オールド・ラング・サイン

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:Auld Lang Syne
オールド・ラング・サイン
和訳例:蛍の光

民謡、国歌の対象
スコットランドの旗 スコットランド

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オールド・ラング・サイン」(もしくは「オールド・ラング・ザイン」、Auld Lang Syne)はスコットランド民謡、非公式な準国歌である。日本では「蛍の光」の原曲として知られる。

古くからスコットランドに伝わっていた歌で、現在に至るまで、特に年始、披露宴誕生日 などで歌われる。

タイトル[編集]

オールド・ラング・サイン Auld Lang Syneスコットランド語で、英訳すると逐語訳ではold long since、意訳ではtimes gone byとなる。

日本では「久しき昔」などと訳す。

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作曲者不詳である。

ヨナ抜き音階の曲である。

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歌詞を現在伝わる形にしたのは、スコットランドの詩人ロバート・バーンズである。

従来からの歌詞を下敷きにしつつ、事実上彼が一から書き直している。この歌詞は、旧友と再会し、思い出話をしつつ酒を酌み交わすといった内容である。

こうして採譜された「オールド・ラング・サイン」には、ハイドンベートーヴェンシューマンといった著名な作曲家たちも伴奏を付けたり編曲したりしている。

原詞 大意
Should auld acquaintance be forgot,
and never brought to mind ?
Should auld acquaintance be forgot,
and days of auld lang syne ?


CHORUS:
For auld lang syne, my dear,
for auld lang syne,
we'll tak a cup o' kindness yet,
for auld lang syne.


And surely ye'll be your pint-stoup !
And surely I'll be mine !
And we'll tak a cup o' kindness yet,
for auld lang syne.
(CHORUS)

We twa hae run about the braes,
and pou'd the gowans fine ;
But we've wander'd mony a weary fit,
sin' auld lang syne.
(CHORUS)

We twa hae paidl'd in the burn,
frae morning sun till dine ;
But seas between us braid hae roar'd
sin' auld lang syne.
(CHORUS)

And there's a hand my trusty fiere !
And gies a hand o' thine !
And we'll tak a right gude-willie waught,
for auld lang syne.
(CHORUS)

旧友は忘れていくものなのだろうか、
古き昔も心から消え果てるものなのだろうか。


コーラス:
友よ、古き昔のために、
親愛のこの一杯を飲み干そうではないか。


我らは互いに杯を手にし、いままさに、
古き昔のため、親愛のこの一杯を飲まんとしている。
(コーラス)

我ら二人は丘を駈け、可憐な雛菊を折ったものだ。
だが古き昔より時は去り、我らはよろめくばかりの距離を隔て彷徨っていた。
(コーラス)

我ら二人は日がら瀬に遊んだものだ。
だが古き昔より二人を隔てた荒海は広かった。
(コーラス)

いまここに、我が親友の手がある。
いまここに、我らは手をとる。
いま我らは、良き友情の杯を飲み干すのだ。
古き昔のために。
(コーラス)

出典:Songs from Robert Burns, published in Great Britain by Collins Clear-Type Press in 1947

各国のAuld Lang Syne[編集]

「オールド・ラング・サイン」のメロディは、スコットランドだけでなく、その他の国にも浸透している。

日本[編集]

日本では、独自性の高い訳詞が付けられ、「蛍の光」として卒業式などで歌われる。

「オールド・ラング・サイン」のメロディーのみの使用例には以下のようなものがある。

  • 大日本帝国海軍では「告別行進曲」もしくは「ロングサイン」という題で海軍兵学校の卒業式典曲として使われた。現在でも日本全国で卒業式の定番唱歌であるなど、別れの曲としてよく知られている。他にも各種の式典や、自衛隊の駐屯地祭や航空祭などでも終了時間に同様の理由でBGMとして流されることが多い。
  • 東京ディズニーランドカウントダウン・パーティにおいて、カウントダウンセレモニーの一環として3分前から2分から2分半の時間演奏される。
  • NHKNHK紅白歌合戦において、優勝チームが決まると「○組 優勝!!」の字幕スーパーが画面いっぱいに出る。また天井から大量の紙吹雪がステージいっぱいに降る(風船、紙テープは入っていない。優勝チームの司会者(つまり、キャプテン)に優勝旗が手渡される。紙吹雪は放送終了(『蛍の光』の場面)「蛍の光」まで降り続く。
  • プロ野球においてはその年限りで現役を引退する選手の引退セレモニーの際などに演奏される場合がある。
  • 鉄道路線廃線の際、最終列車出発時に演奏される(しかし、近年では鳴らされない場合もあったり、最終列車始発駅ではなく途中駅で演奏されることも多い。例:三木鉄道三木線石野駅)。また、1996年(平成8年)までは阪急梅田駅終電の合図として使われていた。青函連絡船では、出港の際に放送された。
  • 離島航路においては、異動する教員や公務員が乗船する便が出港するときに流される場合がある。

また、USENなどの有線ラジオ放送や業務用音楽配信サービスにおいて、古関裕而編曲の別れのワルツが配信されており、これを用いて図書館博物館などの公共施設や様々な商業施設で、閉館・閉店時間直前のBGMとして放送することも多い。このUSEN配信の別れのワルツには曲だけのものと、退館・退店を促すアナウンスが収録されたものが存在し、商業施設では主に後者が用いられる。なお、「別れのワルツ」という名称自体の知名度が低いため、別れのワルツを含めて一般には「蛍の光」として認識されているようである。

韓国[編集]

大韓民国の国歌「愛国歌」は、かつては 「オールド・ラング・サイン」のメロディーにのせて歌われていた。1948年李承晩大統領による大統領令によって、安益泰1935年に作曲した管弦楽曲『韓国幻想曲』の終曲を国歌のメロディーに制定するまで「オールド・ラング・サイン」のメロディーが使われつづけた。

現在の韓国でも、卒業式の定番曲となっているが、その訳詞は卒業式に特化したものであるため、卒業式以外で演奏されたり歌われる事はない。

その他[編集]

イギリスアメリカ合衆国など英語圏の国々では大晦日のカウントダウンで年が明けた瞬間に歌われる。台湾香港では卒業式、葬儀などで、フィリピンでは新年と卒業式の両方で歌われる。

モルディブでは一時、国歌国家敬礼」のメロディとして使われていた。この国歌のメロディは1972年に変更されている。

台湾香港では、葬儀のように悲しい別れの時でも歌われることもある。

賛美歌めさめよ我が霊」のメロディは「オールド・ラング・サイン」である。ただし、この歌は最新の賛美歌集からは消えている。

ジョン・フィリップ・スーザ作曲の行進曲「名誉の砲兵隊」は中間部で「オールド・ラング・サイン」を引用している。このためこの曲は日本では「蛍の光行進曲」と呼ばれることもある。

アイ・アンダースタンド[編集]

1954年、ザ・フォー・チューンズ[1]のメンバー、パット・ベストが、オールド・ラング・サインのメロディーを基調として、また歌詞を新たに作って「アイ・アンダースタンド」を作曲、そのままザ・フォー・チューンズのシングルとしてリリースされた。すぐにジューン・ヴァリがカバーする。1960年ジミー・ジャスティスもカバーする。

1961年に、ザ・ジー・クレフスが、メインの歌詞のバックにオールド・ラング・サインを歌うスタイルでカバーし、9位を記録。フレディ&ザ・ドリーマーズハーマンズ・ハーミッツ、日本のザ・タイガース[2]もカバーした。

別れのワルツ[編集]

1949年(昭和24年)に日本で初上映された米国映画「哀愁Waterloo Bridge”」(1940年制作)の中で、「オールド・ラング・サイン」 のメロディからなる挿入歌が使われた。

このワルツが非常に印象的だったため、日本コロムビア洋楽部が音源を探したが、契約先の海外レーベルにはなかったため、コロムビア専属の作曲家・古関裕而に採譜・アレンジを依頼し、古関裕而の名をもじってユージン・コスマン(Eugene Cossmann)楽団の名で発売した。当時の人々は、外国録音の音盤だと信じて疑わなかった。

4拍子の「オールド・ラング・サイン」を甘美なワルツ風にアレンジしたところが好まれ、今日にいたるも商店閉店時の音楽の定番である。

日本の歌手ザ・ピーナッツは、別れのワルツに「蛍の光」の歌詞をつけて歌った。2004年発売のCD-BOXザ・ピーナッツ メモリーズBOXに収録。

著名な録音[編集]

ケニー・Gはアルバム Faith1999年)で、「ミレニアムバージョン」と称して演奏している。

脚注[編集]

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  1. ^ 「ゴット・ユア・トラブルズ」等のヒットを持つイギリスのバンド、ザ・フォーチュンズでは無い。
  2. ^ 1971年1月24日、日本武道館にて行われた「ザ・タイガース・ビューティフル・コンサート」の終盤で歌われた。