rebels-long-time-qaddafi-foes-driving-revolt.html
- ^ “リビア:反体制派が首相指名” (日本語). 毎日新聞. (2011年3月24日) 2011年3月24日閲覧。
- ^ “リビア反体制派 国営TV局も掌握”. 東京新聞. (2011年8月23日) 2011年8月24日閲覧。
- ^ “リビア反体制派を政府として承認 欧米・中東主要国”. 朝日新聞. (2011年7月15日) 2011年8月22日閲覧。
- ^ “リビア「国民評議会」の代表権承認…国連総会”. 読売新聞. (2011年9月17日) 2011年9月17日閲覧。
- ^ “アフリカ連合、リビア国民評議会を政府承認”. 読売新聞. (2011年9月21日) 2011年9月21日閲覧。
- ^ “リビア暫定首相「新政権樹立は中断」、自身の入閣も否定”. ロイター (ロイター). (2011年9月30日) 2011年9月30日閲覧。
- ^ “ロシア、リビア国民評議会承認…権益確保へ転換”. 読売新聞. (2011年9月1日) 2011年9月3日閲覧。
外部リンク[編集]
- National Transitional Council(アラビア語)(英語)
- UPDATE 1-Libya rebels form council, reject Gaddafi talks, Mohammed Abbas, Reuters, February 27, 2011 3:33pm GMT
- Other groups
- National Conference for the Libyan Opposition
- National Front for the Salvation of Libya
- Libya Watanona
- Libyan Youth Movement
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