ライダイハン

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ライダイハン
各種表記
ハングル 라이따이한
漢字 -
発音 ライタイハン
2000年式MR式 Raittaihan
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ライダイハン
各種表記
チュ・クオック・グー Lai Đại Hàn
漢字・チュノム 𤳆大韓
北部発音: ライダイハン
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ライダイハンベトナム語: Lai Đại Hàn: 라이따이한)とは、ベトナム戦争に派遣された韓国人と現地ベトナム人との間に生まれた子供を指す。韓国軍兵士による性的暴行によって生まれた子供[1][2][3]や、労働者として働いていた韓国の民間人とベトナム人女性との間に生まれた子供がベトナムに置き去りにされた[4]。ベトナム社会で冷遇され、経済的に困窮している[5]

ライ「𤳆」(𤳆=「男」偏に「來」旁[6][注 1])はベトナム語で「混血」を意味し、ダイハンは「大韓」(:대한)のベトナム語読みであるが、「ライダイハン」という語そのものがベトナムの公式文書に現れる例は少ない[7]。韓国では、ベトナム語からの借用語として取り入れられ、「ライタイハン」(라이따이한)のように発音される。なお、韓国系ベトナム人한국계 월남인韓國系越南人)と呼ばれている。

ライダイハンの発生原因[編集]

ベトナムに派兵された韓国軍兵士によるベトナム人女性への強姦[8][9]。各地の韓国軍による虐殺、暴行事件の生存者の証言でも婦女に対する強姦が挙げられている[8]。戦闘終了後の治安維持期に入った後も猛虎師団青龍旅団白馬師団などの兵士が、村の娘を強姦して軍法会議にかけられる事件が頻発している[注 2]。韓国軍兵士がベトナム人の母と子を置き捨てて帰国したため、軍司令部が再志願させてベトナムに戻し、結婚式を挙げさせた例もある[注 2]

労働者としてベトナムに派遣された韓国人男性とベトナム人女性との間にも子供が生まれた[12]。民間人は現地の女性と交わる機会が兵士よりも多く、子供の父親は兵士よりも民間人が多いという[12][注 3]

ベトナム戦争終結後、これらの民間人もベトナム人の『妻』との子供を捨てて韓国に帰国した[注 3]

ライダイハンの数[編集]

ライダイハンの正確な数は、依然として、はっきりとは分かっていない。1500人(『朝日新聞』1995年5月2日[14])、2千人(野村進)、少なくとも3000人・最大2万人(『京郷新聞[5])、最小5千人・最大3万人(『釜山日報』2004年9月18日[14][12])、7千人、1万人以上(名越二荒之助[15]など)など諸説ある。

韓国政府およびベトナム政府による調査が行われないまま、長期間、問題が放置されてきたことにより、被害者数の正確な把握が困難になったという批判もある[16]

ライダイハン問題に携わる民間団体らは600から1500人と見積もっておりベトナムに暮らしているのは500人程を確認している。

ライダイハンの現状[編集]

敵国の子供としてベトナム社会から差別を受け、貧困に苦しんだ[12]

ライダイハンの母は戦後敵国に通じていたと財産の没収、投獄、思想教育など弾圧された[17]

彼ら(彼女ら)の中には父親の記憶を持たず、朝鮮語も話せず、写真だけが唯一残された思い出という者もいる[18]。韓国との混血児は名乗りでないとの主張もある[15]

一部のライダイハンは、韓国で労働者として働きながら父親を探している[12]。ライダイハンの父親捜しは容易ではなく、父親が判明した場合でも、親子として認められた例はほとんど無い[12]

当事国の動き[編集]

韓国国内の動き[編集]

ライダイハンは強姦によるものが多数含まれているとされることから、韓国軍による戦争犯罪として問題視されていたが、韓国政府はライダイハン問題の存在を黙殺し、一切の対応をおこなっていない[3]

ライダイハンの支援団、韓国軍の行為を批判する団体が活動している[19]

2019年、慰安婦問題で活動している正義連は韓国政府の消極的な姿勢に遺憾の意を示した[20]

父親の認知による国籍取得をするライダイハンの動きがあったが[21]韓国の法律が変わり親子関係があった場合でも成人していた場合は国籍の取得が出来なくなり現在ライダイハンの韓国国籍取得は他のベトナム人と同じく帰化によるものとなっている[22]

韓国の民間団体や韓国のキリスト教団体とベトナム政府の支援により、支援施設(職業訓練学校)が設立され[注 4]、無償での職業訓練と朝鮮語の教育が行われた。ただし、ライダイハンの支援よりも、ベトナム国民を対象とした活動になっているとの批判がある[16]

国籍法の改正前にはライダイハン自身が、韓国人である父親に対して実子であることの認知訴訟を起こし、判決により韓国国籍を取得する動きがあった[21]

ベトナム政府の反応[編集]

ベトナム戦争での韓国政府に対する批判は控えめで二国間の友好関係維持を原則的立場とており謝罪の要求はしていない[24]。またライダイハンの名誉回復や支援など行っていない。

村山康文によれば、ベトナム政府は韓国との経済関係を重視する立場から、韓国政府に対して謝罪・補償を要求するベトナム国内の動きを抑圧している[14]。二国間関係以外の理由としては北ベトナムの戦争犯罪、弾圧などの批判を避ける事と見られている[24]

2018年に文在寅大統領が公式の謝罪を出そうとした時にはベトナム側による水面下での交渉で文大統領の謝罪は流れることになった[25]

ライダイハンらが国連人権委員会でDNA鑑定を文大統領に要求する公開書簡をイギリス大使館に送り親子関係が証明された際にはロンドンに像を建てると行動を起こしたケースでは「両国関係の未来志向に基づく発展をする努力をしてきた」と回答、韓国軍の性暴力の存在をベトナム政府は認識しているのかの問には「今後も友好関係の発展に努める」と明言を避けた[26]

国際社会の動き[編集]

ライダイハンのための正義[編集]

ライダイハンのための正義
: Justice for Lai Dai Han
創立者 ピーター・キャロル
設立 2017年9月12日
所在地

Suite D0172 London 265-269 Kingston Road Wimbledon London

SW19 3NW
活動内容 ベトナム戦争において韓国兵から苦痛を受けたベトナム女性と結果生まれたライダイハンの救済と周知
ウェブサイト https://laidaihanjustice.org/
ライダイハン (@LDHJustice) - Facebook
ライダイハン (@LDHJustice) - Twitter
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ライダイハンのための正義: Justice for Lai Dai Han)は、2017年9月12日イギリスで設立された市民団体[27]。「ベトナム戦争において韓国軍兵士からの性的暴行に遭った女性たちが苛酷な人生を送っていること」を知らしめる目的で、イギリスの市民活動家であるピーター・キャロルが呼びかけ人となって設立された[27]

ロンドンで開かれた設立イベントには労働党ジャック・ストロー元英外相も参加している[27]。団体のメンバーの英国人フリージャーナリスト、シャロン・ヘンドリーは、ライダイハンを育てたというベトナム人女性7人に聞き取り調査を行っており、「韓国兵は多くのベトナム女性に性的暴行を加えたり、慰安婦として強制的に慰安所で働かせていた」と報告している[27][28][29]

こういった事実関係究明のため、イギリス議会に調査委員会設置を求めると共に、イギリス人彫刻家レベッカ・ホーキンスが被害女性とその子供たちのために制作した「ライダイハン像」を披露した[30]。等身大ライダイハン像を制作し、在ベトナム韓国大使館前などに設置し世論喚起することを検討することを発表している[30]

2020年3月27日BBCが、「1968-何百人もの女性を苦しめた年」という記事で、ベトナム戦争における韓国軍兵士によるベトナム人女性への性的暴行を特集し、「韓国人に何が起きたのかを認めてもらう必要がある」とのベトナム人被害女性の訴えを紹介し、ジャック・ストロー元英外相と「ライダイハンのための正義」が、国連人権理事会による調査や韓国の謝罪を求めていることを伝え、「韓国は、第二次世界大戦中に、何十万人もの韓国人女性が性奴隷として働かされたことをめぐり、謝罪をするよう何十年も日本に働きかけてきた」と指摘し、日本に謝罪を求めながら、自らの問題には頬かむりする韓国ダブルスタンダードを批判した[2]

関連作品[編集]

SBSでライダイハンをテーマとしたドキュメンタリー『大韓の涙』が放送された[31][32]

フィクションでは、2007年に同じくSBSで、新ライダイハンがヒロインの連続テレビドラマ黄金の新婦』が放送された[33]

「ベトナムピエタ」平和少女像で知られるキム・ウンソン&キム・ソギョンが制作したもの。チェジュにあり韓国軍による民間人虐殺被害者の母親と名もなき赤子の鎮魂のために作成。韓国・ベトナム平和財団の寄付活動により2017年除幕された[34]

アメラジアン[編集]

戦時下のベトナムにおいては、アメリカ軍兵士とベトナム人女性との間にも多くの二世(Lai Mỹ/ 𤳆、ライミー)が産まれた。一説には1万5千人ないし2万人とも推計されている。

南北統一後のベトナムでは、当初、ライダイハン同様に「敵国の子」とされ、迫害の対象となった。1987年にアメリカ政府は混血児とその家族の移住を受け入れ始めたが、なおベトナムに留まる者も多かった[35][36][37]。しかし、その後、越中戦争(中越戦争とも)において中華人民共和国と敵対した関係から西側諸国とベトナムとの関係改善が割合早期に行われたことなどから、ライダイハンほど激しくはなく、ドイモイ以降の政府の親米路線により激しい迫害は見られなくなった。

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 𤳆」の表示にはチュノム文字フォントを参照
  2. ^ a b 亀山旭 『ベトナム戦争―サイゴン・ソウル・東京』の第五章「ベトナムの韓国軍」[10]では、戦時下の南ベトナムと、韓国軍や韓国人の関わりを知ることができる。『週刊アンポ No.6』[11]の版がベ平連のサイト[1]で読めるが、岩波版と記述に一部差異あり。
  3. ^ a b 野村進の取材を受けたホーチミン市の「人間職業訓練学校」女子寮の金永寛牧師は「この子の父親の90パーセントは韓国のビジネスマンなんです。兵隊として来ていた人の子供は、そんなにいないんですよ」と語った[13]。野村によれば、「ベトナム戦争中に技術者や労働者として南ベトナムに来ていた韓国人男性がベトナム人女性とのあいだに子供をもうけ、そのまま母子を置き去りにして帰国してしまった例が圧倒的に多いという」[13]
  4. ^ 野村進 『コリアン世界の旅』[23]より。第六章「サイゴンに帰ってきた韓国兵たち」で韓国のキリスト教団体が設立した「職業訓練学校」を訪問している。

出典[編集]

  1. ^ 「ライダイハンための正義」が性暴力被害者に敬意を表する歴史的な像を除幕” (日本語). SankeiBiz. フジサンケイ ビジネスアイ (2019年6月12日). 2021年7月10日閲覧。
  2. ^ a b 原川貴郎 (2020年4月4日). “ライダイハン ベトナム戦争時の韓国軍の所業を英BBCが報道”. 産経新聞. オリジナルの2021年5月28日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210528221738/https://www.sankei.com/article/20200404-4CQU7UOD2ZM4TOW4X2J2YVXPAA/ 
  3. ^ a b ライダイハン問題 世界が注目するも韓国政府は一切対応せず”. NEWSポストセブン (2019年8月9日). 2021年12月17日閲覧。
  4. ^ Korean-Vietnamese Struggle to Find Origin”. 東亜日報. 2021年5月8日閲覧。
  5. ^ a b 처음 품에 안아본‘아버지의 달’ (朝鮮語). 京郷新聞. (2002年9月17日). http://news.khan.co.kr/kh_news/khan_art_view.html?mode=view&artid=200209171633241&code=900103 2002年9月17日閲覧。 
  6. ^ http://glyphwiki.org/wiki/u24cc6
  7. ^ Trọng Dật Dương 300 câu hỏi, 300 năm Sài Gòn TP. Hò̂ Chí Minh 1998 "Nhũng bộ Phim như "Người tình" (Pháp), “Lai Đại Hàn" (Hàn Quốc), "Miền Nam Xa Xưa" (Pháp), “Ba mùa" (Mỹ)... từng được thực hiện ở đây. 211. llạll chiêu hong llill nllãt Trước 1975, cả thành phố có 51 rạp chiếu bóng. Trong số này, có rạp ..."
  8. ^ a b (朝鮮語)한겨레21(ハンギョレ21) (第256号). (1999-05-06). 
  9. ^ ライダイハン、文在寅大統領にDNA型鑑定と謝罪求める”. 産経新聞 (2019年6月10日). 2021年12月18日閲覧。
  10. ^ 亀山 1986, p. 127.
  11. ^ 小田 1970.
  12. ^ a b c d e f 한국남자들의 무책임… 슬픈 라이따이한의 운명”. 女性新聞. 2021年7月29日閲覧。
  13. ^ a b 野村 1996, p. 173.
  14. ^ a b c 村山康文 (2019年6月30日). “韓国軍の蛮行伝える「ライダイハン像」 文政権はどう応える”. NEWSポストセブン. 2021年12月17日閲覧。
  15. ^ a b 名越 2002, p. 672.
  16. ^ a b コ・ギョンテ (1999-05-20). 라이따이한을 팔지 말라(ライダイハンを売るな)” (朝鮮語). 한겨레21(ハンギョレ21) (第258号). http://www.hani.co.kr/h21/data/L990510/1p945a0d.html. 
  17. ^ 베트남전 때 태어난 한국인 2세에 눈물로 사과한 배우”. 2022年2月21日閲覧。
  18. ^ 宮崎 1993, p. 265.
  19. ^ 특종.심층취재”. 2021年7月29日閲覧。
  20. ^ 정의기억연대, "라이따이한 문제 해결에 정부가 나서야"”. KBS. 2021年7月29日閲覧。
  21. ^ a b 李姃恩 (2002年7月26日). “韓国人・ベトナム女性との子ども「ライタイハン」ルーツ探し訴訟相次ぐ” (日本語). 東亜日報. http://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2002072796568 2019年10月23日閲覧。 
  22. ^ 국내서도 차별받는 라이따이한…10여년 무국적 신세”. 聯合ニュース. 2021年7月29日閲覧。
  23. ^ 野村 1996.
  24. ^ a b 외교부, 베트남 전쟁 피해자 사과 요구에 원론적 입장”. ニュース1. 2021年7月29日閲覧。
  25. ^ "전범국이 할 말은 아니야"…일본 유튜브 유료광고로 올라오는 '라이따이한' 내용에 국내 네티즌 분노한 사연은?”. topstarnews. 2021年7月29日閲覧。
  26. ^ 1968 - the year that haunts hundreds of women”. BBC. 2021年12月2日閲覧。
  27. ^ a b c d ベトナム戦争に派兵された韓国兵士の女性暴行「韓国政府に謝罪要求」英国で団体設立、混血児問題で像制作」『産経デジタル』産業経済新聞社、2017年9月19日、1面。2017年9月20日閲覧。
  28. ^ “Vietnamese women raped in wartime seek justice for a lifetime of pain and prejudice”. インデペンデント. (2017年9月11日). http://www.independent.co.uk/news/world/asia/vietnam-war-women-seek-justice-mothers-raped-south-korean-soldiers-war-untold-stories-a7940846.html 2018年3月17日閲覧。 
  29. ^ “韓国兵は3回も私を襲った…ベトナム戦争の残虐を英紙が報道、欧米で怒り・驚き噴出”. 産経新聞. (2018年1月8日). https://www.sankei.com/article/20180107-EKQJX4UC6FP23JIDVFVT3TJO6Y/ 2018年3月17日閲覧。 
  30. ^ a b “ベトナム戦争に派兵された韓国兵士の女性暴行「韓国政府に謝罪要求」英国で団体設立、混血児問題で像制作”. 産経新聞: p. 2. (2017年9月19日). https://www.sankei.com/article/20170919-VBWIIJ6Q5ZOSXBYSGA2URRX6D4/2/ 2017年9月20日閲覧。 
  31. ^ 『大韓の涙』 SBS、1992年9月放送。
  32. ^ 『2007 新ライダイハンの涙』(: 2007 新라이따이한의 눈물) SBS、2007年6月3日放送(한국인이 베트남에 남긴 '그림자' 조명” (朝鮮語). 文化日報 (2007年6月2日). 2009年10月1日閲覧。)。
  33. ^ SBS、2008年放送(: 황금신부〈黄金新婦〉)。一部メディアでは『黄金の花嫁』とも表記される。ドラマ「黄金の花嫁」 家族和解で‘有終の美’飾る” (日本語). 中央日報 (2008年2月4日). 2009年7月6日閲覧。
  34. ^ 「ベトナムピエタ」像、済州に建設される”. ハンギョレ. 2022年2月21日閲覧。
  35. ^ 読売新聞読売新聞社、1982年4月15日。2019年10月23日閲覧。[出典無効]
  36. ^ 『読売新聞』読売新聞社、1995年5月2日。2019年10月23日閲覧。[出典無効]
  37. ^ 『読売新聞』読売新聞社、1996年12月3日。2019年10月23日閲覧。[出典無効]

参考文献[編集]

書籍
  • 伊藤千尋『たたかう新聞―「ハンギョレ」の12年』岩波書店岩波ブックレット No.526〉、2001年1月22日。ISBN 978-4-00-009226-5
  • 亀山旭『ベトナム戦争―サイゴン・ソウル・東京』岩波書店〈岩波新書 F 35〉、1986年5月1日。ISBN 978-4-00-415035-0
  • 木村幹『韓国現代史―大統領たちの栄光と蹉跌』中央公論新社中公新書 1959〉、2008年8月23日。ISBN 978-4-12-101959-2
  • 金完燮『親日派のための弁明』荒木和博荒木信子訳、草思社、2002年7月。ISBN 978-4794211521
  • 池東旭『韓国大統領列伝―権力者の栄華と転落』中央公論新社〈中公新書〉、2002年7月25日。ISBN 978-4121016508
  • 名越二荒之助『日韓共鳴二千年史―これを読めば韓国も日本も好きになる』明成社、2002年5月、670-675頁。ISBN 978-4-944219-11-7※なお、同著は『日韓2000年の真実 -写真400枚が語る両国民へのメッセージ』(1997年)を改題改訂したもの。
  • 野村進『コリアン世界の旅』講談社、1996年12月26日。ISBN 978-4-06-208011-8
  • 松岡完『ベトナム戦争 誤算と誤解の戦場』中央公論新社〈中公新書 1596〉、2001年7月25日。ISBN 978-4-12-101596-9
その他

関連項目[編集]

外部リンク[編集]