荒川弘

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荒川 弘
生誕 1973年5月8日(38歳)
日本の旗 日本北海道
国籍 日本の旗 日本
職業 漫画家
活動期間 1999年 -
ジャンル 少年漫画
代表作 鋼の錬金術師
受賞 第9回エニックス21世紀漫画大賞
第49回小学館漫画賞少年向け部門
第5回東京アニメアワード原作賞
第15回手塚治虫文化賞新生賞
第42回星雲賞コミック部門
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荒川 弘(あらかわ ひろむ、1973年[1]5月8日[2] - )は、日本の女性[3]漫画家北海道出身[2]。身長165センチメートル。

目次

[編集] 経歴

北海道十勝地方生まれ。姉3人、弟1人の5人姉弟。デビュー前は、家業の酪農と畑作農業を手伝いながら「エドモンド荒川」のペンネームで『ゲーメスト』内のイラストや『コミックゲーメスト』(共に新声社)の投稿4コマ漫画を手がけていた。

1999年にエニックス21世紀マンガ大賞を受賞してデビュー。衛藤ヒロユキアシスタントを経て独立[2][4]。初連載の『鋼の錬金術師』が大ヒット。

2011年、『週刊少年サンデー』において、2011年19号より、自身初となる週刊誌連載『銀の匙 Silver Spoon』を開始。

[編集] 人物

作者の自画像はで、実家が酪農を営んでいることと丑年生まれで牡牛座であることに由来する[5][4]。牛に関するオブジェや本も多く所有している[6]

ペンネームや作風から男性と間違われやすいが女性である。高校時代は空手を習っており、黒帯を取得していて[7]、今でも10キログラムダンベルを片手で持ち上げられる筋肉を維持している。

2007年に男児を出産しているが、『鋼の錬金術師』連載中は妊娠中・出産後ともに一度も休載することがなかった。また、自身の子供について「15歳になったら自分の漫画を読ませて絶対面白いと言わせてやる…」「そうした将来の読者が出来たので戦いがいがある」と対談にて語っている[8]。2011年に第二子を出産した。

酪農と畑作(主にジャガイモ)を手がける農家に生まれ、農業高等学校卒業後7年間家業を手伝っていた。日本の食糧自給率の低下や都会人の食糧問題への認識の低さ・現在の農業政策への不満から「飢えたくなければ、銀座でベコ(牛)飼え。ヒルズを耕せ。」と訴えるなど、漫画家となった現在も一貫した農民気質の人物である(著書『百姓貴族』1巻より)。これは『鋼の錬金術師』連載内の4コマ漫画や雑談ページ内でも時折書かれていた。

カラー絵は手書きで、コンピュータを使った作画は「私はどうもアナログ人間のようで」と苦手にしている[9]。愛用の画材はリキテックス

[編集] 受賞歴

[編集] 作品リスト

[編集] 連載

[編集] 短編・読み切り

[編集] その他

[編集] 関連人物

衛藤ヒロユキ
漫画家。荒川は1999年頃から2000年頃まで、衛藤の下でアシスタントを務めていた。
高橋弥七郎
小説家。彼の作品のガイドブックである「灼眼ノシャナノ全テ」に荒川が描き下ろし漫画を描いている。
モリタイシ
漫画家。彼の作品である『いでじゅう!』と荒川の作品である『鋼の錬金術師』の単行本に、互いに描き下ろし漫画を描いている。

[編集] アシスタント

[編集] 脚注

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  1. ^』2006年6月号36頁における「26歳くらいでデビュー」との発言、及び丑年生まれであることから。
  2. ^ a b c 荒川弘 マンガ家|アミューズメントメディア総合学院 - 東京校・大阪校 [リンク切れ]
  3. ^ 原作者・荒川弘に聞く 映画「鋼の錬金術師」 朝日新聞 2005年07月25日(インターネット・アーカイブ)。
  4. ^ a bぱふ』2004年9月号、11頁。
  5. ^』2006年6月号、35頁。
  6. ^ 『コミックス・ドロウイング』NO.5。
  7. ^ 2009年4月12日発売、『アニメディア』5月号作者インタビューより。
  8. ^ユリイカ』2010年2月号「藤田和日郎×荒川弘対談」より。
  9. ^ニンテンドードリーム』2009年10月号より。
  10. ^ 最新刊行物 週刊 新マンガ日本史”. 朝日新聞出版 (不明). 2011年2月4日閲覧。
  11. ^リンク」『STUDIO Type”T”--ゆづか正成公式サイト』。
  12. ^ a bぱふ』2004年9月号、18頁。
  13. ^ a b ナマズ、上海へ行く(出発編)。-なまず小僧のヒトリゴト
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