留萌駅

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留萌駅
駅舎(2008年9月)
駅舎(2008年9月)
るもい - Rumoi
大和田 (5.9km)
(2.1km) 瀬越
所在地 北海道留萌市船場町2丁目
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 留萌本線
キロ程 50.1km(深川起点)
電報略号 ルモ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗車人員
-統計年度-
83人/日(降車客含まず)
-2011年-
開業年月日 1910年明治43年)11月23日
備考 社員配置駅
みどりの窓口 有
留萠駅
るもい - Rumoi
(2.7km) 三泊
所属事業者 日本国有鉄道(国鉄)
所属路線 羽幌線
キロ程 0.0km(当駅起点)
開業年月日 1927年昭和2年)10月25日
廃止年月日 1987年(昭和62年)3月30日
留萠駅
るもい - Rumoi
(?km) 春日町
所属事業者 天塩炭砿鉄道
所属路線 天塩炭砿鉄道線
キロ程 0.0km(当駅起点)
開業年月日 1941年(昭和16年)12月18日
廃止年月日 1967年(昭和42年)7月31日
備考 路線廃止による。
構内の様子

留萌駅(るもいえき)は、北海道留萌市船場町2丁目にある北海道旅客鉄道(JR北海道)留萌本線である。

北海道北部の西海岸の中心都市・留萌市の中心駅。かつては日本国有鉄道(国鉄)羽幌線天塩炭砿鉄道線、留萠鉄道臨港線の分岐駅であった。

歴史[編集]

1977年の留萌駅と留萌港周囲約2.5km範囲。右が深川方面、左下が増毛方面。上が羽幌線羽幌方面。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成
  • 1910年明治43年)11月23日 - 国有鉄道留萠線の留萠駅一般駅)として開業。留萠機関庫設置。
  • 1912年(明治45年)4月6日 - 留萠機関庫が旭川機関庫の分庫となる。
  • 1917年(大正6年)6月1日 - 旭川機関庫留萠分庫廃止。
  • 1921年(大正10年)11月5日 - 留萠線が増毛駅まで開通。
  • 1927年昭和2年)10月25日 - 留萠線の支線(後の羽幌線)が大椴駅まで開通。当時は東留萠信号場から分岐していた。
  • 1930年(昭和5年)12月1日 - 留萠鉄道臨港線が西留萠駅まで開通。
  • 1932年(昭和7年)
    • - 留萌港南岸及び北岸にそれぞれ貯炭場と陸上高架桟橋が設置される。また南岸に船積み用ローダーが設置される。それぞれの貯炭場に臨港線が接続。
    • 12月1日 - 臨港線が北留萠駅まで開通。
  • 1933年(昭和8年)12月20日 - 深川機関庫留萠分庫設置。
  • 1934年(昭和9年)9月30日 - 臨港線が仮古丹浜駅まで開通。
  • 1941年(昭和16年)
    • 10月1日 - 留萠鉄道臨港線が国有化され、当駅の構内側線扱いとなる。
    • 12月9日 - 構内配線改良完成、羽幌線が大和田寄りの東留萠信号場から分岐していたものを構内分岐に変更(東留萠信号場廃止)。同時に羽幌線用の4・5番ホームを新設。
    • 12月18日 - 天塩鉄道線(後の天塩炭砿鉄道線)が開通。
  • 1960年(昭和35年) - 北岸の貯炭場に船積み用ローダーが設置される。
  • 1967年(昭和42年)
    • 7月31日 - 天塩炭砿鉄道線廃止。
    • - 駅舎改築、現在の建物になる。
  • 1969年(昭和44年) - 留萌港湾塩見地区に石油配分基地開設。羽幌線より分岐する専用線敷設運用開始。[1]
  • 1970年(昭和45年)3月1日 - 補助コンテナ基地設置。
  • 1987年(昭和62年)
  • 1997年平成9年)4月1日 - 留萌駅に改称[3]
  • 1999年(平成11年)3月31日 - JR貨物の駅が廃止。
  • 2004年(平成16年)
  • 2008年(平成20年)10月1日 - キヨスク閉店。
  • 2010年(平成22年)4月1日 - 列車の発着メロディーとして「夕日」を使用開始[5]


駅構造[編集]

相対式ホーム2面2線を有する地上駅である。朝の1本[6]を除いて、駅舎側の1番のりばを使用する。ホーム間の移動は跨線橋を使う。

当駅 - 増毛駅間がスタフ閉塞のため運転業務を取り扱う必要から、終日社員配置駅である。留萌本線の中間駅では現在唯一の運転取扱い駅でもある。営業担当社員は日中のみ配置のため、改札業務は7時50分 - 16時20分に限る。みどりの窓口・旅行相談室(営業時間:9時 - 17時30分、日・祝日・年末年始休業)を併設する。毛が増えるということで縁起物切符として人気の増毛駅の硬券入場券も取り扱う。

かつては、留萌炭田の各炭鉱から産出される石炭の積出港として栄えた留萌港に広がる、広大な留置線と多数の貨物側線・転車台を有し、夜間滞泊の基地としても使われていた。2007年度(平成19年度)より、貨物側線跡・羽幌線ホーム跡の公園化が進められている。

現在の駅舎は1967年(昭和42年)に建て替えられた2階建ての大きな建物である。立派な跨線橋があり、以前は羽幌線ホーム(4.5番線)方向へ長く伸びていたが、羽幌線が廃止となりその部分を取り壊している。しかし跨線橋内にある行き先表示板には「4.5番線 羽幌・幌延方面」の行き先表示が残っている。

待合室内に立ち食いそば・うどん店屋があり、駅舎2階にはFMもえるのスタジオが入居している。

利用状況[編集]

  • 2011年度の1日平均の乗車人員は89人である。(留萌市統計書より)
乗車人員推移
年度 1日平均人数
1997 176
1998 180
1999 164
2000 158
2001 138
2002 132
2003 109
2004 107
2005 101
2006 94
2007 90
2008 88
2009 86
2010 89
2011 83

駅弁など[編集]

駅弁として、「にしんおやこ」(炊き込み御飯の上に留萌名物の塩かずのこにしんの甘露煮。山菜が乗ったもの)が販売されている。

1987年(昭和62年)の羽幌線廃止に伴って駅弁は消滅したが、2003年(平成15年)、閉店予定だった駅そば屋(古川立売商会が運営)も併せて営業権を買収した北海コーポレーションが新たに駅弁を開発し16年ぶりに駅弁が復活した。留萌の特産品であるかずのことにしんを贅沢に使っており、作り置きができないため、完全受注生産品である。また、駅そば屋では留萌名物のにしんそばが提供されている。

駅周辺[編集]

名勝・旧跡・観光
  • 千望台
  • 黄金岬海水浴場
公共施設
産業
  • 南るもい農業協同組合(JA南るもい)本所
  • 新星マリン漁業協同組合
文教施設
郵便局・金融機関
交通など

路線バス[編集]

沿岸バス留萌駅前待合所
 
北海道中央バス留萌ターミナル
沿岸バス
「留萌駅前」停留所を設置。停留所に近接して沿岸バスが待合室と発券窓口を設置しており、回数券定期券を取り扱う。高速バス「特急はぼろ号」の予約は沿岸バス留萌営業所に取り次ぎ扱いとなる。
北海道中央バス
徒歩5分の位置に「留萌ターミナル」を設置。都市間バスを運行。パークアンドライド駐車場を備える。
  • 高速るもい号(直行便) 札幌駅前ターミナル行
  • 高速るもい号(深川経由) 深川市立病院経由札幌駅前ターミナル行
  • 高速るもい号(滝川経由) 滝川ターミナル経由札幌駅前ターミナル行
てんてつバス
「留萌駅前」停留所を設置(沿岸バスとは位置が異なる)。

駅名の由来[編集]

ルル・モ・ペ→ルルモッペ(潮入り→海水・穏やかな・もの→川)から転訛したもの。

隣の駅[編集]

北海道旅客鉄道
留萌本線
大和田駅 - 留萌駅 - 瀬越駅

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 全国専用線一覧 昭和45年、58年版にてモービル石油・共同石油共有線 作業距離0.5km 総延長0.9km
  2. ^ “羽幌線にもお別れ列車 60年の歴史閉じる”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1987年3月30日)
  3. ^ “<こだま>「留萠駅」から「留萌駅」に”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1997年2月21日)
  4. ^ “24日開局へ大詰め「エフエムもえる」 初日はノロッコ号中継 機材操作「OK」30日は特別番組”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2004年10月21日)
  5. ^ “こだま”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2010年4月2日)
  6. ^ 夜の深川行き最終を1番、深川からの到着を2番で取り扱う場合もある。

外部リンク[編集]