ZERO1
ZERO1(ゼロワン)は、日本のプロレス団体である。運営会社は株式会社ファースト・オン・ステージ (FOS)。
なお、橋本真也が2000年に設立した団体は、同じ読み方で「ZERO-ONE」という表記であり、ZERO-1は同団体崩壊後の後継団体として発足したが、企業としては全くの別である(詳細は後述)。
目次 |
[編集] 会社概要
- 正式会社名:株式会社ファースト・オン・ステージ
- 取締役社長:大谷晋二郎
ZERO1 はファーストオンステージの手がける最も代表的な事業主体だが、CHICK FIGHTS SUNやビッグマウス・ラウド同様に、ファーストオンステージ傘下の事業部門の一つとして存在しており、ZERO1自体は会社ではない。
[編集] 概要
2004年11月、ZERO-ONE の活動停止に伴い、橋本真也と明石鯛我、レフェリー村山大値を除く選手(のち葛西純、坂田亘も離脱)・スタッフにより、ZERO-ONEを引き継ぐ形でZERO1-MAX(ゼロワンマックス)を発足した。2005年5月1日付けでそれまでフリー契約だった選手を正式所属させ、一体感を強めた。
ZERO-ONE末期に「社長代行」として出現した正体不明の人物「オスカー・デイビット」がGMの地位にある。なお、オスカー・デイビットの正体はスティーブ・コリノ説が有力。これはAWAベルト(旗揚げ戦で大森隆男が戴冠)の使用許可やアメリカでの渉外活動はコリノが行っているため。
2006年6月1日付で前新日本プロレス社長・草間政一がハッスルGM(ギミックであり実際の役職は無いに等しい)を経て本団体の属するAWAの日本支部長に就任した。これは設定上の地位であるものの、プロレス業界に未練のある草間がFOSのフロント入りを希望し、中村祥之社長(当時)の「営業に専念して仕事の負担を減らしたい」という思惑と一致、即フロント入りとする訳にはいかないのでとりあえず取締役的地位に就任させ、その手腕を試す期間を設けるためであり、もし本団体でその辣腕をふるい、良い結果が出れば社長就任、結果が出なければFOSならびに本団体のダメージを最小限に抑えての解雇になると思われる。草間は「火祭り '06」の開会宣言を「草間ガニア政一」という名前にて行った(“ガニア”とはAWAの帝王バーン・ガニアからの引用とされる)。
2006年8月にはキングスロードのフロント・一部選手を吸収合併、また9月にはビッグマウス・ラウド(プロデューサー上井文彦と団体エース柴田勝頼は8月に離脱済み)を事実上の傘下に収めている。さらには10月に女子部とも言えるプロレスリングSUNが旗揚げ、ZERO1-MAXの地方興行に参加している。
2007年5月末をもって草間がAWAの日本支部長を退き、6月1日付でハワイにある提携団体HCWのリンダ会長が就任した。これをもって草間との関係は一切無くなることとなり公式ブログにも登場しなくなった。
2009年1月1日をもって「ZERO1-MAX」から「ZERO1」に団体名を変更。
[編集] ZERO-ONEとの関係
本団体は、形式的には「ZERO-ONEの所属選手・スタッフの大半が独立して立ち上げた新団体」であり、法人格上もZERO-ONEとは別会社である(この点だけを見れば全日本プロレスとプロレスリング・ノアの関係と酷似している)。
しかし、本団体の旗揚げ後間もない2005年7月に橋本が死去したこともあって、現在では「ZERO-ONEの後継団体」という姿勢を強く打ち出しており、2011年現在橋本の長男である橋本大地を所属選手として受け入れているほか、度々橋本の追悼興行(2008年7月13日、2010年7月11日)を行っている。旗揚げからの年数も、現在では旧ZERO-ONEの旗揚げである2001年3月を起点としてカウントしており[1]、2011年3月6日には『旗揚げ10周年記念興行「プロレス」』を両国国技館で開催した。なお、この時の宣伝ポスターは『プロレス・スターウォーズ』を執筆したみのもけんじが描いている。
[編集] 歴史
- 2005年1月:プレ旗揚げ戦2試合を経て1月23日の後楽園ホールで正式旗揚げ、大森隆男がAWA王座に。(7興行)
- 2005年2月:葛西純退団、池袋大会で星川チャリティオークション開催。(4興行)
- 2005年3月:01U$A の発展形「01US-E」開催、はちまきの鉄デビュー。(9興行)
- 2005年4月:靖国神社奉納プロレス開催、村浜武洋乱入。(7興行)
- 2005年5月:第2回ディファカップ開催、天下一Jr.で佐々木義人が優勝。(10興行 + ディファカップ2興行)
- 2005年6月:新入団選手発表(日高郁人、藤田ミノル、横井宏考、村浜武洋、神風、大森隆男)。(7興行)
- 2005年7月:対空手軍激化、安田忠夫参戦、越後屋玉三郎登場。(8興行)
- 2005年8月:火祭り'05で大谷晋二郎が優勝、D-II Cry-max 開催。(10興行 + D-II Cry-max 2興行)
- 2005年9月:星川チャリティ興行開催、dragondoor 菅原拓也参戦。(6興行)
- 2005年10月:松永光弘暴走によりデスマッチ開始、新日本プロレス金本浩二登場。(5興行)
- 2005年11月:クリストファー・ダニエルズ登場、新潟チャリティ無料興行開催。(9興行)
- 2005年12月:日高郁人 & 藤田ミノル組が2005年プロレス大賞最優秀タッグ受賞、みちのくプロレス景虎登場。(6興行)(年間88 + 4興行)
- 2006年1月:旗揚げ1周年、大谷晋二郎 AWA 王座に。(5興行 + イベント2興行)
- 2006年2月:クレイジーボーイ参戦、元新日本吉江豊の友人 Y2P-160kg 登場。(7興行)
- 2006年3月:北海道・青森ツアー決定、ノア武道館大会で日高・藤田組がGHCジュニアヘビー級タッグ王座を奪取。(5興行)
- 2006年4月:第二回靖国神社奉納プロレス開催、大森隆男 AWA 王座奪還。(7興行)
- 2006年5月:青空プロレス敢行、大森 & 中西学タッグ結成、長尾浩志参戦。(11興行)
- 2006年6月:田中将斗 ECW 参戦、ディファ有明大会アックスボンバーズ提供試合開催。(7興行)
- 2006年7月:橋本真也追悼 & 星川尚浩激励興行、火祭り'06で田中将斗が優勝。(8興行)
- 2006年8月:高西翔太入団、天下一Jr.トーナメント開催、炎武連夢 vs 大森中西組。(5興行予定 + イベント3興行)
- 2006年9月:後楽園大会にて山笠Z"信介選手引退、大森隆男でかまる党党首立候補。(9興行)
- 2006年10月:TAJIRI選手、藤田ミノルとシングルマッチ決定、女子合同若手興行開始(12興行 + イベント1興行)
- 2006年11月:九州ツアー敢行、GPWA興行第一回開催、田中将斗手術成功。(13興行 + イベント1興行)
- 2006年12月:星川選手慰問興行開催、ゼロチュー祭りリターンズ開催。(6興行 + イベント2興行)(年間95 + 9興行)
- 2007年1月:旗揚げ2周年。(6興行)
- 2007年2月:選手会主催興行「力まつり」岐阜大会開催。(7興行)
- 2007年3月:那珂川町小川福祉チャリティー大会開催予定。(7興行)
- 2007年4月:第三回靖国神社奉納プロレス開催。(5興行 + イベント2興行)
- 2007年5月:第三回ディファカップ開催、不動力也退団、田中将斗復帰。(7興行 + イベント2興行)
- 2007年6月:Shock Wave the Robot来日、横井宏考正式退団決定。(5興行)
- 2007年7月:火祭りシリーズ開催。村上和成が試合中の脳挫傷で年内欠場へ。(11興行)
- 2007年8月:火祭り'07で田中将斗が連覇。獅子王杯開催、澤宗紀がMVPに。(8興行)
- 2007年9月:天下一Jr.で田中将斗が初優勝、高橋冬樹引退。(8興行)
- 2007年10月:ZERO1-MAXとSUNの合同興行「ZERO-SUN」開催、植田直幹デビュー。(7興行 + イベント1興行)
- 2007年11月:大谷晋二郎デビュー15周年記念興行開催。(11興行)
- 2007年12月:ZERO-SUNツアー&ハワイ興行開催。(8興行)(年間90 + 5興行)
- 2008年1月:旗揚げ3周年、後楽園ホールで元旦興行開催。
- 2008年3月:ハッスルと契約終了。
- 2008年8月:大森隆男が退団。
- 2008年10月:佐々木義人が退団(フリーで大日本プロレスに参戦後、2009年5月、大日本に正式入団)。
- 2008年12月:高岩竜一が退団。
- 2009年1月:団体名を「ZERO1」に変更。
- 2009年2月:中村祥之が海外団体「WPF」の傘下としてZERO1の譲渡契約を独断で決行。選手達は迷走するも、断固拒否の構えをとる。
- 2010年4月:札幌駅前で街頭プロレス開催。
- 2010年9月:「ハッスルMAN'Sワールド」旗揚げに対抗する形で「Euro Vintage Action (E.V.A.)」開催。
- 2011年1月:NWAと提携を結ぶ(実質的にはZERO-ONE時代の関係が復活)[2]。
- 2011年3月:10周年記念興行「プロレス」(両国国技館)開催。橋本大地デビュー。
- 2011年5月:藤田峰雄が3月より被っていた美熊のマスクを脱ぎ入団。
- 2011年8月:いじめ撲滅を目的とした一般社団法人あなたのレスラーズを設立。
- 2012年1月:ブル中野引退興行に6人タッグの試合提供。
[編集] SAC
SAC(芝アスレチックコミッション)は港区芝商店街にあるFOS事務所正面に設置された広報活動拠点。2007年7月8日にオープン記念として1日限りのオフィシャルグッズ販売を行った。以後は記者会見場として使われているが、普段は閉まっている。地域密着を掲げ芝公園でチャリティー試合も行ったことのあるZERO-ONE(FOS)に、芝商店街が空き店舗を無償に近い形で提供している。狭いスペースなので道場として使うことはできない。またこれに伴いアングルとしてSACという組織が芝商店街に発足し、ZERO1-MAXのコミッショナーとしてAWAと対等な立場で発言権を持ち(ギミック上ではこのSACにZERO1の経営が譲渡されたことになっている)、ZERO1はAWA傘下であるにもかかわらずAWAの要求を拒否や変更したりする様子が主に東京スポーツ紙上で展開されている。
[編集] タイトルホルダー
| タイトル | 保持者 | 歴代 | 防衛回数 | 次期挑戦者 |
|---|---|---|---|---|
| 世界ヘビー級選手権 | 曙 | 第14代 | ||
| インターナショナルジュニアヘビー級選手権 | 菅原拓也 | 第10代 | 4 | |
| NWAインターコンチネンタルタッグ王座 | 田中将斗&ゼウス | 第26代 | 3 | |
| NWAインターナショナルライトタッグ王座 | 菅原拓也&菊池毅 | 第11代 | ||
| NWAプレミアムヘビー級王座 | 関本大介 | 初代 | ||
| NWA UNヘビー級王座[3] | 植田使徒 | 第15代 | ||
| NWA世界ジュニアヘビー級王座 | 菅原拓也 | 第110代 |
| タイトル | 覇者 | 年代 | 日時・シリーズ名 |
|---|---|---|---|
| 火祭り | 関本大介 | 2011年度 | 7月24日 - 8月7日 第11回火祭り |
| 天下一Jr. | 澤宗紀 | 2011年度 | 月日 - 月日 第9回 天下一ジュニア |
| 風林火山 | 佐藤耕平&KAMIKAZE | 2010年度 | 12月11日 - 12月21日 風林火山 2010 |
[編集] 封印もしくは管轄外になったと思われる王座
- US無差別級王座 - リッキー・ランデル ※前王者クリストファー・ダニエルズ(第9代)が返上
- PWFタッグ王座[4] - スティーブ・コリノ & CW・アンダーソン
- WWA(旧UWA)世界Jrライトヘビー王座 - 高岩竜一(第38代、防衛2回)が返上、メキシコに返還
- AWA世界ヘビー級王座 - 田中将斗(第39代)が保持していたが、AWAとの提携終了により返上。名称を世界ヘビー級選手権と改める。
- AWA世界ジュニアヘビー王座 - 日高郁人(第5代)が保持していたが、AWAとの提携終了により返上。名称をインターナショナルジュニアヘビー級選手権と改める。
[編集] 現在の所属選手 & スタッフ
[編集] 所属選手
- 植田使徒 (旧:植田直幹)
- 大谷晋二郎
- KAMIKAZE (旧:神風、テングカイザー、『アニキ』、はちまきの鉄)
- クレイグ・クラシック
- 斎藤譲
- 崔領二
- 佐藤耕平
- 田中将斗
- 橋本大地
- 日高郁人
- 藤田峰雄 (旧:美熊)
- 星川尚浩 ※リハビリ欠場中
- 横山佳和
[編集] レギュラー参戦選手
[編集] レフェリー
[編集] リングアナウンサー
[編集] 参戦選手
- 関本大介 (大日本)
- 吉江豊/ Y2P-160kg
- KAGETORA
- GENTARO (FREEDOMS、旧:クロウカイザー)
- TAJIRI (SMASH)
- 望月成晃 (DRAGON GATE)
- ザ・グレート・サスケ (みちのく)
- 曙
- 坂田"ハッスル"亘 (ハッスルMAN'Sワールド)
- FUNAKI
- 伊藤崇文 (パンクラスism)
- 佐藤光留 (パンクラスMISSION)
- アジャ・コング (OZアカデミー)
- 松本浩代 (エスオベーション)
- ビッグ村上
- 臼田勝美
- 原学 (フーテン、現:スルガマナブ)
- 折原昌夫 (メビウス)
- マッチョ☆パンプ
[編集] 外国人選手
- CWアンダーソン
- バンビキラー(クリス・ラバー)
- キング・アダモ
- アレックス・シェリー
- 王拳聖
- バック・フェイス
- コルト・カバーナ
- クレイジー・ボーイ
- トム・ハワード
- Gha-cha-ping
- LTP
- Shock Wave the Robot
- アメリカン・バルーン
- WPF(ワールドプレミアムフェデレーション)
- スティーブ・コリノ
- キンボス・ライス
- Mr.レスリングIII
- ヤヤ・ブラジル
- サンジェイ・ダット
- チャールズ・エヴァンス
- タイソン・デュークス
- WPC(ワールドプレミアムクラシック)
[編集] 過去の所属選手&スタッフ
[編集] ZERO-ONE時代
- 橋本真也 - ZERO-ONE創立者、故人。
- 明石鯛我 - 喉の腫瘍による病気により引退。後に空手家は転身しK-1にも参戦した。
- ヴァンサック・アシッド - 旧:ドラゴン・アシッド - 骨折により2004年引退するが、2008年復帰。
- 小森繁夫(練習生) - 外国人との絡みなど名脇役だったが病気により退団。後にDDT練習生となるも退団している。
- デューク佐渡(レフェリー) - 事実上の解雇、フリーレフェリーとして活動。ZERO1にスポット復帰。
- 村山大値(レフェリー) - ZERO-ONE崩壊を期に全日本プロレスへ移籍。
[編集] ZERO1-MAX時代
- 富豪富豪夢路 - ZERO-ONE時代からレスラー兼デザイナーとして参加。MAXではフリースポット参戦。
- 葛西純 - デスマッチ専念のため。プロレスリングFREEDOMS所属。
- 村浜武洋 - 2006年4月末の契約満了をもって事実上の解雇。現在はフリー。
- 山笠Z"信介 - 2006年9月22日に怪我により引退。ハッスルMAN'Sワールド所属として復帰。
- 横井宏考 - 2007年5月末引退。
- 高橋冬樹 - 2007年9月末引退。現在ボディビルダー。
- 阿部信輔(レフェリー) - 2008年8月31日をもって退団。
- 大森隆男 - 2008年8月31日退団。活動休業後、翌年4月に再始動。現在は全日本プロレス所属。
- 佐々木義人 - 2008年10月20日をもって退団。2009年4月に大日本プロレス所属。
- 高岩竜一 - 2008年末退団。現在はフリー。別の顔として活動。
[編集] ZERO1時代
- 浪口修 - 2009年10月24日引退。2か月後、地下プロレスEXITにて復帰、以降は他団体に参戦している。
- 高野忍 - 2009年デビュー2戦で自然消滅。
- 高西翔太 - 2011年8月首の故障により長期休養ののちパンフレットから消滅。
- 柿沼謙太 - 2011年11月9日をもって引退。夢である教職員の道へ。
- 山上康弘 - ZERO1九州所属だったが2011年11月28日をもって引退。
[編集] CHICK FIGHTS SUN(女子)
- Hikaru - 金本浩二と結婚後、SUN最終興行で引退。
- 前村早紀 - SUN最終興行で引退。
- 夏樹☆たいよう - フリーランスを経て現在はスターダム所属。
- 高橋奈苗 - フリーランスを経て現在はスターダム所属。
[編集] 過去の参戦選手(ZERO-ONE時代から)
[編集] 日本人選手
- 三沢光晴
- 秋山準
- 永田裕志
- 蝶野正洋
- 武藤敬司
- 小島聡
- 渕正信
- 小川直也
- 川田利明
- 石狩太一
- 坂田亘
- 中西学
- 藤原喜明
- 池田大輔
- 石川雄規
- タナカジュンジ
- 男色ディーノ
- PSYCHO
- MIYAWAKI
- 栗栖正伸
- 茂木正淑
- IRO関
- 青柳政司
- 石森太二
- ミラニートコレクションa.t.(現:ツトム・オースギ)
- NOSAWA
- MAZADA
- Gamma
- 長井満也 (NP5)
- 大仁田厚
- KTP-101,5kg
- 佐々木健介
- 中嶋勝彦
- 安田忠夫
- 後藤達俊
- 長尾浩志
- 本間朋晃
- 宮本和志
- 小笠原和彦
- 松崎和彦
- 板倉孝
- 小林明男
- 金村キンタロー
- 佐々木貴
- 黒田哲広
- マンモス佐々木
- ディック東郷
- 澤宗紀/ ランジェリー武藤
- 植松寿絵(女子)
- \(^o^)/チエ(女子)
- バンビ(女子)
- さくらえみ(女子)
- 佐藤綾子(女子)
[編集] 外国人選手
- CWアンダーソン
- オーランド・コロン
- ジェイソン・ザ・レジェンド(ブルドーザー・ジョージ)
- ジャスティン・マッコリー
- フェロッソ
- サンジェイ・ダット
- リル・ネイト
- ライアン・サコダ
- ホース・シュー
- ハードコア・キッド
- サンドマン
- クリストファー・ダニエルズ
- フランク・デビッド
- アメージング・コング(女子)
[編集] 脚注
- ^ ZERO1旗揚げ9周年「WRESTLER'S 10 ~The Birth of ZERO1~」 - スポーツナビ 2010年3月2日
- ^ ZERO1 Returns to the National Wrestling Alliance (NWA)! - ZERO1 USA・2011年1月6日
- ^ 全日本プロレスの王座である、三冠ヘビー級王座を構成するタイトルのひとつ、ユナイテッド・ナショナル・ヘビー級王座とは別王座。
- ^ このPWFはPremier Wrestling Federationの略であり、全日本プロレスのタイトルを管理しているPWF (Pacific Wrestling Federation) とは無関係。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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