命綱
命綱(いのちづな)とは、落下事故の可能性を伴う作業を行う際、落下防止のために装備されるロープやワイヤーの事を指す。転じて、危機的な状況で最低限の保身を維持するためのものなどを指す。高所に限らず、潜水用途にも用いられ、『日本書紀』允恭天皇紀(5世紀)の記述として、海人が60尋の縄を用いた記録が見られる。
概要
日本語における「命綱」という言葉自体は、宝暦4年(1754年)の『宝暦漂流物語』に記述が見られ、船中に7、80尋の命綱とみられる(『日本国語大辞典』)。
近世期の絵画史料の一例としては、葛飾北斎の『富嶽百景』二編「遠江山中の不二」(1835年)において、崖に立つ樹木を3人の樵が、まず樹木が倒れて崩れ落ちないよう、樹木に直接縄をかけ、1人はその縄の状態を点検し、さらに斧を持った1人が命綱をかけた上で、太い枝に、逆さにぶら下がった状態で斧を振り上げる構図(枝上からだと斧が他の枝にぶつかりかねない、また上から枝を叩き付ける衝撃で樹木が倒れかねないため)が描かれている。
高所や河川など不安定な足場での作業には生命の危険が伴う。この危険を軽減するために使用されるのが命綱である。容易には外れないよう、身体に結びつけたロープやワイヤーを足場や壁などに固定しておき、万が一落下した場合でも地面などにたたきつけられたり水に流されたりしないようにすることを主目的とする。
電線の架線工事や建築現場などで高所作業を行うための命綱は「安全帯」と呼ばれる。宇宙で船外作業を行う宇宙飛行士と宇宙船を繋ぐ空気補給や通信のための命綱にはその形状から「アンビリカルケーブル(臍の緒)」の異名がある。
娯楽競技としては、ロッククライミング(スポーツクライミング)やバンジージャンプ(元は成人儀礼)でも用いられる。また高所に限らず、未知の場所を探索する際には用いられ、例として、洞窟探検家が使用する(例えば、映画『ミスト』では、謎の霧に覆われた街で、外に探索する際、腰に縄をかけているように、命綱が使用される状況は高所に限らない)。前述(『日本書紀』允恭紀)のように、潜水も一例である。
TV企画の競技番組においても命綱を用いる例は見られ、TBS系列の『SASUKE』のファイナルステージ=綱登りにおいては、時間制限内に登り切らなければ、綱が落ちる演出システム上、選手には命綱がつけられている(詳細は、「SASUKE」のFINAL STAGEを参照)。
スタントマンは演出上の命綱であるワイヤーアクションを行う場合がある(記録挑戦としては、ダー・ロビンソンも参照)。
その他
- 命運を握ることを日本では、「命綱を握る」ともいう。
- 転義して、生活や生命の危機から救ってくれるものを命綱とも呼ぶ。震災や戦災の際の非常用食糧や飲料はその代表格である。暗い夜道を歩く危険を軽減してくれるのは、今日で言えば携帯電話や懐中電灯、共に歩く知人などが挙げられる。
- 日常生活では、財布の金銭やクレジットカード、キャッシュカードも命綱になることがある。持ち主の年齢×1万円を「命金(いのちがね)」などと呼ぶことがある。地域によっては、手元に命金があるかどうかで相手の経済状況を判断することがある。
- 睡眠時遊行症(夢遊病)の中には転落事故があり(一例として、オーストラリアのカヌー選手ビクトリア・シュワルツなど)、命綱の対策が必要な場面は睡眠時にも見られる。
参考文献
- 『日本書紀』
- 『日本国語大辞典』