ペデストリアンデッキ
ペデストリアンデッキ(和製英語:pedestrian deck)は、広場と横断歩道橋の両機能を併せ持ち、建物と接続して建設された、歩行者の通行専用の高架建築物。
概要
デッキ(英: deck デ(ッ)ク)はもともと船の甲板(かんぱん)を指す言葉であるが、屋外にあって、ある程度の広さを持ちつつも、地面ではない平面も同様にデッキと言う。すなわち、建物と一体的に建設された、歩行者(英: pedestrian ペデストリアン)の通行を目的とする人工地盤を「ペデストリアンデッキ」という。このような建築物は、鉄道駅周辺や超高層ビル周辺のような交通輻輳地、あるいは、野球場やスタジアム、学生数が多い大学の構内など多くの歩行者がある時間に集中する施設周辺において、複層化により利用できる周辺面積を広げ、さらに、歩行者と自動車等との間の動線分離(歩車分離)により交通安全を実現する目的で建設される。人工地盤のみでは面積が広いベランダやバルコニーと同じ構造となってしまうが、これに道路等をまたぐ橋、地上の歩道との間に階段・スロープ・エスカレータ・エレベータ等を設けることで、広場および歩道橋の両機能を併せ持つことになる。
駅前広場において駅舎に接続して建設された場合は「駅前デッキ[2][3][4][5]」とも呼ばれる。地上駅舎や高架駅舎の2階の高さに横付けするように1層のペデストリアンデッキを接続して設置するのが一般的だが、市川駅南口駅前デッキ(2010年竣工)のように2階と3階に2層のペデストリアンデッキを設置する例も見られる[6]。また、道路の付属物として建設される新交通システム(モノレールほか)[7][8][9]を道路上空3階、その下の道路上空2階に駅前デッキを設置する例もしばしば見られる。
駅前デッキは日本で特に発達しているが、日本以外ではあまり見られない[10]。理由は様々あるが、デッキ下が暗渠のようになってしまい、防犯上問題があるとのことでイギリスでは一部廃止された例も見られる[10]。日本初のペデストリアンデッキ(駅前デッキ)は柏駅に1973年(昭和48年)に竣工した。これ以降、全国で設置されるようになった。司馬遼太郎が『街道をゆく』[注 1]で絶賛し[11]、大規模なことで知られる仙台駅(地図 - Google マップ)の西口駅前デッキ[注 2][12]は、西口駅前広場の総面積を30%以上増加[13]させるのに寄与するのと同時に、開口部を広くとっているためデッキ下の地上が暗くならなくなっている[10]。
駅前広場のみならず、周辺の多くの商業施設や高層ビル等まで次々つないで、地区全体にまで広がった「ペデストリアンデッキ網」が形成されている例として、上述の仙台駅周辺のほか、さいたま新都心(地図 - Google マップ)、幕張新都心、シオサイト、立川駅周辺(地図 - Google マップ)、横浜駅周辺および横浜みなとみらい21(地図 - Google マップ)、大阪ビジネスパークなどがある。また、駅から離れて立地するバスターミナルを中心に、周辺商業施設や駐車場ビル等をつないで「ペデストリアンデッキ網」を形成している例としてつくばセンター(設置20年後に鉄道駅開通、地図 - Google マップ)や万代シテイ(地図 - Google マップ)などがある。
ペデストリアンデッキの意訳として、人工地盤部より橋部に着目した「歩行者回廊[14][15][16]」や「空中歩廊[17]」との呼称が用いられる場合がある。ただし、逆は必ずしも正しいとは言えず、「歩行者回廊」が地上の歩行者専用街路を指したり[18]、「空中回廊」がボーディング・ブリッジを指したり[19]する例が見られ、ペデストリアンデッキとこれらの名称は同義語とは言えない。
類似構造物
1950年(昭和25年)5月24日施行の建築基準法の第44条第1項で「建築物又は敷地を造成するための擁壁は、道路内に、又は道路に突き出して建築し、又は築造してはならない。」とあり、そもそも道路上空に通路を設置することは出来ないことになっているが、同項第4号により、特定行政庁の認可があれば設置することが可能になる。
1957年(昭和32年)7月15日の「道路の上空に設ける通路の取扱等について」との通達 [20](1957通達)により、道路上空を横断する通路の設置基準が規定された。日本初の横断歩道橋は1959年(昭和34年)6月27日に開通したが、「1957通達」の適用外であり、他の法令もペデストリアンデッキや公共用歩廊とは違って適用外になる。
公共用歩廊は、道路上空で建物同士をつなぐ渡り廊下のようなもので、近年はビル同士をつなぐ場合にスカイウォークなどとも呼ばれる。1957通達の基準に適合する場合に設置が許可され、道路管理者に道路使用料を支払って設置する。
ペデストリアンデッキの所有者は設置される広場や道路の所有者であるのが一般的だが、広場や道路の管理者、接続される建物の管理者らが応分の負担をして設置される。
設置者 | 1957通達 | 建築基準法 | 消防法 | 道路法 | |
---|---|---|---|---|---|
ペデストリアン デッキ |
接続する建物の管理者 建築物下の土地管理者 建築物下の道路管理者 |
△ 道路上空部分のみ |
○ 建築物 |
○ 防火対象物 |
○ 32条占有物件 |
公共用歩廊 (道路上空通路) |
接続する建物の管理者 | ○ | ○ 建築物 |
○ 防火対象物 |
○ 32条占有物件 |
横断歩道橋 | 道路管理者 | × | × 工作物[注 3] |
× 道路の一部 |
× 道路 |
ペデストリアンデッキは道路法の適用を受けるため、占有して商売を営むには制限があり、同様に歩車分離を実現できる地下街のように利益を生み出すことは難しいが、ペデストリアンデッキの方が地下街に比べて初期投資が小さくて済む利点がある。
沿革
歩行者と自動車の通行分離は、1963年にイギリスで発行されたブキャナンレポート(英: Traffic in Town)に既に見られる。同レポートでは、建物と一体化されたペデストリアンデッキなどを提案している。
日本では、1969年(昭和44年)に施行された都市再開発法の適用第1号である「柏駅東口市街地再開発事業」(千葉県柏市)において、1973年(昭和48年)に竣工した柏駅東口のペデストリアンデッキ(通称:ダブルデッキ[注 4])が日本初とされる。同デッキにより、柏駅舎と柏そごう(現:そごう柏店)などが接続されている。
1994年(平成6年)6月29日施行のハートビル法、2006年(平成18年)12月20日に代わって施行されたバリアフリー新法により、ペデストリアンデッキも段差解消やエレベータ設置などのバリアフリー化が進められた。
2005年(平成17年)4月8日、ペデストリアンデッキ等にも立体道路制度の適用が可能になった[22][23]。
脚注
注釈
- ^ 『街道をゆく 26 嵯峨散歩、仙台・石巻』の取材で、1985年2月25日から2月28日まで仙台・石巻を旅した。
- ^ 1982年(昭和57年)6月23日開業の東北新幹線の建設に同期して建て替えられた6代目(現行)仙台駅舎(1977年12月竣工)の西口に、仙台市が75%、国鉄が25%の費用負担で建設された。駅舎前面のメインデッキ部を国鉄が施行し、1978年8月と翌1979年8月の二分割で供用された。メインデッキより西側の橋・階段部は仙台市が施行し、1977年着工、一部供用を重ねて1981年8月に完成した(これ以降も延長・改良が繰り返されている)。
- ^ 屋根が付いている場合は、建築物とされる可能性あり。
- ^ 柏駅西口のペデストリアンデッキはダブルデッキとは呼ばない。
出典
- ^ a b 新道路利活用研究会報告書(道路空間の有効活用と道路管理における民間活用部会) (PDF) (道路新産業開発機構 2010年6月)
- ^ JR住道駅前デッキの文化活動としての使用に関する要綱(大東市 1994年7月5日制定)
- ^ 安城駅前デッキ(安城市 2015年11月30日)
- ^ 河内長野駅前デッキ整備事業 (PDF) (河内長野市)
- ^ 八王子駅前デッキ拡張 市、にぎわい創出めざす(日本経済新聞 2016年2月11日)
- ^ 市川駅南口駅前デッキ (PDF) (日建設計シビル「歩道橋・デッキ」)
- ^ 都市モノレールの整備の促進に関する法律(昭和47年11月17日法律第129号) (e-GOV)
- ^ 都市モノレールの建設と事業主体 (PDF) (日本モノレール協会)
- ^ 新交通システムの定義(日本交通計画協会)
- ^ a b c ペデストリアンデッキの登場と駅前空間の変化 (PDF) (ミツカン「機関紙『水の文化』 47号」)
- ^ 第26巻 嵯峨散歩、仙台・石巻(朝日新聞出版「司馬遼太郎 街道をゆく 公式ページ」)
- ^ 第34号(2010年9月15日号)(宮城県図書館「レファレンス事例集webマガジンアーカイブ」)
- ^ 仙台駅周辺の大改造(仙台市都市整備局総合交通政策部交通政策課) (PDF) (アーバンインフラ・テクノロジー推進会議)
- ^ 大泉学園駅北口にリズモ大泉学園が完成 (PDF) (練馬区「ねりま区報」 2015年3月21日)
- ^ 特集 生まれ変わる広島駅周辺 (PDF) (広島市広報紙「ひろしま市民と市政」 2014年6月15日号)
- ^ JR仙台駅西口前の歩行者回廊 駅舎ビル修復で構内はクレーンと工事車両で埋まる(東北大学災害科学国際研究所「河北新報震災アーカイブ」 2011年4月1日)
- ^ 恵庭駅西口の空中歩廊(ペデストリアンデッキ)が開通します(恵庭市)
- ^ キャスティ 21 コアゾーン等の整備に関する提言 骨子 (PDF) (姫路市)
- ^ 見つけた! 小樽!「フェリーターミナルの空中歩廊」 (PDF) (小樽市「平成24年 広報おたる10月号」)
- ^ 道路の上空に設ける通路の取扱等について (PDF) (建設事務次官 建設省発住第37号、国家消防本部長 国消発第860号、警視庁次長 乙備発第14号)
- ^ 技術情報(住軽日軽エンジニアリング)
- ^ 自由通路における立体道路制度の活用 (PDF) (国土交通省)
- ^ 立体道路制度の一般道路への適用について (PDF) (内閣府 2005年11月11日)
関連項目
- 日本のペデストリアンデッキ一覧
- 歩行者専用道路
- 駅前広場
- 山下臨港線プロムナード(高架線跡を転用した遊歩道)
- ハイライン(高架線跡を転用した遊歩道)