留萌駅
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| 留萌駅 | |
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駅舎(2004年6月)
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| るもい - Rumoi | |
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◄大和田 (5.9km)
(2.1km) 瀬越►
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| 所在地 | 北海道留萌市船場町2丁目 |
| 所属事業者 | 北海道旅客鉄道(JR北海道) |
| 所属路線 | ■留萌本線 |
| キロ程 | 50.1km(深川起点) |
| 電報略号 | ルモ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面2線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
99人/日(降車客含まず) -2005年- |
| 開業年月日 | 1910年(明治43年)11月23日 |
| 備考 | 社員配置駅 みどりの窓口 有 |
| 留萠駅 | |
|---|---|
| るもい - Rumoi | |
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(2.7km) 三泊►
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| 所属事業者 | 日本国有鉄道(国鉄) |
| 所属路線 | 羽幌線 |
| キロ程 | 0.0km(留萠起点) |
| 開業年月日 | 1927年(昭和2年)10月25日 |
| 廃止年月日 | 1987年(昭和62年)3月30日 |
留萌駅(るもいえき)は、北海道留萌市船場町2丁目にある北海道旅客鉄道(JR北海道)留萌本線の駅である。
北海道北部の西海岸の中心都市・留萌市の中心駅。かつては国鉄羽幌線や天塩炭砿鉄道線、留萠鉄道臨港線の分岐駅であった。
目次 |
[編集] 駅構造
相対式ホーム2面2線を有する地上駅である。朝の1本を除いて、駅舎側の1番のりばを使用する。
終日社員配置駅である。これは当駅 - 増毛間がスタフ閉塞のため運転業務を取り扱うためであるが、改札業務は窓口営業時間内に限る。みどりの窓口・旅行相談室を併設する。待合室内に立ち食いそば屋があり、駅舎2階にはFMもえるのスタジオが入居する。以前はキヨスクも存在したが、2008年9月30日をもって閉店した。
かつては、留萌炭田の各炭鉱から産出される石炭の積出港として栄えた留萌港に広がる、広大な留置線と多数の貨物側線を有し、夜間滞泊の基地としても使われていた。2007年度より、貨物側線跡の公園化が進められている。
[編集] 駅周辺
- 国道231号・国道232号・国道233号
- 留萌支庁庁舎
- 留萌市役所
- 留萌警察署
- 留萌警察署駅前交番
- 留萌郵便局(日本郵便留萌支店併設)
- 留萌開運郵便局
- 北海道労働金庫留萌支店
- 留萌信用金庫本店・駅前支店
- 北洋銀行留萌支店
- 北海道銀行留萌支店
- 南るもい農業協同組合(JA南るもい)本所
- 新星マリン漁業協同組合
- 留萌港
- 千望台
- 黄金岬海水浴場
- 北海道留萌高等学校
- 北海道留萌千望高等学校
[編集] バス
- 沿岸バス・道北バス
- 北海道中央バス
- 北海道中央バス留萌ターミナルを設置する。駅より徒歩5分。
- てんてつバス
- 「留萌駅前」停留所を設置する。
[編集] 歴史
- 1910年(明治43年)11月23日 - 国有鉄道留萠線の留萠駅(一般駅)として開業。
- 1921年(大正10年)11月5日 - 留萠線が増毛駅まで開通。
- 1927年(昭和2年)10月25日 - 留萠線の支線(後の羽幌線)が大椴駅まで開通。当時は東留萠信号場から分岐していた。
- 1930年(昭和5年)12月1日 - 留萠鉄道臨港線が西留萠駅まで開通。
- 1932年(昭和7年)12月1日 - 臨港線が北留萠駅まで開通。
- 1934年(昭和9年)9月30日 - 臨港線が仮古丹浜駅まで開通。
- 1941年(昭和6年)10月1日 - 留萠鉄道臨港線が国有化され、当駅の構内側線扱いとなる。
- 1967年(昭和42年)7月31日 - 天塩炭砿鉄道線廃止。
- この年、現在の建物になる。
- 1987年(昭和62年)3月30日 - 国鉄羽幌線廃止。
- 1997年(平成9年)4月1日 - 留萌駅に改称。
- 1999年(平成11年)3月31日 - JR貨物の駅が廃止。
- 2004年(平成16年)- 窓口営業時間短縮。
- 10月24日 - 駅舎の2階にるもいエフエムが開局。
[編集] 駅名の由来
ルル・モ・ペ→ルルモッペ(潮入り→海水・穏やかな・もの→川)から転訛したもの。
[編集] 隣の駅
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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