故郷の空

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故郷の空(こきょうのそら)は、1888年(明治21年)に発表された『明治唱歌』の中にある一作で、明治時代から戦後にかけて、最もよく歌われた小学唱歌の一つである。作詞は大和田建樹鉄道唱歌などで有名)、曲はスコットランド民謡である。

概要[編集]

故郷を遠く離れて暮らす人が秋の夕暮れに、今頃ふるさとの両親や兄弟たちはどうしているだろうと物思いにふける内容の歌で、日本語版ではヨナ抜き音階(最後の方に一カ所だけファがある)のピョンコ節で非常に覚えやすいため、センチメンタルな歌詞とともに日本人の琴線に触れるものがあり、人気曲であった。

英語の原詩では、8+5音節になっているが、これを七六調にしたため、詩と曲の結びつきに不自然なところがある。国語学者金田一春彦が、子供のころ、「鈴虫」が鳴くのではなく、東北弁で地虫(じむし=みみず)が鳴いているのかと思ったと、随筆に書いていた。

日本の横断歩道に設置されている音響装置付信号機では、この「故郷の空」を「通りゃんせ」とあわせて青信号のメロディに採用しているものが多かった。、近年はカッコーの鳴き声(南北方向)とスズメの囀り(東西方向)に置き換えられ姿を消しつつある。

歌詞[編集]


1.夕空晴れて秋風吹き

 月影落ちて鈴虫鳴く

 思へば遠し故郷の空

 ああ、我が父母いかにおはす



2.澄行く水に秋萩たれ

 玉なす露は、ススキに満つ

 思へば似たり、故郷の野邊

 ああわが弟妹(はらから)たれと遊ぶ


麦畑[編集]

原曲はスコットランド曲で、「ライ麦畑で出逢うとき」(Comin' Thro' the Rye)という題名である。詩はスコットランドの大詩人・ロバート・バーンズの作である。

誰かと誰かがライ麦畑で出逢うとき、二人はきっとキスをするだろう。何も嘆くことはない。誰でも恋はするものなんだから……という内容の戯れ歌である。ライ麦(はだかむぎ)は草丈が大人の背丈ほどあるため、夜でなくても畑の中に紛れ込むと、キス以上のことをしても、恥ずかしい思いをすることがないようだ。ロジェー・ワグナー合唱団などによるCDが発売されているが、曲も本来はピョンコ節ではなく、また、かなりゆっくりとした、しかも投げやりな調子で歌われている。

このようにバーンズの本来の歌詞は、麦畑でイチャイチャしているという猥らな歌、春歌であった。大和田はバーンズが書いたこの歌の原詩を知らなかったようで、全く違う歌詞をつけたのである。英語文化圏では、この歌に対しては「猥雑な歌」という認識が強く、ネガティヴなイメージしか抱かれないというが、日本では「故郷の空」は明治以後、教育的な唱歌として歌われていくことになる。

Tune for Comin' Thro' the Rye

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誰かが誰かと[編集]

戦後、この歌をバーンズの原詩に近い形に改作したのが、詩人の大木惇夫声楽家伊藤武雄共作による「誰かが誰かと」。東京藝術大学の教授だった伊藤は当時、東京大学音楽部の指導をしていた経緯もあって、外国の歌はもっと原語に忠実に訳すべきという考え方からバーンズの原詩に近い形に戻した。

歌詞[編集]


 たれかがたれかと むぎばたけで

 こっそりキッスした いいじゃないか

 わたしにはいいひと いないけれど

 たれにもすかれる、ネ、むぎばたけで


誰かさんと誰かさん[編集]

1970年には、これをさらに発展させた歌が一世を風靡した。なかにし礼の作詞でいかりや長介ザ・ドリフターズが歌った「誰かさんと誰かさん」である。前述のような経緯を辿っているため、これが世に出た時、年配者からは「冒涜的な替え歌」という批判がたくさん出たという。しかしながら、このザ・ドリフターズ版が一番元歌の雰囲気を醸しだすものなのである。

「誰かさんと誰かさん」の歌詞が、麦畑を舞台とした歌詞であることから、1990年に大ヒットしたオヨネーズの『麦畑』のイントロにも、この曲のメロディーが使われている。

コマーシャルソング[編集]

いずれも、この曲の替え歌が使われていた。

この曲の中国語訳バージョンが使われていた。

参考文献[編集]

関連項目[編集]