モハメッド・ガンヌーシ
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| モハメッド・ガンヌーシ محمد الغنوشي | |
|---|---|
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モハメッド・ガンヌーシ(2008年8月) | |
| 生年月日 | 1941年8月18日(77歳) |
| 出生地 |
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| 出身校 | チュニス大学 |
| 所属政党 | 立憲民主連合 |
| 在任期間 | 1999年11月17日 - 2011年2月27日 |
| 大統領 |
ザイン・アル=アービディーン・ベン・アリー フアド・メバザ(暫定) |
| 在任期間 | 2011年1月14日 - 1月15日 |
モハメッド・ガンヌーシ(ムハンマド・ガヌーシー、アラビア語: محمد الغنوشي Muḥammad al-Ġanūšī、1941年8月18日 - )は、チュニジアの政治家。与党立憲民主連合(RCD)の一員。同国首相を務めた。
経歴[編集]
スース出身。1992年から1999年まで国際関係・外国投資相を務めた後、同年11月17日、首相に就任。2005年の愛知万博の際には夫妻で訪日した。
2011年1月14日、23年にも及ぶ独裁政権を築いてきた大統領ザイン・アル=アービディーン・ベン・アリーが高まる国民の不満に抗しきれず国外脱出、首相であったガンヌーシが暫定大統領への就任を宣言した[1]が、翌1月15日には憲法評議会が憲法の規定に基づき、下院議長のフアド・メバザを暫定大統領に任命した。首相として暫定政権運営に参加したが、旧政権の一員であることなどから国民の不満が収まらず、2月27日に首相辞任の意向を表明した[2]。
詳細は「ジャスミン革命」を参照
出典[編集]
- ^ “チュニジア大統領が国外脱出、87年から独裁” (日本語). 読売新聞. (2011年1月15日) 2011年1月15日閲覧。
- ^ “チュニジア暫定政府首相、辞任を表明”. 読売新聞. (2011年2月28日) 2011年2月28日閲覧。
| 公職 | ||
|---|---|---|
| 先代: ザイン・アル=アービディーン・ベン・アリー |
(暫定)2011 |
次代: フアド・メバザ (暫定) |
| 先代: ハメド・カルイ |
第32代:1999 - 2011 |
次代: ベージー・カーイド・アル=セブシー |
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