オットー・ハーン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
オットー・ハーン(1938年撮影)
ノーベル賞受賞者 ノーベル賞
受賞年:1944年
受賞部門:ノーベル化学賞
受賞理由:原子核分裂の発見

オットー・ハーンOtto Hahn, 1879年3月8日 - 1968年7月28日)はドイツ化学者物理学者。主に放射線の研究を行い、原子核分裂を発見。1944年ノーベル化学賞を受賞。

1946年までカイザー・ヴィルヘルム協会英語版最後の会長を務め、1948年から1960年までマックス・プランク協会会長を務めた。

略歴[編集]

マイトナーとの関係[編集]

30年以上、一緒に研究を行ってきたが1938年ナチスの迫害を避けるために、リーゼ・マイトナースウェーデンに移らざるをえなくなったが、連絡を取り合っていた。同年、ハーンはマイトナーに「ウラン原子核中性子を照射しても核が大きくならず、しかもウランより小さい原子であるラジウムの存在が確認された。何が起きているのか意見を聞きたい」[1]という手紙を送った。マイトナーは、甥で物理学者であるオットー・ロベルト・フリッシュと共に核分裂が起きた事を証明して、連名で発表した。

しかし、ハーンはナチスの圧力に負けユダヤ人であるマイトナーを外した為、彼女はノーベル化学賞の受賞を逸している。受賞のスピーチでもハーンは、マイトナーの功績についてほとんど触れず、その後も核分裂を発見したのはマイトナーではなく、自分だと主張し続けた。

マイトナーはハーンへの手紙で40年間の友情を裏切られた思いと吐露している。

今日では、ハーンは核分裂の発見者であり、マイトナーは核分裂の概念の確立者であるとされている。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 後にハーンは確認したのがラジウムではなくバリウムだった事を発見した。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]