蔵前
蔵前(くらまえ)は、東京都台東区にある地名。郵便番号は111-0051。当地域の人口は 4,141人(2007年12月1日現在、住民基本台帳による。台東区調べ)。
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[編集] 地理
東京都台東区の南東部に位置する。区分は一丁目から四丁目に至り、地域東部は隅田川を境に墨田区本所・横網にそれぞれ接する。地域南部は台東区柳橋に接する。地域南西部は台東区浅草橋に接する。地域西部は新堀通りに接し、これを境に台東区三筋・台東区鳥越にそれぞれ接する。地域北部は春日通りに接し、これを境に台東区寿・台東区駒形にそれぞれ接する。地域内は主に商店やビルのほか、住居地もある。付近には厩橋と蔵前橋が隅田川に架かる。
[編集] 歴史
蔵前という地名は当地に江戸幕府の御米蔵(浅草御蔵)があったことに由来する。この蔵は幕府が天領他から集めた米を収蔵するためのもので、元和6年(1620年)に鳥越神社にあった丘を切り崩し、隅田川を埋め立てなどして造られた。その総敷地面積は36646坪(ただし『御府内備考』は27900坪とする)、東を隅田川、他の南北西の三方を堀で囲み、67棟の蔵があった。この蔵の米が旗本・御家人たちにとっての扶持米すなわち今でいう給料となり、これを管理出納する勘定奉行配下の蔵奉行をはじめ大勢の役人が敷地内や近隣に役宅を与えられ住んでいた。
御米蔵の西側にある町は江戸時代中期以降蔵前と呼ばれるようになり、多くの米問屋や札差が店を並べ、札差は武士に代わって御米蔵から米の受け取りや運搬・売却を代行した。札差がこの地域に住むようになったのは寛文の頃にさかのぼるという。札差は預かった米から手数料を引いて米と現金を武士に渡し、現物で手元に残った分の米は小売の米屋たちに手数料を付けて売るほかに、大名や旗本・御家人に金も貸し付けて莫大な利益を得、吉原遊郭や江戸三座を借り切りにするなどして豪遊した(詳しくは「札差」の項参照)。
明治元年(1868年)、浅草御蔵と蔵奉行以下の役宅地は明治政府が管理することになり、政府御蔵と称されたがその後関東大震災によって焼失した。昭和9年(1934年)、御蔵前片町、福富町、新旅籠町など周辺九つの町を整理統合し蔵前一〜三丁目となり、蔵前が正式な町名として使われるようになった。昭和39年(1964年)浅草桂町と統合し、現在の蔵前一〜四丁目となる。浅草御蔵跡地は現蔵前一〜二丁目の範囲に当り、かつて跡地の南側には国技館(蔵前国技館)が置かれた。
[編集] 施設
- 公共施設
- 東京蔵前体育館
- 東京都下水道局蔵前ポンプ所・蔵前水の館
- 浅草税務署
- 台東区立精華公園
[編集] 教育機関
[編集] 名所旧跡
- 蔵前神社
- 第六天榊神社
- 浄念寺
- 蔵前国技館
[編集] 交通
- 江戸通り(国道6号)
- 東京都道462号蔵前三ノ輪線(国際通り)
- 蔵前橋通り
[編集] 参考文献
- 『日本歴史地名大系13 東京都の地名』-(2002年、平凡社)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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