テサロニケの信徒への手紙二

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テサロニケの信徒への手紙二(-しんとへのてがみに)またはテサロニケ人への第二の手紙(-じんへのだいにのてがみ)は新約聖書中の一書で使徒パウロの書簡といわれるものの一つ。

概要[編集]

伝統的にはパウロの書簡と看做されていたが、近代以降、パウロの真正書簡に属するかどうかについては議論がある。文献学的アプローチを採る学者からは否定的見解が多い。このためしばしば「擬似パウロ書簡」に分類される。

伝統的アプローチを採る学者からは、本書簡は『テサロニケの信徒への手紙一』から時をおかずに(おそらくコリントで)書かれたと考えられている。というのも第一の手紙に書いたキリストの再臨について誤解している人々がいることを知ったパウロがその誤りを正すために書いたことが伺えるからである。パウロは自分が述べたキリストの再臨がいまにも訪れるというわけではなく、それに先だって「滅びの子」が現れると述べている。

一方、本書簡に2回登場する「父なる神と主イエス・キリスト」という言い回しは、写本によっては他のパウロ書簡と異なる言い回しとなり、父なる神とイエスをまったく同一視する意味をもつ(ただしこのような読みに対する写本の支持は弱い)。このような語法や文体の違いが、本書簡には多く指摘されており、また他の書簡でパウロが再臨を「差し迫ったこと」として考えていることと上で指摘した「いまにも訪れるわけではない再臨」を対比させ、パウロ自身の思想を受け継ぎながらそれを発展させている筆者を想定する学者が多くいる。

働かざる者食うべからず[編集]

3章10節には「働きたくないものは食べてはならない」という一節があり、これが「働かざる者食うべからず」という表現で人口に膾炙している。ここで書かれているいる「働きたくないもの」つまり「怠惰なもの」とは、働きたくても働くことができないで人の世話になっているといった、止むを得ない生活をしている人のことではなく、正当で有用な仕事に携わって働く意志をもたず、拒んでいる者のことである[1]

ソビエト社会主義共和国連邦およびソビエト連邦共産党(前身はボリシェヴィキ、現在はロシア連邦共産党)の初代指導者ウラジーミル・レーニン(本名、ウラジーミル・イリイチ・ウリヤノフ)は、同党の機関紙「プラウダ」第17号(1929年1月12日発行)にて論文「競争をどう組織するか?」を寄稿し、「働かざるものは食うべからず」は社会主義の実践的戒律であると述べた[2]。その後憲法典では1936年制定のソビエト社会主義共和国連邦憲法(スターリン憲法)では第12条にこの表現がある[3]。最終的に、1991年ソ連崩壊により、この憲法は失効するに至っている。

脚注[編集]

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  1. ^ 第二テサロニケ書―キリストの再臨と勤勉な生活の勧め 田中剛二 すぐ書房 1992年 ISBN 9784880682389 p138
  2. ^ レーニン全集第26巻 マルクス=レーニン主義研究所 レーニン全集刊行委員会 大月書店 1958年 p423
  3. ^ 日本国憲法とは何か 八木秀次 PHP研究所 2003年 ISBN 9784569628394 p221

参考文献[編集]

関連項目[編集]