芙苑晶
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芙苑 晶(ふぞの あき、1969年11月20日 - )は音楽家。電子音楽、トランスなどで国際的に知られる。シンセサイザーやコンピューターを用いた幻想的大作が多い。世界的に活動し、国境とジャンルを超えたファン層を持っている。
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[編集] 概要・人物
電子音楽、トランス、アンビエントサイケ等が主体となっているが、独自のスタイルを持つエレクトロニック・ミュージックで、ワン・アンド・オンリーな存在である。
ジャンルをクロスオーバーさせた新手法や壮大なスケールを持つ楽曲により、「シンセサイザーの魔術師」の異名でも呼ばれる。本来ジャンルにおさまりきらないケタ外れなスケールを持つアーティストであり、テクノ以外にもロック、クラシック等、多種多様なジャンルのリスナーたちに熱烈なファンを持っている。
また、トランス前史時代の1980年代後半よりトランス的な手法による作品(おもにサイケデリック・トランス的な楽曲)も発表しており、近年ではトランス音楽の先駆者としての評価も出てきている。
このほか、「シンフォニック・テクノ」「SFミュージック」といった新ジャンル・新手法を提唱・開発したパイオニアとしても評価される。また、活動初期にすでにミュージック・コンクレートや、今で言うIDMの先駆のような作品、さらに近年はクラシック寄りの作品まで制作・発表しており、世界は幅広く奥深い。
ソロ活動以外では、日本のレイヴ・バンド、ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット(Far East Acid House Quartet)の元・メンバー(リーダー、キーボード、作曲担当)(1988年-1997年)。アメリカのトランス・ユニット、幻覚植物研究所(Psychedelic Plants Research Laboratory)主宰(1987年 -)。
[編集] 作品世界 (ソロアルバム)
ソロアルバムでは、宇宙的で「アシッド感」の強い壮大なヴィジョンの世界があり、エレクトロニクスを駆使したサイケデリックな色彩感溢れるサウンドとシンフォニックな音響美の融合が特徴的である。 また、美しく親しみやすいメロディラインを持つ楽曲も多く、全体の雰囲気はテクノと言うよりも「トランス」ないしは「アンビエントサイケ」に近いが、アルバムの多くは組曲スタイルで構成されており、映画のような壮大なイメージも同時に持っている。こうした特徴から、古くからのファンの間では「幻想派プログレッシブ・トランス」あるいは「アシッド・シンフォニー」等といった呼ばれ方をしていた。
アルバム全体を通して聴くことで映像的なストーリー性を感じさせる構成により、壮大なヴァーチャル・リアリティへのトリップ感覚(変性意識状態)を生み出すという独自な手法「アシッド・サウンド・ムービー(Acid Sound Movie)」を提唱・開発している。
シンセサイザーやコンピューターを中心にしたシステムを採用しているが、他にもパイプオルガン、ハープシコード等々、あらゆる種類のキーボードも使用するマルチ・キーボード・プレイヤーであり、一人でほとんど全パートを多重録音・演奏して構成する。映画制作にも例えられる大がかりなレコーディングのため、キャリアの割に寡作であるが、どのアルバムも大作揃いであり、完成度の高さには定評がある。 また、プロジェクトによってはシタール、ディジュリドゥなどの民族楽器等も使用することがある。
[編集] ソロ活動以外
ソロ活動以外でも華々しく活動し、数々の伝説を残している。日本のファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット(Far East Acid House Quartet)や幻覚植物研究所(Psychedelic Plants Research Laboratory)などで、野外レイヴ・パーティのプランナーとしても、予言者的存在であった。
[編集] 経歴
- 4才からピアノを始め、6才頃から作曲を始める。作曲家・黛敏郎に見出され、幼少よりクラシック音楽の英才教育を受け、和声学、対位法、管弦楽法などを学んだ。十代前半で作曲家として活動を始め、いくつかのクラシック作品の習作を発表。一部で天才少年と評価されていた。
- 高校の途中まで芸大進学を志しており、当初はクラシック作曲家志望だったが、この頃より電子音楽に傾倒する。一方、サイケデリック・ロック・バンド「淫心」を結成、自主制作アルバムを発表する等の活動もしていた。
- 1987年、渡欧。現地で、働くことを拒否する若者たち(ネオ・ヒッピーまたはトラヴェラーと呼ばれる)のグループに入る。のち、数ヶ月間に及ぶ世界単独放浪の生活を送りながら、先住民文化や原始宗教などに関心を寄せ、古代音楽・民族音楽などを研究した。
- 同年、 アメリカに渡り、ニューヨークに滞在中、トランス・ユニット、幻覚植物研究所(Psychedelic Plants Research Laboratory)名義で野外レイヴ・パーティの先駆とも思われる野外ゲリラ・ライブをニューヨーク各地でおこなう。幻覚植物研究所は、元々芙苑晶のソロ・ユニットとして始められたもので、作曲やアレンジ等もほとんど芙苑晶が手がけているが、プロジェクトごとに各国の様々なメンバーをゲストに迎えている。(このプロジェクトは現在に至るまで継続されている。)
- 1988年日本に帰国中、淫心のメンバーで同年夏ロンドンに渡り、セカンド・サマー・オブ・ラブと呼ばれるアシッド・ハウス・ムーヴメントに遭遇、グループ名をファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット( Far East Acid House Quartet)と変更して再出発。以後、同バンドは日本とヨーロッパのアンダーグラウンド・シーンを中心に活動し、サイケデリックトランス、レイヴ・バンドの草分けとしてカルト的評価を得た(〜1997年解散)。
- 同1988年、アシッド・ハウスやアンビエントサイケなどの影響を独自な手法で消化した初のソロ・アルバム『燐光(Phosphorescence)』をニューヨークのNerve Nets Recordsより発表(「Siamese Twin)」名義)、ソロデビュー。デビュー当時は覆面作家であり、Siamese Twinとは日本語で「シャム双生児」を意味する不気味なペンネームで、プロフィールなども一切明かされなかった。
- 1989年、オランダ(アムステルダム)に移住。以後、ニューヨーク、日本等を往来、世界的に活動をおこなう。『木霊(Echoes)』(1990年)、『荒廃(Ruins)』(1993年)、『伽藍(Cathedral)』(1995年)などのソロ・アルバム発表。これらの三作は「シンフォビエント三部作(Symphobient Trilogy)」として完結。アンビエントサイケ、トランス、クラシックなどを独自な手法で合成したような神秘的ムードの作品群であった。
- 1998年にリリースした『宇宙論(Cosmology)』では、テクノのスタイルを基本に、トランス、アンビエントサイケ、ハウス、IDM、サイケデリックロック、クラシックなどを素材とした楽曲を縦横無尽に融合、それまでに世界的にも例を見ない独創的なアレンジと映像的なストーリー性を感じさせる構成により、シンフォニック・テクノ(シンフォニック・アシッド)」という新ジャンル・新手法を確立した世界初のアルバムとなった。独自な手法とハイ・クオリティな音楽性は衝撃を与え、発売以来現在に至るまで、ロング・セラー・アルバムとなっている。2006年にはリマスター盤が再発された。
- 2003年に5年ぶりに発表された大作『年代記(Chronicle)』は、それまでのダンス/エレクトロニカ的サウンドから一転、オーケストラ、大合唱、民族楽器などをフィーチャーし、芙苑作品の中では最高度に壮大なスケールとドラマティックな展開を持った交響詩的大作として新境地を切り開いた。スタイルはクラシックに近づきながらも、様々な電子音、ノイズ、インダストリアル・サウンドやテープ・コラージュ等、エレクトロニカ・IDM的な斬新な手法も大胆に導入され、話題を呼んだ。とくに欧米を中心に先に評価され、国内でもテクノ系リスナー以外にも高く評価した人が多く、ファン層と国際的評価をさらに拡大した。
- 2007年には、芙苑晶の80-90年代の代表曲(主にトランス系の楽曲が中心)をトランス・レイヴ・ドーターズをはじめとする内外のDJがリミックスを手がけたクラブ・リミックス・アルバム『恍惚的宇宙論 / トランス・レイヴ・コスモロジー (Trance-Rave Cosmology)』がリリースされた(芙苑晶 with トランス・レイヴ・ドーターズ名義)。同アルバムは、芙苑晶の過去のソロ・アルバムからの代表曲をはじめ、ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット等の彼の初期のバンド・プロジェクトの代表曲も収録され、なおかつ全曲がトランスのコンピレーションCDのようにつなげられているという、一種のベスト・ヒット・アルバム的な性格も持った作品集となった。
[編集] ディスコグラフィー
[編集] オリジナル・アルバム
- 『燐光(Phosphorescence)』(1988年)
- 『木霊(Echoes)』(1990年)
- 『荒廃(Ruins)』(1993年)
- 『伽藍(Cathedral)』(1995年)
- 『宇宙論(Cosmology)』(1998年)
- 『年代記(Chronicle)』(2003年)
[編集] リミックス・アルバム
- 『宇宙論入門(A Guide To Cosmology)』(2000年)(リミックス:ヒプノティック・ツイン、トランス・レイヴ・ドーターズ)
[編集] リミックス・アルバム/ベスト・ヒット・アルバム
- 『恍惚的宇宙論/トランス・レイヴ・コスモロジー(Trance-Rave Cosmology)』 - AQi Fzono Club Hits Dance Remixes Best(2007年)(芙苑 晶 with トランス・レイヴ・ドーターズ)
[編集] バンド、ユニット
- ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット(Far East Acid House Quartet)(日本 、1988年 -1997年)
- 幻覚植物研究所(Psychedelic Plants Research Laboratory)(1987年 - )
[編集] プロデュース
[編集] トリビア、エピソード
- 左利き。
- クラシック、現代音楽のほか、クラウト・ロック(ドイツの前衛ロック)の手法にも影響を受けている。のちにカン(CAN)の元メンバーでボーカリストのダモ鈴木とは友人となり、ダモの2005年のジャパン・ツアーでも共演している。
- (とくに初期の)数奇なライフスタイルをはじめ、日本のファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテットでの活動などから、のちに、ネオ・ヒッピーという言葉の誕生のきっかけともなった人物であったという説がある。また、日本で初めて野外のレイヴをプランした人とも言われる。それらのイメージから、90年代には「ネオ・ヒッピーの元祖」という異名もあった。
- 『宇宙論(Cosmology)』発表直後の1998年頃より数年間リタイアしていたが、2003年に復帰している。
[編集] 外部リンク
- フゾノドットコム:芙苑晶オフィシャル・サイト
- 芙苑晶 幻想音楽大鑑 − 芙苑晶ファンサイト/資料館
- 無法的熱狂祭 - ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット( Far East Acid House Quartet):ファンサイト/資料館
- 淫心
- Lavalamp Records
- 芙苑晶 掲示板

