原子力発電所
原子力発電所(げんしりょくはつでんしょ、英: nuclear power plant)とは、原子力発電の方式による発電所[1]。
原子炉の中でウランやプルトニウムが核分裂を持続的に、連鎖反応的に進行させ、その核分裂反応によって発生するエネルギーを熱エネルギーの形で取り出し、それによって蒸気タービン(羽根車)を回転させて発電を行う発電所である[2]。
略称としては、日本語では原発(げんぱつ)と略される。核燃料を使用して電気を起こすことから、核発電所(かくはつでんしょ)ともいう。
特徴
他の方式の発電所と比較して一般的な公害の元となる原因物質[3]は少なく、代わりに放射性廃棄物が生じる。 発電施設の規模で比較すると、発電量はとても大きく、自然現象に左右されない安定した送電が可能。 放射性物質を扱うため、立ち入りに際しては厳重な警戒がなされ、一般人の見学等は発電施設から離れた場所に専用の資料館などを設置する場合が多い。 発電のサイクルに用いる冷却と、その排熱のために海沿いに建設されることが多く、内陸の場合は巨大な排熱塔が建設される。 これらの特徴のために、予期せず停止した場合の電力供給に与えるインパクトが大きく、また過去に発生した原子力事故の大きさからテロリズムの目標とされる可能性が高いと評価され、その対策についても他発電所以上に検討されている。
歴史
1942年、米国シカゴ大学のエンリコ・フェルミが、実験炉で原子力発電の原理となる核分裂の連鎖反応を行うことに成功した。原子力発電は1951年に発電を行った実験炉、EBR-Iから始まる。EBR-Iの当初の発電容量は1kWであった。世界最初の原子力発電所は、1954年6月に運転を開始したソビエト連邦のオブニンスク原子力発電所[4]である。ソ連、アメリカ以外に、イギリス、カナダ、フランス、ノルウェーなどで原子炉がつくられた。
法整備(例えばアメリカのマクマホン法(正しくは「1946年原子力法」 1946年7月)やプライス・アンダーソン法など)や、国同士の協定の締結(西側諸国に対抗してソ連を中心とした締結など)も進んだ。1954年7月に国際連合において原子力に関わる国際会議、第1回ジュネーブ会議が開催された[4]。
西側において初めての商用原子力発電所となるのは、イギリスのコールダーホール原子力発電所1号炉である。運転開始は1956年10月17日であり、出力6万キロワット、炉の形式は黒鉛減速炭酸ガス炉 (GCR) であった。後にこの形式の炉はコールダーホール型、あるいはマグノックス炉と呼ばれた。なお、コールダーホール原発は2007年9月、老朽化のため爆破解体された。
アメリカでは、シッピングポート発電所が初となる。運転開始は1957年12月18日、出力は10万キロワット、炉の形式は加圧水型原子炉(PWR)であった。なお、シッピングポート発電所は1982年10月1日に閉鎖された。アメリカでの原子炉発注ブームは、1966年から1974年までの9年間であった[5]。
フランスでは、1964年2月に運転を開始したシノンA1号炉が最初である。出力8万4千キロワット、炉の形式はGCRであった。
アメリカでは、1966年から1974年までの原発発注ブームの後に起こった1979年3月のスリーマイル島原子力発電所事故以来、原発の新設計画が停止されていた[注釈 1]。2001年からのジョージ・W・ブッシュ政権が推進政策に転換(原子力ルネサンス)し、法人税控除などの優遇措置が講じられ、アメリカでついに新規原発の建設が再開されることとなった[6]。当政権期に原発新設が30基分も計画されたが、2011年6月までに1基も建設工事が始まっておらず、2010年時点で撤退が目立ち始めるようになった[5]。原発新設の動きは地球温暖化対策を重点に置くバラク・オバマ政権にも引き継がれた。その結果、事故以来初めての原発としてメリーランド州カルバートクリフス原発第3号機が計画中であったが、2010年10月にコスト上のリスクが高いとして中止され、建設中止が30年以上(1970年代半ばから2011年の間)続くことになった[7]。
こうして、原子力発電所は発電に際していくつかの問題を抱えているため(後述の原子力発電#問題点を参照)、原子力撤廃の流れがあったが、原油の価格高騰と地球温暖化防止を背景として、原子力発電所の建設を推進する動きが再び出てくることとなった[8]。しかし、2000年代後半に鋼材などの材料費が高騰し(例えば、アメリカで150万kwの原子炉を建造する場合、2005年頃には約30億ドルで可能だったのが、2008年には約70億ドルとなった[9])、原子力発電所は政府の支援抜きには語れない存在となっていった[9]。
2002年時点では、原発の数は世界で400基に達し、発電量のトップ5はアメリカ、フランス、日本、ドイツ、ロシアである。発電量に占める割合は、フランス77パーセント、ベルギー57パーセント、ウクライナ44パーセント、韓国36パーセント、日本33パーセントである[10]。
2011年に発生した福島第一原子力発電所事故の影響により、ヨーロッパ諸国では脱原発・再生可能エネルギーへのシフトの機運が高まっているが、アメリカ、日本、フランス、中国、ロシア、韓国、カナダなどの原発メーカーによって、脱原発の道を選んだ一部ヨーロッパ諸国(ドイツ、イタリア、スイス、スペインなど)以外での原発新設の受注を狙っての競争が激化している。
海上原発
深刻な放射能汚染を引き起こす可能性がある原子力事故を防ぐため、原発は通常、地盤が強固であるなど災害リスクが少ない土地に建設される。一方で、原子炉を動力源とする原子力船(原子力潜水艦を含む)が1950年代から実用化されており、さらにロシアと中国は浮体式で海上を移動可能な水上原子力発電所を開発している。ロシアのロスアトムは、ムルマンスク港内で世界初の海上原発「アカデミック・ロモノソフ」を稼働させたと2018年12月に発表し、今後、シベリア東部の北極圏にあるペヴェクに移動させることを計画している。また中国は南シナ海で領有権を主張する島々への電力供給への利用を想定していると推測されている[11]。
発展途上国における原発建設
原子力発電所建設のための資金調達は、発注側が自己資本で建設するだけでなく、受注した建設者側が必要な資金を提供し、将来発電所から生じる電気料金などの収入で投資額を回収する、プロジェクト・ファイナンス(PF)方式による建設の傾向が生まれている。一度に工事費用を支払うのが難しい国において、インフラ投資を促進する存在としての役割を担う。
地球温暖化対策として、2009年に鳩山由紀夫首相で鳩山イニシアチブが策定され、原発の積極利用も検討された。鳩山はベトナム首相のグエン・タン・ズンから、ベトナムでの原子力発電所建設の依頼の手紙を受け取った。鳩山は、「ベトナムは日本の原発技術を使うことを検討するだろう」と述べた[12]。2010年10月受注が決まったベトナムの原子力発電所2基建設については、財務省所管の国際協力銀行がファイナンス役として参画している[13]。またこれに続いて交渉継続している(2010年末現在)トルコの原子力発電所建設にも、このプロジェクト・ファイナンスが導入される予定[14]。
またロシアによる原発輸出は、原発の建設を請け負うだけでなく、核燃料供給から人材育成、放射性廃棄物回収までを担うことが強みとなっている[15]。
主なメーカー
- フラマトム (旧Areva NP)(三菱重工業と業務提携)
- 三菱重工業
- GE日立ニュークリア・エナジー(日立製作所とゼネラル・エレクトリック が原子力事業で経営統合)
- ウェスティングハウス・エレクトリック・カンパニー (WH)(2017年3月に経営破綻し、現在は経営再建中)
- バブコック・アンド・ウィルコックス(原子力プラント製造そのものは撤退しエンジニアリングに特化)
- ロスアトム
- 東芝
- 中国核工業集団公司
- 中国広核集団
- 斗山重工業
- かつてのメーカー
- コンバッション・エンジニアリング - ウェスティングハウスにより買収された
- アセア・ブラウン・ボベリ - 原発部門はウェスティングハウスにより買収された
- シーメンス - フラマトムと原発部門を統合しアレヴァ(2018年、再びフラマトムに改称)となった
- 旧フラマトム - シーメンスと原発部門を統合しアレヴァ(2018年、再びフラマトムに改称)となった
初期の原発ブームとその後の停滞期を経て世界的なメーカーの寡占化が進み、21世紀初頭には大手原発メーカーはアレヴァ-三菱、東芝 (WH)、GE-日立の西側諸国3グループや、ロスアトム、台頭する中国メーカーに集約されつつあったが、2017年にはウエスチングハウスやアレヴァが経営破綻するなど、現在も状況は大きく変化している。
世界の原子力発電所の一覧
以下では、世界各地の主な原子力発電所を紹介する。
アジア
中国で稼働中あるいは建設中の原子力発電所の運営会社の株式は、1999年に発足した中国核工業集団公司(国防科学技術十大グループ企業のひとつ)が、直接あるいは子会社を通じて保有している。
- 「台湾の原子力発電所」を参照
- ニントゥアン第一原子力発電所(計画中。ロシアにより建設予定), ニントゥアン第二原子力発電所(計画中。日本により建設予定)
- 「インドの原子力発電所」を参照
- ブーシェフル原子力発電所
- バラカ原子力発電所
アメリカ、カナダ
- 「アメリカ合衆国の原子力発電所」も参照
アメリカの原子力発電所は、アメリカ合衆国原子力規制委員会(NRC)により4つの地域に分けて監督されている。
- リージョンI 北東部地域
- リージョンII 南東部地域
- ブラウンズフェリー原子力発電所
- リージョンIII 北中部地域
- リージョンIV 南中西部地域
ヨーロッパ
- 「ドイツの原子力発電所」も参照
- エムスラント原子力発電所
- オーブリヒハイム原子力発電所 -(2005年廃止)
- グライフスヴァルト原子力発電所 -(旧東ドイツ、1990年廃止)
- ミュールハイム・ケルリヒ原子力発電所 -(1988年廃止)
- レーンスブルク原子力発電所 -(1990年廃止)
- 「フランスの原子力発電所」も参照
- フェニックス原子力発電所(高速増殖炉、2009年停止)
- スーパーフェニックス原子力発電所(高速増殖炉、1998年12月廃止)
- サン=ローラン=デ=ゾー原子力発電所(1990年4月 A1、1992年5月 A2廃止)
- シノン原子力発電所(1973年6月 A1、1973年7月 A2、1990年6月 A3廃止)
- ショー原子力発電所(1991年10月廃止、SENA)
- ノジャン=シュル=セーヌ原子力発電所
- マルクール原子力発電所(1980年2月 G2、1984年7月 G3廃止)
- ブレニリ(モンダレー)原子力発電所(1985年7月 EL-4廃止)
- 「ロシアの原子力発電所」も参照
- ヴォルゴドンスク原子力発電所(1基(1基建設中、2基計画中))
- カリーニン原子力発電所(3基(1基建設中))
- クルスク原子力発電所(4基(1基建設中、4基計画中))
- レニングラード原子力発電所(4基(4基計画中))
- ノヴォヴォロネジ原子力発電所(3基(1基建設中、1基計画中))
- シベリア原子力発電所(2002年閉鎖)
上記以外の原子力発電所
- チェルノブイリ原子力発電所 -(ウクライナ、チェルノブイリ原子力発電所事故も参照/2000年に閉鎖)
- ロヴィーサ原子力発電所
- メツァモール原子力発電所
- フォッシュマルク原子力発電所
- コールダーホール原子力発電所
- ガリリアーノ原子力発電所
- イグナリナ原子力発電所
- ボフニチェ原子力発電所(4基)、モホフチェ原子力発電所(2基)
-
カットノン原子力発電所
-
フォルスマルク原子力発電所3号機
議論
原子力発電所の設立、存続に関する議論には、多数の立場や観点によるものが存在している。賛成には、施設職員の利権の維持、原子力産業の振興、国民のより多くの税金投入、電気使用料値上げによる電力会社への利益増進、火力発電によるCO2排出と比較しての環境優位、国際的信頼壊滅などが挙げられている[要出典]。また反対には、原子力事故や廃炉・原子力廃棄物のリスクと影響度、軍事転用や核テロリズムへの警戒、放射能汚染による環境問題[16]、これらのリスクや事故に対応するための経済的負担の多さ[17]や科学技術優先への疑問[要出典]などが挙げられている
原発と軍事
核分裂反応は商用原発より先に、核兵器(原子爆弾)として軍事利用された(「マンハッタン計画」「広島市への原子爆弾投下」を参照)。また放射能汚染をもたらす核物質は、「汚い爆弾」など核テロリズムへも使用されうる。
このため、核拡散防止条約に加盟する核兵器非保有国は、原発やそこで使われる核燃料の再処理工場などの原子力施設では、秘密裏の核兵器開発やそのための核物質盗難を防ぐため、その国の政府機関や国際原子力機関(IAEA)による査察など厳しい監視や保安対策が行われる[18]
他国の核兵器開発阻止などを狙った原発への攻撃も、下記のように実際に起こっている。
- 1981年6月7日 イスラエルは、イラクが建設していた原子力発電所を空軍機により爆撃、破壊した(イラク原子炉爆撃事件、バビロン作戦)。
- 2017年12月3日 イエメンの反政府武装組織フーシは、アラブ首長国連邦(UAE)が建設している原子力発電所に向けて弾道ミサイルを発射したと発表。UAE側は、これを否定した[19]。
脚注
注釈
出典
- ^ 『大辞泉』「原子力発電所」
- ^ 『ブリタニカ国際大百科事典』「原子力発電所」
- ^ COx、NOx、騒音など
- ^ a b 『日本原子力学会誌』Vol.49 [要文献特定詳細情報][要ページ番号]
- ^ a b c 『脱原子力社会へ』 76ページ
- ^ 世界の原発産業と日本の原発輸出
- ^ “米で原発新設計画を凍結 コスト面に問題”. 47NEWS. (2010年10月11日) 2010年10月11日閲覧。
- ^ 『フジサンケイビジネスアイ』2006年11月2日付配信 [要文献特定詳細情報]
- ^ a b “原発巡り絡まる思惑 共和党マケイン氏の推進策が波紋”. 日経ビジネスオンライン (日経BP社). (2008年7月15日) 2008年9月2日閲覧。
- ^ 高田純 『世界の放射線被曝地調査 自ら測定した渾身のレポート』 講談社 2002年 ISBN 4-06-257359-8 p.51.
- ^ 遠洋に「ポン置き」事故時は沈める/ロ中が開発「海上原発」自然環境への脅威 南シナ海の火種にも『東京新聞』朝刊2019年1月7日(特報面)。
- ^ “Hatoyama Says Vietnam to Consider Japanese Nuclear Technology for Power” (英語). Bloomberg news. (2010年4月1日) 2014年2月20日閲覧。
- ^ 今泉大輔 (2010年12月8日). “政府・民主党、国際協力銀行を分離・独立、インフラ輸出支援”. オルタナティブ・ブログ 2010年12月27日閲覧。
- ^ “日本に傾いたトルコ原発…結局は資金力”. 『中央日報』. (2010年12月27日) 2010年12月27日閲覧。
- ^ 海外調査報告書『ロシアの原子力開発』津田憂子国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター(2017年3月)2019年1月10日閲覧。
- ^ 東日本大震災・原発事故における環境汚染の問題 - 参議院
- ^ 藤岡惇、「アメリカ原子力発電産業の現段階」『立命館経済学』 1997年 45巻 p.528-540, ISSN 0288-0180, 立命館経済学
- ^ 査察について原子力規制委員会(2019年1月10日閲覧)。
- ^ 建設中の原発にミサイル?=シーア派組織主張、政府は否定 時事通信社(2017年12月3日)2017年12月9日閲覧
参考文献
この節の加筆が望まれています。 |
- 長谷川公一『脱原子力社会へ-電力をグリーン化する』岩波書店〈岩波新書 新赤版 1328〉、2011年9月。ISBN 978-4-00-431328-1。
関連項目
- 技術・施設
- その他
-
- 原子力撤廃
- 原発ジプシー - 日本における臨時雇用の原発労働者を描いたノンフィクション
- 核テロリズム:原発を狙ったテロもこの一種
- 原子力明るい未来のエネルギー
外部リンク
- “世界の原子力発電開発の動向 2011年1月1日現在” (PDF). 社団法人 日本原子力産業協会. 2011年11月30日閲覧。
- 世界における原子力発電の位置づけ (PDF) (資源エネルギー庁、2013年8月)
- 原子力百科事典 ATOMICA トップ(一般財団法人高度情報科学技術研究機構)
- 原子力施設情報公開ライブラリーNUCIA
- 電気事業連合会
- Yahoo!ニュース - 原子力
- 旧原子力安全・保安院(経済産業省)
- 全国原子力発電所所在市町村協議会
- (株)原子力運転訓練センター
- (株)BWR運転訓練センター
- 経済産業省・資源エネルギー庁