第一航空
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| 設立日 | 1966年6月14日 | |||
| 拠点空港 | 八尾空港 広島西飛行場 那覇空港 |
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| 保有機材数 | 17機 | |||
| 代表者 | 代表取締役社長 西川昌伸 | |||
| 外部リンク | http://dai1air.com/ | |||
| 種類 | 株式会社 |
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| 略称 | FFC、DAK |
| 本社所在地 | 〒581-0043 大阪府八尾市空港2丁目12番地(八尾空港内) |
| 設立 | 1966年6月14日 |
| 業種 | 空運業 |
| 事業内容 | 遊覧飛行、操縦訓練、航空写真撮影 |
| 代表者 | 代表取締役社長 西川昌伸 |
| 資本金 | 30,000,000円 |
| 外部リンク | http://dai1air.com/ |
第一航空株式会社(だいいちこうくう、First Flying Co.,LTD.)は、大阪府八尾市の八尾空港を本拠地として、小型航空機やヘリコプターを運航し、 不定期航空路線事業や遊覧飛行、操縦訓練、航空写真撮影、広告宣伝などの事業を行っている会社である。
略称として英語社名の「First Flying Co.,LTD.」に由来するFFCを使用しているが、ICAOの航空会社コードは「Daiichi Air K.K.」に由来するDAKである。
目次 |
[編集] 概要
大阪の八尾空港内にあり、広島西飛行場内に広島事業所を、那覇空港内に沖縄事業所を設置している。
航空機の操縦教育・訓練機関として第一飛行学校を開設。また、那覇空港より不定期航空路線事業を行うほか、依頼を受けて航空写真の撮影を請け負ったり遊覧飛行を行ったりしている。
[編集] 不定期航空路線事業
2008年11月27日、従来琉球エアーコミューター(RAC)が運航しており一時運休が検討されていた那覇 - 粟国線を引き継いで、2009年6月から第一航空が就航することを発表[2]、6月19日より就航した。
第一航空は不定期航空事業の経験がなかったが、経営破綻した旧エアードルフィンの一部スタッフが同社に企画書を持ち込み社長に直談判し実現したというエピソードがある[3]。従って運航を担当する沖縄事業所は他の第一航空の部門とは独立しており、定期航空路線の予約・案内等は沖縄事業所のみで扱っている。
また、2008年12月16日、従来航空路線のなかった徳之島 - 沖永良部島 - 那覇線の新設も発表され、6月20日に1日1往復(のち2往復に増便)で就航を開始した。航空機は9人乗りのブリテン・ノーマン アイランダーを2機使用する[4]。
その後、RACが撤退した後にエアードルフィンがチャーター便を就航させたものの2008年に同社が経営破綻し、運休状態となっている石垣 - 波照間線の継承について竹富町より要請を受け、就航を検討していた[5]。
[編集] 就航路線
いずれも不定期航空路線であり、乗客がいない場合は運休することがある。 定期路線でないため、那覇空港では機体の旅客ターミナルへの乗り入れができず、乗客は滑走路海側の同社格納庫前で機体に乗降する。ターミナルビルと駐機場との間はワンボックス車での送迎となる。
[編集] 撤退発表と国・沖縄県の支援表明
上記の通り沖縄での事業を展開してきたが、不定期航空路線であるため時刻表に掲載されないなど知名度が低く、粟国線では当初見込んでいた80%の搭乗率を大幅に下回る55%と利用が低迷。会社が想定した赤字の限度額を僅か1年で越える状態となってしまった。
このため、2010年9月15日に那覇 - 粟国、那覇 - 沖永良部 - 徳之島の両路線から撤退し、沖縄事業所を閉鎖することを発表した[6]が、後に機材繰りを見直すと共に国土交通省からの補助金を受けることで運航を継続するとを発表した。また、10月以降は沖縄県からの補助金を受けることにより運賃が3割引き下げられることとなった[7]。
なお、竹富町より要請を受けていた波照間便については、同社の既設路線の実績が思わしくないことに加え、波照間海運がフェリーの運航日を増やしたり新型の双胴高速船を投入し就航率を引き上げたこともあり、その後の動きはない[要出典]。
[編集] 保有機材
2009年現在の保有機材一覧。
[編集] 固定翼航空機
- セスナ C208 2機
- セスナ C206 3機
- セスナ C172 5機
- ブリテン・ノーマン アイランダー BN-2B 3機
[編集] ヘリコプター
- ロビンソン R44 2機
- ロビンソン R22 2機
[編集] 事故
2008年8月19日午前10時8分頃、八尾空港に着陸するために接近していたセスナ TU206F(登録記号JA3721)が空港近くの国道170号線に不時着し同乗者1人が軽傷を負った。[8]
[編集] 脚注
- ^ a b 航空会社リンク(Rainbow Islandサイト内)
- ^ 粟国路線の運航継承/第一航空、来年6月から 沖縄タイムス 2008年11月27日夕刊
- ^ 八重山日報記事より。日本一小さな航空事業がテイクオフ 第一航空株式会社 沖縄事業所
- ^ 徳之島-沖永良部-那覇線 来年6月就航/第一航空 南日本新聞 2008年12月17日
- ^ 運休の石垣〜波照間航空路線 第一航空と運航折衝 八重山毎日新聞 2009年7月12日
- ^ 第一航空が沖縄撤退 事業所閉鎖 社員解雇へ 琉球新報記事
- ^ 那覇―粟国 継続を表明 第一航空 補助で赤字補てん 沖縄タイムス
- ^ 航空事故インフォメーション 運輸安全委員会
[編集] 外部リンク
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