北一已駅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
北一已駅
駅舎(2004年6月)
駅舎(2004年6月)
きたいちやん - Kita-Ichiyan
深川 (3.8km)
(5.0km) 秩父別
所在地 北海道深川市一已町
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 留萌本線
キロ程 3.8km(深川起点)
電報略号 キイ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1955年(昭和30年)7月20日
備考 無人駅
1977年の北一已駅と周囲約500m範囲。上が留萌方面。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

北一已駅(きたいちやんえき)は、北海道空知総合振興局深川市一已町にある北海道旅客鉄道(JR北海道)留萌本線である。電報略号キイ

一部の普通列車(朝一番の増毛行きと夜の深川行き)は通過する。

歴史[編集]

駅構造[編集]

単式ホーム1面1線を有する地上駅。ホームは線路の西側(増毛方面に向かって左手側、旧1番線)に存在する[3]転轍機を持たない棒線駅となっている[3]。かつては相対式ホーム2面2線を有する列車交換可能な交換駅であった[4]。当時は互いのホームは駅舎側ホーム北側と対向側ホーム南側を結んだ構内踏切で連絡した[4]。駅舎側(西側)が下りの1番線、対向側ホームが上りの2番線となっていた[4]。交換設備運用廃止後は1993年(平成5年)3月までに線路は撤去されたが、ホーム前後の線路は転轍機の名残で湾曲していた[3]

無人駅となっている。駅舎は構内の西側に位置しホーム中央部分に接している[3]。開業当初からの建物と思われる[5]有人駅時代からの駅舎が残っている。木造平屋[6]の建物で、下見板張りの外壁[5]は劣化で黒ずんでおり[6]、使用されていない事務室部分などの開口部は板で閉鎖されている[5]。トイレは無い[5]。かつて存在した上りホーム(2番線)には長さ70mの花壇があり、コンクールで表彰されたこともあったという[4]

駅前には枝振りの大きなの木が植えられている[4]

駅名の由来[編集]

当駅の所在する地名より。地名は、アイヌ語の「イ・チャン」(ホリ)に由来する[7]が瀬につき、川底に産卵する場所の意味である[7]。元は石狩川の中にあった地名で、当駅はその北方に位置することから「北」を冠する[7]

尚、「已」の字は、「已然形」の「已」であり、干支の巳年の「巳」や、おのれの「己」とは異字である。 難読駅の一つとされる[3]

利用状況[編集]

  • 1981年度(昭和56年度)の1日乗降客数は12人[4]
  • 1992年度(平成4年度)の1日乗降客数は6人[3]

駅周辺[編集]

開業時は旧・雨竜郡一已村に存在した(1963年(昭和38年)に合併により深川市となる)。深川市の郊外に位置する[5]。日本の水田の北限とされている水田地帯の真ん中にあり[6]、農耕地の中に農家が点在している[5]

隣の駅[編集]

北海道旅客鉄道
留萌本線
深川駅 - 北一已駅 - 秩父別駅

その他[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ もともと「北一已」が正当な表記だが、基本計画が「北一己」だったため、確認のための改称と推測される。

出典[編集]

  1. ^ a b 書籍『日本鉄道旅行地図帳 全線全駅全廃線 1 北海道』(監修:今尾恵介新潮社2008年5月発行)44ページより。
  2. ^ “<こだま>「留萠駅」から「留萌駅」に”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1997年2月21日)
  3. ^ a b c d e f g 書籍『JR・私鉄全線各駅停車1 北海道630駅』(小学館1993年6月発行)154ページより。
  4. ^ a b c d e f g 書籍『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』(小学館1983年7月発行)195ページより。
  5. ^ a b c d e f 書籍『北海道鉄道駅大図鑑』(著:本久公洋、北海道新聞社2008年8月発行)166ページより。
  6. ^ a b c 書籍『ダルマ駅へ行こう!』(著:笹田昌宏、小学館文庫2007年5月発行)65ページより。
  7. ^ a b c 書籍『北海道の駅878ものがたり 駅名のルーツ探究』(監修:太田幸夫、富士コンテム、2004年2月発行)105ページより。
  8. ^ a b 書籍『蒸気機関車完全名鑑 ビジュアル改訂版』(廣済堂ベストムック2011年1月発行)49-50ページより。
  9. ^ 「北海道ぷっちがいど」一已(いちやん):難読地名

関連項目[編集]

外部リンク[編集]