クラウス・ヴォーヴェライト

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
クラウス・ヴォーヴェライト

クラウス・ヴォーヴェライト(Klaus Wowereit、 1953年10月1日 - )は、ドイツ政治家ドイツ社会民主党 (SPD) 所属。ベルリン特別市市長(在任:2001年 - )。 ハンサムな容姿、品のある着こなし、親しみやすい人柄から、ドイツで最も人気のある政治家の一人である。その一方で、芸能人との派手な交遊から「パーティー市長」と揶揄されることもある。

来歴[編集]

西ベルリン生まれ。1973年にウルリッヒ・フォン・フッテン高校を卒業、ベルリン自由大学法律を学ぶ。高校時代から SPD に入党し、大学では社会主義青年団 (Juso) で活動していた。1979年、第一次国家司法試験に合格し、試補(研修勤務中にある上級公務員候補)となる。1981年、第二次司法試験に合格し、ベルリン市政府職員となる。ベルリン市内務省参事官を経て、1984年にベルリン・テンペルホフ地区議員に選出され、政治家としてのキャリアをスタートさせる。1995年よりベルリン市議会 SPD 議員団代表代行を務め、1999年よりベルリン市議会 SPD 議員団代表となる。

2001年、スキャンダルによるエーベルハルト・ディープゲン市長の不信任決議ののち、6月16日にベルリン市議会での議決でSPD、同盟90/緑の党民主社会党 (PDS) の支持を得て、ベルリン市長に選出された。同年10月に前倒し実施されたベルリン市議会選挙で SPD は史上初めて第一党となり、政権基盤を固めた。連邦州首長の持ち回り順により、2001年11月1日より2002年10月31日までドイツ連邦参議院議長を務める。危機的な財政状況に対して緊縮財政、特に市職員の人員削減を行った。これによりベルリン市職員の労働時間は増加した。

非常に人気のある政治家であり、ベルリン市民からの評価も高い。2006年6月に実施されたベルリナー・ツァイトゥング紙の世論調査(ベルリン市民が対象)でも非常に高い評価を得ている。同年9月の市議会選挙で勝利し、3期目に入った。今後は連邦の政治に関与する機会を増やすと表明している。2011年9月18日のベルリン市議会選挙ではSPDは第一党を維持したが、ヴォーヴェライト自身は自身の選挙区でCDUの候補に敗れ、市議会の議席を失った。選挙後の連立交渉の結果、SPDとCDUの大連立政権が成立し、ヴォーヴェライトは引き続きベルリン市長を務めている。

人物[編集]

1993年以降、パートナーである神経外科医の男性と共に暮らしている。2001年、ベルリン市長選挙に臨む前の党大会において、「私はゲイですが、それもまた良いことです(Ich bin schwul – und das ist auch gut so!)」と同性愛者であることをカミングアウトし、大いに注目を集めた。「… und das ist auch gut so!」というフレーズは流行語ともなった。「ドイツにゲイの首相が誕生する機は熟している」と発言したが、2007年9月の世論調査では79%の国民がゲイの首相誕生を容認しており、ヴォーヴェライトの発言を裏付けた。

市長就任以来マスコミ露出が多く、「ヴォヴィ」という愛称を付けられており、テレビの娯楽番組のほか、本人役(ベルリン市長役)でテレビドラマや映画にも出演している。2006年の市議会選挙の際は数多くの芸能人の応援を受けた。

外部リンク[編集]

先代:
エーベルハルト・ディープゲン
ベルリン市長
2001年 -
次代:
先代:
クルト・ベック
連邦参議院議長
2001年 - 2002年
次代:
ヴォルフガング・ベーマー