ミラレム・ピアニッチ

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ミラレム・ピアニッチ Football pictogram.svg
20150331 2025 AUT BIH 2130 Miralem Pjanić.jpg
ボスニア・ヘルツェゴビナ代表でのピャニッチ (2015年)
名前
ラテン文字 Miralem Pjanić
基本情報
国籍 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ボスニア・ヘルツェゴビナ
ルクセンブルクの旗 ルクセンブルク
生年月日 (1990-04-02) 1990年4月2日(28歳)
出身地 ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の旗 ユーゴスラビア ズヴォルニク
身長 180cm
体重 68kg
選手情報
在籍チーム イタリアの旗 ユヴェントスFC
ポジション MF(OH)
背番号 5
利き足 右足
ユース
1997-2004 Schifflange 95
2004-2007 FCメス
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2007-2008 フランスの旗 FCメス 32 (2)
2008-2011 フランスの旗 リヨン 90 (10)
2011-2016 イタリアの旗 ローマ 159 (27)
2016- イタリアの旗 ユヴェントス 59 (9)
代表歴2
2006 ルクセンブルクの旗 ルクセンブルク U-17 4 (5)
2006-2007 ルクセンブルクの旗 ルクセンブルク U-19 3 (1)
2008- ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ボスニア・ヘルツェゴビナ 67 (11)
1. 国内リーグ戦に限る。2018年4月28日現在。
2. 2016年3月29日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ミラレム・ピャニッチMiralem Pjanić1990年4月2日 - )は、ボスニア・ヘルツェゴビナズヴォルニク出身のサッカー選手イタリアセリエAユヴェントスFCに所属し、ボスニア・ヘルツェゴビナ代表にも選出されている。ポジションはミッドフィールダー(MF)。発音上、ピャニッチのほうが適切ではあるが、メディアによっては、ピアニッチと表記することもある。

経歴[編集]

クラブ[編集]

フランス時代[編集]

14歳でルクセンブルクのクラブからフランスのFCメスの下部組織に入団し、2007年8月18日パリ・サンジェルマン戦でデビュー。同年11月に17歳でプロ契約を結ぶ。12月15日FCソショー戦ペナルティーキックで初得点を記録した。2008年7月2日、メスの2部降格を機に、オリンピック・リヨンへ移籍。2009-10シーズンはチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦、対レアル・マドリード戦やリーグ戦終盤、翌季のUEFAチャンピオンズリーグ出場権をかけたオセールとの直接対決など、重要な試合でゴールを挙げた。

ASローマ[編集]

2011年8月31日ASローマと4年契約を結んだ[1]。移籍金は1100万ユーロ。 ローマでは中盤の主力として、2014-15シーズンには10アシスト、2015-16シーズンには10ゴール12アシストとローマの3シーズン連続チャンピオンズリーグ圏内に入る躍進の担い手として活躍した。アシストは2シーズン連続でリーグ最多であった。[2]

ユヴェントスFC[編集]

その活躍からバイエルン・ミュンヘンFCバルセロナチェルシーFCユヴェントスFCへの移籍の噂が流れた。2015-16シーズン終了後の2016年6月、ピアニッチのユヴェントスFCへの移籍報道が流れると、2016年6月9日ASローマのマウロ・バルディッソーニGD(ゼネラルディレクター)はASローマの公式ラジオでピアニッチからユヴェントスへの移籍の意志を伝える書面を受け取ったとしてその内容を読み上げた[3]。 その後、ユヴェントスは移籍金3200万ユーロでピアニッチの移籍を完了したと発表[4]。契約は5年間である。背番号はピアニッチの憧れでもあるユヴェントスFCにかつて所属した名選手ジネディーヌ・ジダンレアル・マドリード時代の背番号から5番。[5]9月10日サッスオーロ戦でユベントスでの初ゴールを記録。[6]

代表[編集]

U-19ルクセンブルク代表でプレーした後、2007年からU-21ボスニア・ヘルツェゴビナ代表でプレー。2008年8月20日ブルガリア代表戦でボスニア・ヘルツェゴビナA代表デビュー。2010年3月3日の親善試合・ガーナ戦で代表初ゴールを記録。

所属クラブ[編集]

タイトル[編集]

クラブ[編集]

ユヴェントスFC

個人成績[編集]

クラブでの成績[編集]

クラブ シーズン リーグ カップ[nb 1] ヨーロッパ[nb 2] 期間通算
試合 ゴール アシスト 試合 ゴール アシスト 試合 ゴール アシスト 試合 ゴール アシスト
FCメス 2007–08 32 2 1 6 1 3 0 0 0 38 3 4
通算 32 2 1 6 1 3 0 0 0 38 3 4
オリンピック・リヨン
2008–09 20 0 1 3 0 0 1 0 0 24 0 1
2009–10 37 6 6 2 0 0 14 5 4 53 11 10
2010–11 30 3 2 1 0 0 8 1 0 39 4 2
2011–12 3 1 3 0 0 0 2 0 0 5 1 3
通算 90 10 12 6 0 0 25 6 4 121 16 16
ASローマ 2011–12 30 3 9 1 0 0 0 0 0 31 3 9
2012–13 27 3 6 2 1 2 0 0 0 29 4 8
2013–14 35 6 6 3 0 0 0 0 0 38 6 6
2014-15 34 5 10 2 0 0 10 0 0 46 5 10
2015-16 33 10 12 1 0 0 7 2 1 41 12 13
通算 159 27 43 9 1 2 17 2 1 185 30 46
ユベントスFC 2016–17 30 5 9 4 2 0 12 1 3 46 8 12
総通算 281 39 56 21 2 5 42 8 5 344 49 66

代表での得点[編集]

注釈[編集]

  1. ^ クープ・ドゥ・フランスクープ・ドゥ・ラ・リーグトロフェ・デ・シャンピオンを含むほかの大会。
  2. ^ UEFAスーパーカップFIFAクラブワールドカップを含むほかの大会。

脚注[編集]

  1. ^ ローマ、ガゴら4選手を一気に獲得 Goal.com、2011年9月1日
  2. ^ 2015/16はポグバと並び。
  3. ^ [1] Goal.com、2016年6月11日
  4. ^ [2] ユヴェントスFC公式ホームページ、2016年6月13日
  5. ^ Pjanic sets sights on Scudetto number six”. juventus.com (2016年7月12日). 2016年7月12日閲覧。
  6. ^ Higuain and Pjanic inspire Juventus”. Football Italia (2016年9月10日). 2016年9月10日閲覧。

外部リンク[編集]