畑利樹

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畑 利樹/刄田綴色
基本情報
出生名 畑 利樹
別名 としちゃん・はたはた
出生 1976年10月5日(37歳)
出身地 島根県
職業 ミュージシャン
担当楽器 ドラム
レーベル EMIミュージック・ジャパン
事務所 黒猫堂
共同作業者 東京事変(2003年7月18日~2012年2月29日)
公式サイト http://www.kronekodow.com/

畑 利樹(はた としき)は、日本ドラマーである。アマチュアバンド・scopeでドラムを担当していて、2002年に他のメンバーと脱退して、翌年からはサポートドラマーに転身するが、2013年に正式メンバーに復帰した。他のミュージシャン[1]のライブなどのバックメンバーやサポートドラマーとしても活動をしている。2012年の閏日に解散したバンド・東京事変でドラムを担当していて、刄田綴色の名義で活動していた。所属事務所は、有限会社黒猫堂。年に数回ほどの頻度で「コラム・仔パンダ」を不定期連載している。

略歴[編集]

幼少時代から地元の神楽団体にて石見神楽の演舞や太鼓演奏に親しむ。小学生時代は少年野球チームに所属していたが、背が伸びなかったことを理由に野球を断念した。中学高校時代はブラスバンド吹奏楽)部[2]に所属し、パーカッションを担当していた。中学1年生からレギュラーだった。また、小柄だったため特製の台の上でティンパニを演奏していた。レベルの高い島根県吹奏楽界では、「演奏しながら踊るティンパニスト」として伝説に残っているとのこと。高校3年生からはバンド活動を開始してドラマーとなる。

scope結成から脱退まで[編集]

高校卒業後はすぐに18歳で上京し、1998年7月に専門学校で長谷山豪(ボーカル・ギター担当)らと出会い、バンド・scopeを結成し、マキシシングル1枚、アルバム1枚をリリースした。scopeの活動と並行して、椎名純平川口大輔中島美嘉などのライブ・レコーディングにも参加した。2002年に他のメンバーとscopeを脱退する[3]

東京事変の結成[編集]

2003年に、ハタトシ樹の名義で椎名林檎率いるバンド・東京事変を結成し、同年7月18日のライブ「JIGHEAD / "PSYHCHO JUSTICE レコ発 LIVE"」にシークレット登場したのを期に当初はライブツアー「椎名林檎 実演ツアー 雙六エクスタシー」のバックバンドとして活動を開始する。2004年5月30日にデビューを宣言し、夏に開催されたロック・フェスティバルに参加する。同年9月8日にシングル「群青日和」でメジャーデビューを果たし、バンド活動での名義を刃田綴色へ変更する。デビュー当時はモヒカン姿[4]だった。

2006年に行われたライブツアー「東京事変 "DOMESTIC!"Just can't help it.」の最中に右腕を骨折していた[5]が、骨折が悪化したことにより長期療養をすることになってしまった。そのため、同年7月に行われた東京事変主催のライブイベント「SOCIETY OF THE CITIZENS vol.1」への出演を欠席した(その際のサポートミュージシャンは佐野康夫)。

現行犯逮捕から解散まで[編集]

2011年2月10日に110番通報を受け駆け付けた警察官に体当たり[6]したことにより、公務執行妨害で現行犯逮捕されたことが2日後の2月11日に判明した。また、同日の夜に逮捕されたことを受け、所属レコード会社は2月23日に発売予定だった7枚目のシングル「空が鳴っている/女の子は誰でも」の発売延期を公式サイトで発表した。 同時に2月18日2月25日に出演予定だった[7]音楽番組ミュージックステーション』をはじめとするプロモーション活動が自粛された。同年3月14日に略式裁判による罰金の支払い処分を受け、メンバーと協議し同年4月5日より活動を再開すると発表し、同時に公式ウェブサイトに謝罪文を掲載した。後に7枚目のシングルを同年5月11日に発売することを発表した。 2012年1月11日に解散を表明し、同年2月29日の「東京事変 Live Tour 2012 Domestique Bon Voyage日本武道館公演を以って解散した。

scopeに復帰[編集]

2013年には、サポートドラマーを担当していたバンド・scopeの正式メンバーに復帰する。

活動[編集]

東京事変の「喧嘩上等」(2枚目のアルバム『大人(アダルト)』収録)・「今夜はから騒ぎ」(ミニ・アルバム『color bars』収録)のミュージック・ビデオ2010年に開催したツアーウルトラCの故郷の島根公演(DVD/Blu-rayの特典映像に収録されている)では、幼少時代から培った石見神楽の演舞を披露している。

また、ミニ・アルバム『color bars』の「ほんとのところ」では、実体験に基づいた詞を書き、自身初の作詞作曲のほかにボーカルも担当している。

演奏スタイル[編集]

レギュラー(右利き用)のドラムセットをサウスポースタイルでプレイするオープンハンドスタイル(左手はハイハット・右手はスネアドラム)を用いて演奏する。そのため、一般的なクロスハンドスタイルで演奏する右利き用セッティングを独自に改造し、スネアは右寄りの真ん中、またシンバル類を左に多く配置した特異なセッティングである。ジャズ、ロック、ポップス、ラテンなど、さまざまな技術やリズムが盛り込まれた変則的かつ高度なドラムスタイルを持ち、比較的手数が多いドラマーと言える。

バックバンドとして参加した椎名林檎のライブのDVD「Electric Mole」には、披露された楽曲「意識」に組み込まれたドラムソロで、刃田が観客から盛大な拍手を受けたため、亀田誠治晝海幹音が「あんなに拍手貰えるなんてビックリした」「俺もやってみたい」と発言している場面が収録されている。

使用楽器[編集]

通常、固定ファンの多いバンドやドラマーはパール等の大手ドラムメーカーと契約を結んでいることが多いが、畑は契約を結んでいない。そのため、畑モデルのスネアドラムシンバルドラムスティックなどは存在しない。

畑のセッティングを見ると、畑から見て左手のチャイナシンバルがセイビアンAA china、もしくはジルジャンオリエンタル、ライドがパイステのシグネイチャー、スプラッシュシンバルがセイビアンのAA Rocktagonであるなど(但し使用シンバルは楽曲やライブによって異なる)、大手シンバルメーカーのものを一通り使っていることが見受けられる。

人物[編集]

  • 太鼓のヘッド(打面)に文字を書く。
  • 好きな重機はクレーン
  • 煙草の火はマッチでつけないといけない(ライターをすぐに無くすから)。
  • おばあちゃん子である。
  • リップクリームが苦手(幼い頃食べてしまったことがある)。
  • 幽霊を見たことがある。
  • 元・東京事変の第二期メンバー伊澤一葉とは仲が良いらしく、「わっち」と呼んでいる。また、畑の家に伊澤が泊まりに来たことがあるらしい。
  • スティックをよく折り、折ったスティックを後ろに放り投げるクセがあるらしい。

外部リンク[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ フジファブリック椎名純平川口大輔ナチュラル ハイ中島美嘉など。
  2. ^ 顧問はカリスマ教師でマルチピアニストの妹尾哲巳。
  3. ^ 2003年から長谷山豪のソロプロジェクトとして活動を再開して、それから2012年までサポートドラマーとして参加していた。
  4. ^ 酒で酔っ払った際にscopeのメンバーによってやられたとのこと。
  5. ^ ファンには分からないように我慢してツアーを続けていたという。
  6. ^ 当時は酒に酔っていたという。
  7. ^ のちの発売時には、椎名林檎名義で「女の子は誰でも」を披露し、他のメンバーの出演はなかった。