釈迦三尊
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| 仏教 |
|---|
| 基本教義 |
| 縁起 四諦 八正道 三法印 四法印 諸行無常 諸法無我 涅槃寂静 一切皆苦 波羅蜜 |
| 人物 |
| 釈迦 十大弟子 龍樹 |
| 信仰対象 |
| 仏の一覧 |
| 分類 |
| 原始仏教 部派仏教 大乗仏教 密教 神仏習合 修験道 |
| 宗派 |
| 仏教の宗派 |
| 地域別仏教 |
| インド 中国 日本 台湾 スリランカ タイ 東南アジア チベット 朝鮮 |
| 聖典 |
| 経蔵 律蔵 論蔵 |
| 聖地 |
| 八大聖地 |
| ウィキポータル 仏教 |
日本では偏袒右肩(へんだんうけん)で衣をまとって施無畏印・与願印か説法印を結んだ釈迦如来(しゃかにょらい)を中尊として、脇侍(きょうじ、わきじ)として左に騎獅の文殊菩薩(もんじゅぼさつ)、右に乗象の普賢菩薩(ふげんぼさつ)を配置するのが一般的。(この場合の「左」「右」とは中尊から見た「左」「右」を指す。)
[編集] 脇侍のバリエーション
なお、釈迦如来の両脇侍として、文殊菩薩・普賢菩薩ではなく、薬王菩薩・薬上菩薩を配することがまれにある。薬王菩薩・薬上菩薩は兄弟の菩薩であるとされ、人々に良薬を与えて心身の病を癒したという。
法隆寺金堂に安置されている釈迦三尊像(国宝)の脇侍は寺伝では薬王菩薩・薬上菩薩と称している。奈良・興福寺の中金堂の本尊釈迦如来の脇侍像(鎌倉時代、重要文化財)も薬王・薬上菩薩と呼ばれている。興福寺の薬王・薬上菩薩像は、元は同寺西金堂(廃絶)の本尊釈迦如来像の脇侍だったもので、現存像は鎌倉時代の再興像であるが、奈良時代の西金堂創建時から薬王・薬上菩薩像が安置されていた。この薬王・薬上菩薩像は、像容、服装、持物等に特筆すべき特徴のない、ごく普通の菩薩像である。
観音菩薩と虚空蔵菩薩や、梵天と帝釈天を脇侍とする例も見られる。
[編集] 宗派による違い
上記はほとんどの仏教宗派における釈迦三尊像を記述したのであるが、鎌倉新仏教のうち、禅宗・日蓮宗では、教義によって全く別の形式を取る場合がある。以下に記述する。
「一人の人間としての釈迦」を重視する臨済宗、曹洞宗、黄檗宗の禅宗各派では釈迦如来の脇侍として、菩薩ではなく羅漢を配することがある。この場合、大迦葉尊者・阿難尊者(月蓋長者・善財童子の例もある)を配し、十大弟子・十六善神・十六羅漢などが随従することがある。作例としては江戸時代に多く、江戸初期の大名だった藤堂高虎が造営した釈迦三尊像に十六羅漢が随従する京都南禅寺三門上の江戸初期の像などがある。また、江戸後期に松雲元慶が明朝様式を取り入れて彫刻した東京都目黒区の五百羅漢寺の像は、釈迦三尊像に五百羅漢が随従する異例の像であり、東京都有形文化財に指定されている。
また、法華経に基づき「本仏としての釈迦」を重視する日蓮宗・法華宗では、法華経見宝塔品に基づき、多宝塔(宝塔)を中心に釈迦如来(釈迦牟尼仏)と多宝如来を左右に配置する、いわゆる一塔両尊(三宝本尊)の形式で各仏像を安置する。この形式の由来については多宝如来の項を参照されたい。 この両尊に随従するのは、色々形式があるが、最も整った形では、上行菩薩(じょうぎょうぼさつ)・無辺行菩薩(むへんぎょうぼさつ)・浄行菩薩(じょうぎょうぼさつ)・安立行菩薩(あんりゅうぎょうぼさつ)の四大菩薩(本化地湧(ほんげじゆ)の菩薩と称する)である。この場合は、他の一世尊二菩薩の三尊像と異なり、二世尊四菩薩形式となる。作例は多いが、文化財指定されている仏像は少ないが、横須賀市の大明寺の木造三宝本尊像が横須賀市指定文化財になっている。