ハノーファー-ベルリン高速線

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
Schnellfahrstrecke Hannover–Berlin
ハノーファー-ベルリン高速線の路線図
路線総延長 258 km
軌間 1,435 mm
電圧 15,000 V(交流
最高速度 250 km/h

STR
BHF
0,0 ハノーファー中央駅 (路線 1730)
BHF
4,7 ハノーファー=ヴィーフェルト=アレ
WBRÜCKE
8,0 ミッテルラント運河
SBRÜCKE
10,8 アウトバーン7号線
BHF
16,1
239,3
レールテ (路線 6107)
SBRÜCKE
238,7 アウトバーン2号線
BHF
231,1 Immensen-Arpke
BHF
223,9 ドールベルゲン
HST
219,7 デーデンハウゼン
BHF
213,7 マイネルセン
WBRÜCKE
211,6 オケール橋梁
HST
206,3 ライフェルト (b Gifhorn)
ÜST
205,7 ライフェルト信号所
BHF
198,4 ギフホルン
WTUNNEL
194,4 エルベ=ザイテン運河トンネル (970 m)
HST
192,1 カルベラー
WBRÜCKE
189,3 ミッテルラント運河
ABZlg
186,3 ファレスレーベン分岐点
STR
ヴェーデェラー=シュライフェ方面
BHF
185,6 ファレスレーベン
BHF
180,9 ヴォルフスブルク中央駅
eBHF
176,5 フォルスフェルデ
KMW
167,3
269,2
高速新線起点 (路線 6185)
BHF
267,9 オエビスフエルデ
WBRÜCKE
261,5 ミッテルラント運河 (108 m)
ÜST
238,7 ガーデルゲン信号所
ABZlf STRlg
216,8
116,0
ナールシュテット
STR STR
(路線 6107)
STR HST
112,4 メリンゲン(アルトム)
STR BHF
105,1 ステンダール
STR STR
100,4
1,2
ビンフェルデ
STR STR
NBS連絡線 (路線 6427/6428)
ABZrg STRrf
0,0
198,8
スタッフェルデ (路線 6185)
WBRÜCKE
194,9 ヘーメルテン橋梁 (812 m)
ÜST
192,3 シェーンハウゼンHGV信号所
WBRÜCKE
173,1 ハーフェル (230 m)
DST
170,9 ラーテノー
ABZlg
165,7 バッメ分岐点 レールテ鉄道方面
STR
BHF
160,7 ネンハウゼン
BHF
152,2 ブショウーウ
ABZrf
148,5 リベック分岐点 レールテ鉄道方面
STR
ABZrf
131,3 ヴスターマーク分岐点 レールテ鉄道方面
WBRÜCKE
129,3 ハーフェル運河 (86 m)
STR
高速新線終点 ベルリン=スターケン
ABZlg
115,9 ベルリン=ネンハウザー=ダム信号所
STR
BHF
112,5 ベルリン=シュパンダウ駅
KMW
112,7
21,4
km切替地点l
STR
路線 6025/6109 (ベルリンシュタットバーン)
BHF
11,2 ベルリン=シャルロッテンブルク駅
BHF
9,0 ベルリン動物園駅
BHF
5,2 ベルリン中央駅
BHF
4,0 ベルリン=フリードリッヒ通り駅
BHF
2,2 ベルリン=アレクサンダープラッツ駅
BHF
0,0 ベルリン東駅
STR
スラブ軌道区間

ハノーファー-ベルリン高速線(ドイツ語: Schnellfahrstrecke Hannover–Berlin)はドイツハノーファー首都ベルリンを結ぶ高速鉄道路線である。

ヴォルフスブルクベルリン間は新たに建設された区間で、その他の区間の大部分は従来からのハノーファー・ベルリン間の鉄道である1871年開業のレールテ鉄道(Lehrterbahn)と並行するか改良が施された区間である。全線開業は公式には1998年9月15日で営業運転開始は同年9月20日である。この路線の計画であるハノーファー・ベルリンプロジェクト(レールテ鉄道再建・改良計画を含む。)の全体計画は、連邦運輸計画ドイツ統一鉄道プロジェクトNo.4(Verkehrsprojekt Deutsche Einheit Nr. 4 im Bundesverkehrswegeplan)として実行された。

路線構成[編集]

当路線は5つの区間で構成されている。ハノーファー・レールテ間(最高速度160km/h)、レールテ・ヴォルフスブルク間(最高速度200km/h)は従来路線からの改良区間(ABS)、ヴォルフスブルク・オエビスフエルデ(Oebisfelde)間68kmは改良区間と新線区間、オエビスフェルデ・スターケン間148km(最高速度250km/h)は新線区間、スターケン・ベルリンシュタットバーン、ベルリン市内区間(最高速度60~160km/h)である。

平坦な路線なため、エルベ・ザイテン運河(Elbe-Seitenkanal)下を通る開削工法のトンネルやミッテルラント運河、エルベ川、ハーフェル川、ハーフェル運河を渡る4つの長大橋以外はあまり大掛かりな構造物はない。ハノーファー=ベルリン高速鉄道はドイツで初めて本格的に全区間でスラブ軌道で建設された区間である。

計画[編集]

1980年代西ドイツ西ベルリンとの間の通過交通(西ベルリン市民の通過は許可されていたが、東ドイツを訪れるためのビザは持っていなかった。)をICEによって改善するため鉄道路線の改良計画が始まった。1988年9月に西ドイツ、東ドイツ両政府はレールテ鉄道の最高速度を200km/hまで向上させる関係の交渉を開始した[1]。北側のヴォルフスブルク・ステンダール経由の旧レールテ鉄道を通るルート、南側のマクデブルクポツダム経由のベルリン=ポツダム=マクデブルガー鉄道を通る2つのルートが検討された。

1990年にベルリン・ハノーファー間を最短最速で結ぶ経路であるのと、第二次世界大戦以前に長距離高速列車が使用していたことを理由に北側のルートが選定された。選定では通過交通用の軌道は既存のレールテ鉄道とは別に並行して敷かれ、既存のレールテ鉄道は東ドイツ国内の輸送用に利用できるよう残された。 既存路線のヴォルフスブルク・ハノーファー・ヴォルフスブルク間は改良路線として使用された。新線と改良路線は旅客輸送に使用され、既存路線は貨物輸送を目的とした。

1990年6月28日、2年間の交渉を経て当時まだ2つに分かれていた東西ドイツのそれぞれの運輸大臣ホルスト=ギブトナー(Horst Gibtner)とフリードリッヒ=ツィマーマン(Friedrich Zimmermann)によって高速新線が既存のレールテ鉄道に沿って建設する合意署名がなされた[2]

基本計画では高速新線では1時間毎にハノーファー・ブラウンシュヴァイクベルリン間にICEインターシティが運行する計画が立てられていた。ドイツ再統一によって、通行量が増加するとハノーファー経由でルール地方ブレーメン、ヴォルフスブルク経由でブラウンシュヴァイク・カッセルフランクフルト・アム・マイン、ステンダール経由でザルツヴェーデル・ウェルツェンハンブルクのそれぞれのルートが1991年に選定された。

ベルリン・ステンダール間両方向でのローカル、貨物、郊外列車は200本を基本に高速線、在来線で計画された。設計最高速度は高速新線では最高速度250km/hに、在来線、改良線では120kmから160kmに向上された。また、大部分が単線区間であったスターケン・スタンダール間では複線化がなされた[2]

建設[編集]

1992年9月11日にヘメルテン(Hämerten)のエルベ橋(長さ812m)で着工された。新線の建設と並行にレールテ鉄道は再構築されている。同時期に、新ベルリン=シュパンダウ駅の建設が開始されファラースレーベン(ヴォルフスブルク近く)・ヴェッデル(ブラウンシュヴァイク近く)を結ぶ21kmのヴェッデルループ線が建設された。交流15kv16.7Hzの電化がオエビスフエルデ・ラーテノウ(Rathenow)間で完成し1995年3月14日より供用された。これは、旧東西ドイツをつなぐ最初の電化路線であった。1997年10月にはハーフェル運河を渡る最後の橋梁が完成している。建設期間中は考古者が4000の発掘を行いブランデンブルク州では1500年以上前の物を含む遺物が30箇所で発見されている。

試験車両ICE Sによる数多くの試験走行が行われ、1998年4月8月に最高速度331km/hを記録している。1998年5月24日にフォルスフェルデ・ステンダール間で運行が開始され、9月15日には全区間が公式に開業した。 2005年には、レールテ駅の東側で混雑解消の計画が開始され2007年1月15日には2本の新しい橋梁が完成し、立体交差の分岐点が開業している。2008年には完成し、本線の速度は60km/hから120km/hに向上した。連邦政府の計画ではハノーファー・レールテ間に3億7600万ユーロを掛けて、2006年から2010年の期間にかけて路線の改良が行われている[3]

ノガン保護地[編集]

ラテノーの東、ブッコー(Buckow)近くにあり路線が経由するハーフェルレンディシヒェスラック(Havelländisches Luch)は6,400haの自然保護地区になっている。絶滅が危惧されているノガンにとってはドイツでは最後の保護地区で、世界でも最大の渡来地となっている。

1995年まで、鳥類保護のため6kmのトンネルを10億ドイツマルクかけて建設することを含めて保護策が議論された。鳥類を保護するために、トンネルを建設したならば7年を要し、開削工法トンネルでは5億ドイツマルクがかかるとされ、周囲への影響についても調査された。153km~158kmポストにかけての6kmの区間は鳥類が飛び立つための助けになるように、7mの高さの築堤が建設された。これはとてもゆっくり低く飛び立つためである。148.5km~165.5kmポストの区間では3線目となるレールテ鉄道と並行して走る新線の軌道が省かれることになった。この区間では送電線の高さが減らされ、列車の最高速度も200km/hに減らされている。

およそ300haが補償生息地として自然公園として追加された。この影響により開業計画が1997年から1998年に遅れている。

運行開始[編集]

1998年5月24日より、ヴォルフスブルク - オビエスフェルデ - ステンダール間の新線で運行が開始され、同年9月15日からドイツの首相ヘルムート・コール、DB社長ヨハネス=ルードウィッヒ、ベルリン市長エーベルハルト・ディープゲンにより公式に全線で運行が開始された。1998年9月20日ダイヤ改正でベルリン・ハノーファー間の所要時間は4時間12分(1990年)から1時間30分に短縮され、ベルリン・フランクフルト間も4時間に短縮された。大幅な時間短縮により、旅客数は増加しベルリン・ハノーファー間の空路は廃止された。ポツダムやマクデブルクなどの州都では新線の開業によってICEの接続がなくなり、その後激しい抗議が起こったため旧線で暫くの間臨時のICEが運行された。

運行系統[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Jahresrückblick 1988 − Neu- und Ausbaustrecken. In Die Bundesbahn 1/1989, S. 58 (ドイツ語)
  2. ^ a b Helmut Weber, Gernot Arnhold: Schnellverbindung Hannover–Berlin: Abschnitt Oebisfelde–Staaken ein Jahr nach Planungsstart. In Die Bundesbahn 10/1991, p 977 ff. (ドイツ語)
  3. ^ Bundesministerium für Verkehr, Bau und Stadtentwicklung: Investitionsrahmenplan bis 2010 für die Verkehrsinfrastruktur des Bundes, April 2007 (ドイツ語)