キャム・ミコライオ

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キャム・ミコライオ
Kam Mickolio
広島東洋カープ #57
HC-Kam-Mickolio20131012.jpg
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 モンタナ州ウルフポイント
生年月日 1984年5月10日(30歳)
身長
体重
205 cm
115 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2006年 ドラフト18巡目(全体531位)でシアトル・マリナーズから指名
初出場 MLB / 2008年8月20日
NPB / 2012年4月1日
年俸 1億2,000万円 (2014年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

キャメロン・クレイグ・ミコライオKameron Kraig "Kam" Mickolio , 1984年5月10日 - )は、広島東洋カープに所属するプロ野球選手投手)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

2003年、MLBドラフト46巡目(全体1373位)でセントルイス・カージナルスから指名されるも拒否。

マリナーズ時代[編集]

2006年MLBドラフト18巡目(全体531位)でシアトル・マリナーズから指名され、6月11日に入団。

オリオールズ時代[編集]

2008年2月8日、エリック・ベダードとのトレードで、アダム・ジョーンズジョージ・シェリルクリス・ティルマンらとボルチモア・オリオールズに移籍。この時、後に広島東洋カープでチームメイトとなる現福岡ソフトバンクホークス所属のデニス・サファテとチームメイトだった。同年8月20日のボストン・レッドソックス戦でメジャーデビュー。6点リードの8回表から3番手として登板し、1回を投げ3安打1失点2奪三振だった。なお、「Kameron」というファーストネームを持つメジャーリーガーは福岡ソフトバンクホークスでもプレーしたキャメロン・ローに次いでミコライオが史上2人目である。

ダイヤモンドバックス時代[編集]

2010年12月6日にトレードでデビッド・ヘルナンデスと共にアリゾナ・ダイヤモンドバックスへ移籍。

2011年11月7日に放出され、11月12日に広島東洋カープが獲得を発表した[1]

広島時代[編集]

2012年序盤はセットアッパーを務めたがサファテの不調によりクローザーにまわり、21セーブをあげた。

2013年クローザーに定着し、27セーブを挙げた。

2014年シーズン途中と終盤、チームを離脱しながら25セーブを挙げるも、1点差を守りきれない場面も目立ち、退団が決定的となった。

選手としての特徴・人物[編集]

フォームは極端なインステップであり、205cmという長身のスリークォーターから投げおろす平均球速約150km/h[2]、最速157km/hの速球(フォーシームツーシーム)を武器にして打者に立ち向かう。持ち変化球スライダーチェンジアップで、1イニングで1つ以上と奪三振率も高い。メジャー、マイナーを通じて奪三振数がイニング数を下回ったのは2006年のマリナーズ傘下1A時代のみである。左打者はやや苦手にしている。

ティファニー夫人はミコライオより2歳年上の姉さん女房である。「外国人選手の家族のリーダー的存在として引っ張ってくれている。新しい助っ人の家族が来たら、日本に早くなじむようにと、一緒に買い物に行くなど世話を焼いてくれている」(チーム関係者)と、赤ヘル助っ人ファミリーの“女将さん”として貴重な役割を担っている。さらに、日本人選手やその家族に対しても気を使い、前田健太に第1子が誕生した際にはオーダーメードのTシャツをプレゼントするなど、日本人選手との“懸け橋役”としても活躍している。2013年12月にミコライオの残留が決まった際、カープの選手からは「来年も助っ人の活躍は鍵になるし、ティファニー夫人がいてくれたらありがたい」との声が上がっていたという[3]

マツダスタジアムの隣にあるコストコで買い物をしている姿がよく目撃されている。

立派なヒゲがトレードマークとなっている。

2014年5月26日の日本テレビしゃべくり007で、石原さとみ山田孝之徳井義実などの出演者がミコライオの名前を連呼した為[4]、同日23時に「ミコライオ」がTwitterのホットワード1位にランクインした[5]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2008 BAL 9 0 0 0 0 0 1 0 0 .000 36 7.2 8 0 4 0 0 8 2 0 5 5 5.87 1.57
2009 11 0 0 0 0 0 2 0 2 .000 59 13.2 11 0 7 1 0 14 0 0 4 4 2.63 1.32
2010 3 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 19 3.2 5 1 3 0 0 4 0 0 3 3 7.36 2.18
2011 ARI 6 0 0 0 0 0 0 0 1 ---- 32 6.2 10 0 3 0 0 7 0 0 5 5 6.75 1.95
2012 広島 61 0 0 0 0 3 5 21 15 .375 227 58.0 42 4 14 0 3 54 0 0 19 18 2.79 0.97
2013 57 0 0 0 0 2 4 27 6 .333 242 57.1 48 3 22 0 0 39 3 0 24 13 2.04 1.22
MLB:4年 29 0 0 0 0 0 3 0 3 .000 146 31.2 34 1 17 1 0 33 2 0 17 17 4.83 1.61
NPB:2年 118 0 0 0 0 5 9 48 21 .375 469 115.1 90 7 36 0 3 93 3 0 43 31 2.42 1.09
  • 2013年度シーズン終了時

記録[編集]

NPB
  • 初登板:2012年4月1日、対中日ドラゴンズ3回戦(ナゴヤドーム)、7回裏に2番手で救援登板、2/3回1失点
  • 初奪三振:同上、7回裏に平田良介から見逃し三振
  • 初ホールド:2012年4月3日、対読売ジャイアンツ1回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、8回表に2番手で救援登板、1回無失点
  • 初勝利:2012年4月4日、対読売ジャイアンツ2回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、9回表2死に5番手で救援登板・完了、1/3回無失点
  • 初セーブ:2012年5月30日、対埼玉西武ライオンズ1回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、9回表に3番手で救援登板・完了、1回無失点
  • 1球セーブ:2013年5月8日、対横浜DeNAベイスターズ9回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、9回表2死2塁に2番手で救援登板・完了、松本啓二朗を遊ゴロに打ち取り試合終了(セ・リーグ29人目、通算32度目)
その他の記録(NPB)

背番号[編集]

  • 31 (2008年 - 2010年)
  • 45 (2011年)
  • 57 (2012年 - )

脚注[編集]

  1. ^ キャム・ミコライオ選手との契約合意!”. 広島東洋カープ公式サイト (2011年11月12日). 2011年11月15日閲覧。
  2. ^ 『2014 プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2014年、142頁。ISBN 978-4-905411-17-8
  3. ^ ミコライオ夫人“残留”に広島ナイン歓喜
  4. ^ しゃべくり007(公式)
  5. ^ HOTワードランキング2014年5月26日23時

関連項目[編集]

外部リンク[編集]