カイカイ・カイラー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
カイカイ・カイラー
Kiki Cuyler
KikiCuylerGoudeycard.jpg
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ミシガン州
生年月日 1898年10月30日
没年月日 1950年2月11日(満51歳没)
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 右翼手
初出場 1921年9月29日
最終出場 1938年9月14日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg 殿堂表彰者Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg
選出年 1968年
選出方法 ベテランズ委員会選出

カイカイ・カイラー (Hazen Shirley "Kiki" Cuyler, 1898年10月30日 - 1950年2月11日) は、1920年代 - 1930年代に活躍したアメリカメジャーリーグの選手。ポジションは右翼手ミシガン州生まれ。右投げ右打ち。主にパイレーツとカブスで活躍した俊足巧打の外野手。ニックネームのカイカイ (Kiki) は、子供の頃、名字のカイラー (Cuyler) をどもりながら言ったのがその元だと伝えられている。

経歴[編集]

1921年9月にミシガン・オンタリオ州リーグのベイシティ球団からピッツバーグ・パイレーツに昇格。最初の3年間は殆ど試合に出ていなかったが、4年目の1924年に117試合に出場し、打率.354、165安打、32盗塁の活躍をしてパイレーツのレギュラー外野手となり、同年MVPの候補にもなった。

次の年の1925年、カイラーは持ち前の足の速さとバッティングの上手さを発揮する。この年の144得点はリーグ最多となったのをはじめ、41盗塁は前年に続いてリーグ2位、打率.357、安打数220を記録、打点も100打点を超え勝負強さも発揮した。8月28日のフィリーズ戦では、当時狭いことで有名だったベイカー・ボウルで2本のランニングホームランを放っている。同年出場したワールドシリーズでは6打点を挙げてパイレーツのシリーズ制覇に貢献、リーグのMVP投票では2位となった。

翌1926年は2年続けての最多得点に加え、自身初の盗塁王にもなったが、1927年のシーズンオフに、パイレーツからシカゴ・カブスにトレードされた。カブス移籍後の1928年シーズンは打率3割を割ったものの、37盗塁で2度目の盗塁王となる。1929年と1930年は「100得点、100打点、30盗塁」を2年続けて記録し、前年とあわせて3年連続の盗塁王にもなっている。

シカゴに1935年まで在籍後、シーズン途中にレッズに移籍、1938年ブルックリン・ドジャースで現役を引退する。翌年からはマイナーリーグのコーチを務めた後、1941年から3年間はコーチとしてカブスに復帰している。最後にメジャーに関わったのは1949年のレッドソックスで、翌1950年に51歳でミシガン州にて死去。1968年、ベテランズ委員会によりアメリカ野球殿堂入り選手に選出された。2014年現在、カイラーはメジャーリーグでシーズン25本以上の三塁打を放った最後の打者になっている。

通算成績[編集]

打撃成績[編集]

































O
P
S
1879 7161 2299 394 157 128 1305 1065 328 752 676 85 176 .321 .386 .474 .860

獲得タイトル・記録[編集]

出典・外部リンク[編集]