ベルリン自由大学

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ベルリン自由大学
Freie Universität Berlin
Wappenschild FU Berlin.JPG
校訓 ラテン語: Veritas, Iustitia, Libertas (真理正義自由)
創立 1948年
学校種別 国立大学
運営資金 365 Mio. € (2008)
学長 Peter-André Alt
教職員 4,871 (2007) / 教授 356 (2010)
学生 32,800 (2010)
博士課程 4,300 (2010)
所在地 ドイツベルリン
住所 Freie Universität Berlin
Kaiserswerther Straße 16-18
14195 Berlin
ウェブサイト www.fu-berlin.de/en
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大学付属植物園
Silberlaube
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社会学研究所
オットー・ズール政治学研究所

ベルリン自由大学(Freie Universität Berlin / Free University of Berlin)はドイツベルリンに所在する総合大学である。

ドイツとヨーロッパ大陸における、主要な研究大学の一つである。近代的、国際的な大学として有名であり、ベルリンに所在する四つの大学の中で最も規模が大きい。大学における研究は、自然科学の諸分野と並んで社会科学人文科学に重点が置かれているのが特徴である。冷戦時代の初期、ソヴィエト連邦占領当局による統制が日増しに強まっていたフンボルト大学から学生や教授らが離反し、1948年に西ベルリンに設立された。ベルリン自由大学の名称は、ソヴィエト連邦に占領されていた地域とは対照的な、自由な世界の一部としての当時の西ベルリンの状況に由来している。

現在ベルリン自由大学は(フンボルト大学と共同で運営しているシャリテ医科大学 (de:Charité) を除くと)、ドイツ研究財団 (en:German Research Foundation / DFG) の8つの共同研究センターを主導しており、また同財団の5つの研究ユニットを持っている。研究者に関しては、研究業績に対して与えられるドイツで最も有名な賞、ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ賞を、現在まで15人のベルリン自由大学の研究者が受賞している。

目次

[編集] 沿革

1948年創立。第二次世界大戦前にベルリンを代表する総合大学といえばフンボルト大学(ベルリン大学)であったが、ベルリン分割に伴いフンボルト大学は東ベルリンに位置することとなり、ソヴィエト連邦占領当局の統制的な大学運営に反発するフンボルト大学の学生及びそれに同調する教授・研究者が、西側占領地域のダーレム地区にマックス・プランク研究所などの協力を得て、新たな大学の運用を開始した。

1968年、パリ大学ロンドン大学カリフォルニア大学バークレー校に同調する学生運動が、ルディ・ドゥチュケに率いられた社会主義ドイツ学生連盟(Sozialistischer Deutscher Studentenbund)により巻き起こされた。

1980年代には、学生数66,000名のドイツ最大の大学となるも、東西統合後のベルリンにおける大学再編の動きにより、1990年代には38,000名までに縮小されている。

[編集] キャンパス

大学の大部分の施設はベルリンの南西ダーレム地区に所在する。学長は教育哲学専攻のDieter Lenzen教授である。 Lenzen教授の指導・構想のもと、学内の改革が急速に進んでおり、グローバル化に対応した人材づくりの拠点校としての位置づけが図られようとしている。

[編集] 関係者

[編集] 教員等

[編集] 卒業生等

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