マーク・レイノルズ (野球)
| クリーブランド・インディアンス | |
|---|---|
ボルチモア・オリオールズ時代
|
|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | |
| 生年月日 | 1983年8月3日(29歳) |
| 身長 体重 |
6' 2" =約188 cm 220 lb =約99.8 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 三塁手 |
| プロ入り | 2004年 MLBドラフト16巡目(全体476番目)でアリゾナ・ダイヤモンドバックスから指名 |
| 初出場 | 2007年5月16日 |
| 年俸 | $6,000,000(2013年)[1] |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
|
|
|
この表について
|
|
マーク・アンドリュー・レイノルズ(Mark Andrew Reynolds, 1983年8月3日 - )は、MLBボルチモア・オリオールズからFAになっている三塁手。右投右打。アメリカ合衆国ケンタッキー州パイクビル出身。
メジャーリーグにおいて史上初のシーズン200三振を記録し、以後3年連続200三振、4年連続最多三振を記録した選手。2008年にはメジャーリーグ新記録の204三振。2009年のシーズンには自らのワースト記録を更新するメジャーリーグ歴代最多の223三振を記録するなど、三振のイメージの強い選手である。三振の上位記録は彼自身の記録と同じく三振のイメージのあるアダム・ダンの二人がほとんどを占めていた。
目次 |
経歴 [編集]
レイノルズはバージニアビーチにあるファーストコロニアル高校や進学したバージニア大学では遊撃手としてプレー。2004年のMLBドラフトでアリゾナ・ダイヤモンドバックスから16巡目(全体476位)で指名されて入団した。
チャド・トレーシーが故障したことに伴って2Aからメジャーへ昇格し[2]、2007年5月16日のコロラド・ロッキーズ戦でメジャーデビューを果たした。その後レイノルズは最初の15試合で14得点する活躍を見せた。この年はナショナルリーグの新人として3位となる129三振を喫したが、同4位の62打点、同6位タイの17本塁打、また打率は.279という数字を残した[3]。ナショナルリーグ西部地区優勝を果たしたダイヤモンドバックスは、10月3日、中部地区優勝を果たしたシカゴ・カブスとディビジョン・シリーズで対戦。レイノルズはこの試合に先発出場を果たし、7回にカルロス・マーモルから決勝本塁打を放ち、ダイヤモンドバックスが3対1で勝利した。
2008年は9月25日のセントルイス・カージナルス戦でジョエル・ピネイロからシーズン200個目の三振を喫した。これは2007年にライアン・ハワードが記録した199三振を更新するメジャー記録となり、またメジャー史上初のシーズン200三振を喫した打者となった[4]。結局レイノルズはこの年204三振でシーズンを終えた。またこの年は三塁手としてメジャー最多失策34、最低守備率.904を記録し、リーグ最多失策35個を記録した。[5]。この年はメジャーリーグのライアン・ハワードの前の三振記録(195個)保持者であったアダム・ダンが短期間だがチームメイトになっていて、目の前で新記録を達成してしまっている。また、2008年は三振試合数が120試合で65試合で二つ以上の三振を記録するマルチ三振試合を記録。これは当時の歴代ワースト記録だった。
2009年のMLBオールスターゲームで5人の候補の中から「33人目の選手」を選ぶインターネットによるファン投票で、レイノルズは地元アリゾナ州選出のジョン・マケイン連邦上院議員からの推薦もあったが、投票の結果はシェーン・ビクトリーノ、パブロ・サンドバルに次いで3位に終わった[6]。8月29日のアストロズ戦の試合前に「ルイス・ゴンザレス感謝ナイト」が催され、ゴンザレスは現役引退を表明し、デリック・ホール球団社長の補佐に就くことを表明[7]。レイノルズはこの試合でゴンザレスに次いで球団史上2人目となるシーズン40本塁打を達成[8]。最終的に44本塁打を記録した一方で、史上初の2年連続200三振、シーズン通算で歴代最多の223三振と自身のメジャーワースト記録を更新した。だが、本人は気にすることはなく、「それがどうしたっていうのさ。今日はチームが勝ったし、僕も打点が100になった。こんないい日はない」とコメントしている。さらに2009年は64試合でマルチ三振し、三振試合数は128試合にもなり当時の歴代ワースト記録であった。そのうえ、1試合3個以上の三振を26試合も記録し、これは現在も歴代ワースト1位であり、リーグ最多の24個の失策を記録した。また、この年は盗塁を24個記録している。速球に強いがスライダーにはとても弱い。[9]
2010年は、2年連続で30本塁打と80打点以上の数字を残し、自己ベストの83四球(うち敬遠は7個)を選んだが、シーズン通じて低打率の状態が続き、最終的に規定打席に到達したものの、ナショナルリーグで唯一、メジャーリーグ全体でも2人しかいない、打率は.200未満となってしまった(.198、もう一人の打率.200未満はタンパベイ・レイズのカルロス・ペーニャ)。また、レイノルズが初めて規定打席に到達して以来、史上初の3年連続シーズン200三振以上も記録した。さらに2010年は118試合で三振し、66試合でマルチ三振を記録して自らのマルチ三振試合数記録も更新した。23試合で1試合3個以上の三振も記録している。これは歴代ワースト3位の記録である。12月6日、デビッド・ヘルナンデス、キャム・ミコライオとのトレードでボルチモア・オリオールズへ移籍。
2011年も相変わらずの低打率であったが三振数は4年ぶりに200を下回り、連続200三振の記録はストップさせるも、マルチ三振は64試合、さらに115試合で三振を記録した。本塁打はリーグ4位の37本だったが、打撃成績を改善させた一方で、三塁手として両リーグワーストの守備防御点-29、リーグ三塁手最多失策26個を叩きだすなど守備では足を引っ張り、終盤は一塁に回されるも、リーグ最多失策となる31個を記録した。
2012年は故障の影響もあり、135試合の出場に留まるが打率は前年並みで23本塁打を記録。その内15本を8月以降に放った。盗塁はわずか1つだったが、出塁率は向上した。しかし、三振数は出場試合数以上に多く、リーグワースト7位の159三振を記録してしまい、この年、史上最速のキャリアわずか6年で通算1000三振も記録している。また、ポストシーズンでは出場6試合で打率.136、安打3本で打点はわずか1。本塁打0本で三振を10個と結果が出せなかった。高年俸がネックとなり、オフに年俸調停を申請されずにFAとなった。12月18日に年俸600万ドル(出来高150万ドル)の1年契約でクリーブランド・インディアンスに移籍した[10]。
年度別打撃成績 [編集]
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2007 | ARI | 111 | 414 | 366 | 62 | 102 | 20 | 4 | 17 | 181 | 62 | 0 | 1 | 1 | 5 | 37 | 4 | 5 | 129 | 5 | .279 | .349 | .495 | .843 |
| 2008 | 152 | 613 | 539 | 87 | 129 | 28 | 3 | 28 | 247 | 97 | 11 | 2 | 1 | 6 | 64 | 0 | 3 | 204 | 10 | .239 | .320 | .458 | .779 | |
| 2009 | 155 | 662 | 578 | 98 | 150 | 30 | 1 | 44 | 314 | 102 | 24 | 9 | 0 | 3 | 76 | 3 | 5 | 223 | 8 | .260 | .349 | .543 | .892 | |
| 2010 | 145 | 596 | 499 | 79 | 99 | 17 | 2 | 32 | 216 | 85 | 7 | 4 | 0 | 5 | 83 | 7 | 9 | 211 | 8 | .198 | .320 | .433 | .753 | |
| 2011 | BAL | 155 | 620 | 534 | 84 | 118 | 27 | 1 | 37 | 258 | 86 | 6 | 4 | 0 | 4 | 75 | 2 | 7 | 196 | 11 | .221 | .323 | .483 | .806 |
| 2012 | 135 | 538 | 457 | 65 | 101 | 26 | 0 | 23 | 196 | 69 | 1 | 3 | 0 | 2 | 73 | 2 | 6 | 159 | 19 | .221 | .335 | .429 | .763 | |
| 通算:6年 | 853 | 3443 | 2973 | 475 | 699 | 148 | 11 | 181 | 1412 | 501 | 49 | 23 | 2 | 25 | 408 | 18 | 35 | 1122 | 61 | .235 | .332 | .475 | .807 | |
- 2012年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高、赤文字はMLB歴代最高
獲得タイトル・記録 [編集]
- 40-20(44本塁打24盗塁)(2009年)
- 3年連続30本塁打(2009年~2011年)
- メジャーリーグ史上初のシーズン200三振(2008年)
- シーズン最多三振記録:223個(2009年)
- 3年連続200三振(2008年~2010年)※2年連続の時点で史上初
- 4年連続190三振以上(2008年~2011年)※3年連続の時点で史上初
- リーグ最多三振:4回(2008年~2011年)
- リーグ三塁手最多失策:2回(2008年、2011年)
- リーグ最多失策:3回(2008年~2009年、2011年)
- シーズン三振試合数:128試合(2009年)※現在の1位はアダム・ダンの134試合
- シーズンマルチ三振試合:66試合(2010年)
- シーズン1試合3個以上の三振:26試合(2009年)
- 通算1000三振:6年(歴代最速)
脚注 [編集]
- ^ “Mark Reynolds Stats, News, Pictures, Bio, Videos - Baltimore Orioles - ESPN” (英語). ESPN.com. 2012年11月7日閲覧。
- ^ Gilbert, Steve (2007年5月16日). “Notes: Reynolds makes first ML start” (英語). MLB.com. 2010年1月7日閲覧。
- ^ “2007 MLB Baseball Batting Statistics and League Leaders” (英語). ESPN.com. 2009年1月7日閲覧。
- ^ Gilbert, Steve (2008年9月25日). “Reynolds breaks strikeout record D-backs third baseman breaks mark with 200th punchout”. MLB.com. 2010年1月7日閲覧。
- ^ “MLB Player Fielding Stats - As 3b - 2008”. ESPN.com. 2010年1月7日閲覧。
- ^ Newman, Mark (2009年7月9日). “'Bran-Torino' takes a ride to All-Star Game” (英語). MLB.com. 2010年1月7日閲覧。
- ^ 三尾圭 「MLB30球団レポート&全選手個人成績 アリゾナ・ダイヤモンドバックス/ARI ゴンゾの新たな門出を祝う一発」 『月刊スラッガー』2009年11月号、日本スポーツ企画出版社、2009年、雑誌15509-11、76頁。
- ^ Associated Press (2009年8月29日). “Reynolds becomes second-ever D-back to hit 40 homers” (英語). ESPN.com. 2009年1月7日閲覧。
- ^ 村上雅則監修 友成那智編著 『メジャー・リーグ完全データ選手名鑑2010』廣済堂出版、2010年、465ページ。
- ^ Indians Sign Mark Reynolds MLBTradeRumors.com
関連項目 [編集]
- アダム・ダン(三振の記録を大量に保持している選手。マーク・レイノルズと並び三振の話題に事欠かない選手である)
外部リンク [編集]
- 選手の通算成績と情報 MLB、ESPN、Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube
|
||||||||||||||||||||