マクスウェルの方程式(マクスウェルのほうていしき、英: Maxwell's equations)は、電磁場を記述する古典電磁気学の基礎方程式である。マイケル・ファラデーが幾何学的考察から見出した電磁力に関する法則が1864年にジェームズ・クラーク・マクスウェルによって数学的形式として整理された[1]。マクスウェル-ヘルツの電磁方程式、電磁方程式などとも呼ばれる。マクスウェルはマックスウェルとも表記され、マクスウェル方程式、マックスウェル方程式などと書かれることも多い。
真空中の電磁気学に限れば、マクスウェルの方程式の一般解は、ジェフィメンコ方程式として与えられる。
なお電磁気学の単位系は国際単位系に発展したMKSA単位系のほかガウス単位系などがあり、単位系によってマクスウェルの方程式の表式における係数が異なるが、以下では原則として国際単位系を用いることとする。
4つの方程式
(微分形による)マクスウェルの方程式は、以下の4つの連立偏微分方程式である。
ここで E は電場の強度、B は磁束密度、D は電束密度、H は磁場の強度を表す。
また ρ は電荷密度、j は電流密度を表す。記号「∇·」、「∇×」はそれぞれベクトル場の発散 (div) と回転 (rot) である。
次に、4つの個々の方程式(成分表示で8つの式、テンソル表示で2つの式)について説明する。
磁場の構造(磁束保存の式)
- (微分形の磁束保存の式)
積分形で表すと次の式になる。
ここで B は磁束密度(単位はテスラ T )、dA は、領域の外側へ向かう方向と直交する閉じた曲面 A 上の微小な方形の領域である。
与えられるどんな体積要素についても、表面 A の外側の点のベクトル成分の総和が内側の点のベクトル成分の総和に等しくなり、構造的に見て磁力線が閉曲線でなければならないことを意味するためである。この式は電場の積分形と同様に、閉曲面上を積分したときにのみ意味がある。
これらの式は、磁気単極子(モノポール)が存在しないことを前提としており、もし磁気単極子が発見されたならば、上の式は次のように変更されなければならない。
ここで ρm は磁気単極子の磁荷密度である。
変化する磁場と電場(ファラデー-マクスウェルの式)
- (微分形のファラデー-マクスウェルの式)
この式を積分形で表すと次の式になる。
- (レンツの法則)
ただし、
ここで φB は磁束保存の式で記述された面積 A を通過する磁束、V は面積 A の縁の周囲の起電力である。
磁束保存の式の説明で述べたように、閉じた曲面を通る磁束の総和は常に 0 であるため、この式は閉じていない曲面 A についてのみ働く。起電力はその曲面 A の縁に沿って測定されるが、閉じた曲面には縁がない。いくつかの電気工学の文献では、曲面 A の縁に巻かれたコイルの数 N を磁束の導関数の前に用いてこの積分形式を表現している。なお、式中の負号があるため、磁束密度の時間微分が正なら左回転に、負なら右回転になる。
電荷密度と電場(マクスウェル-ガウスの式)
- (微分形のマクスウェル-ガウスの式: D-H 対応)
ここで、ρ は、電荷密度(単位は C/m3)。D は電束密度(単位は C/m2)で、「線形な物質中」では D = εE の関係がある(E は電場の強度、ε は誘電率)。電場が非常に強くない限り、どんな物質も「線形」なものとして扱うことができる。上の式は、電束は電荷の存在するところで発生・消滅し、それ以外のところでは保存されることを意味している。真空の誘電率は ε0 と書かれ、次の式で表される。
- (微分形のマクスウェル-ガウスの式: E-B対応)
また、εr = ε/ε0 で定義される比誘電率などが用いられることもある。
マクスウェル-ガウスの式を積分形で表すと次の式になる。
ここで dA は、電荷の外側へ向かう方向と直交する閉じた曲面 A 上の微小な方形の領域であり、Qencl はその閉曲面当たりの電荷である。この積分形は、閉曲面上を積分したときにのみ意味があり、ガウスの法則としてよく知られている。
電流・電場と磁場(アンペール-マクスウェルの式)
- (微分形のアンペール-マクスウェルの式: D-H対応)
ここで j は電流密度。H は磁場の強度(単位は A/m)で、「線形な物質中」で「磁場の強度が小さい範囲」において、B = μH の関係がある(B は磁束密度、μ は透磁率)。
真空中では透磁率 μ は真空の透磁率 μ0 = 4π×10−7 W/Am で置き換えられる。したがって式は次のようになる。
積分形は次のようになる。
s は開曲面 A の縁となる曲線で、Ithrough は曲線 s で囲まれた曲面 A を通過する電流 Ithrough A = ∫A j · dA である。コンデンサや ∇ · j ≠ 0 となるほかの場所がなければ、右辺の第 2 項(変位電流)は一般に無視される。
それぞれの式の解釈
- 磁束保存の式
- 磁力線はどこかを起点とすることも終点とすることもできない、すなわち磁気単極子(モノポール)が存在しないことを示している。磁性に関するガウスの法則である。
- ファラデー-マクスウェルの式
- 磁場の時間変化があるところには電場が生じることを示している。ファラデーの電磁誘導の法則の定式化である。
- 電動機(モータ)や発電機など非常に多くの実用的な応用に関係している。
- ガウス-マクスウェルの式
- 電場の発生源は電荷であることを示している。
- アンペール-マクスウェルの式
- 電流と変位電流により磁場が生じることを示している。
- この式は、電流によって磁場が生じるというアンペールの法則に変位電流を加えたものである。
歴史的経緯
マクスウェルの方程式は、次の2つの組に分類されることが多い。
電磁場の拘束条件
第1の組は、
(1a)
(1b)
である。この式は電磁場の拘束条件を与える式である(ビアンキ恒等式)。
この式は E, B を電磁ポテンシャル により、
(0a)
(0b)
と表せば恒等的に満たすように出来る。
マクスウェル自身の原著論文『電磁場の動力学的理論』(1865年)や原著教科書『電気磁気論』(1873年)では上記のように表されていたが、1890年になってヘルツが改めて理論構成を考察し、上記2式から電磁ポテンシャルを消去し(1a), (1b) を基本方程式とすることを要請した。このヘルツによる電磁ポテンシャルを消去した形をマクスウェルの方程式と見なすのが現在の主流となっている。この見かたでは (0a) と (0b) は電磁場の定義式と見なされる。
電磁場の運動方程式
第2の組は、
(2a)
(2b)
である。電荷、電流の分布が電磁場の源となっていることを表す式である(電磁場の運動方程式)。
電磁場の微分(左辺)が電荷、電流の分布(右辺)によって書かれており、電荷、電流の分布を与えると電磁場の形が分かる方程式になっている。
この式から、電荷、電流の分布には電気量保存則(連続の方程式)
が成り立つことが導かれる。
また、電磁場はローレンツ力
により電荷、電流の分布を変動させる。
それぞれの組は時間微分を片側に移し、
と変形すれば、時間発展の方程式とその初期条件と見ることができる。
また、E, B により記述した場合は式の組み合わせを変えて
として、ベクトル場の発散と回転を与える式と見ることができる。
これらの方程式系に整理されたことから、電場と磁場の統一(電磁場)、光が電磁波であることなどが導かれ、その時空論としての特殊相対性理論に至る。後年、アインシュタインは特殊相対性理論の起源はマクスウェルの電磁場方程式である旨を明言している。
マクスウェルが導出した方程式はベクトルの各成分をあたかも互いに独立な量であるかのように別々の文字で表して書かれており、現代の洗練された形式ではなかった。これを1884年にヘヴィサイドがベクトル解析の記法を適用して現在の見やすい形に書き改めた。しかも彼は既にそこで電磁ポテンシャルが消去出来ることを示して、方程式系を今日我々が知る形に整理していた。しかし、その意義は直ちには認められるに至らず、それとは独立に上記のヘルツの仕事がなされた。
ベクトル記法が一般化し始めるのは 1890年代半ばであって、ヘルツの論文ではまだそれを使っていない。いずれにせよ、このベクトル解析の記法の採用は場における様々な対称性を一目で見ることを可能にし、物理現象の理解に大いに役立った[2]。
E-B による表示
電束密度 D と磁場の強度 H は、電磁場の媒質中での振舞いを表現する量である。媒質の性質を他の部分で表現することにより、電場の強度 E と磁束密度 B により方程式を記述することが出来る。
真空中
媒質が存在しない真空中(自由空間中)においては、D, H はそれぞれ E, B と
の関係にある。ここで ε0 は真空の誘電率、μ0 は真空の透磁率であり、これらは普遍定数である。このとき方程式は
となって E, B により記述される。
等方一様線型媒質中
線型媒質中においては、D, H は線型関係
によって E, B と関係付けられる。ここで ε, μ はそれぞれその媒質の誘電率と透磁率であり、媒質の性質を特徴付ける物性値である。これらは一般にはテンソルであるが、等方的な媒質ではスカラーとなる。さらに一様な媒質であると考えれば、マクスウェルの方程式は
と変形できて E, B により記述される。
一般の媒質中
一般の媒質中においては、D, H と E, B を関係付ける量として、誘電分極 P と磁化 M が
によって導入される。このとき、方程式は
となる。さらに分極電荷密度、分極電流密度、磁化電流密度を
として導入すれば、方程式は
となる。これは真空中におけるマクスウェルの方程式と同じ形をしている。媒質は原子核や電子などの荷電粒子から構成されている。これらが真空中に分布しているものとして考えたときの電荷の分布が ρ0, j0 である。一方、媒質を構成する荷電粒子はマクロに見たとき、分子あるいは原子として束縛されている。電荷の分布を平均化した後の分布が ρ, j である。
ローレンツゲージでのマクスウェルの方程式
以下のローレンツ条件
における電磁ポテンシャル(ベクトルポテンシャル とスカラーポテンシャル )を用いて、マクスウェルの方程式は以下の2組の方程式として表すことができる。
いずれの式も左辺は線形演算子のダランベルシアン□が作用しており、右辺は片やスカラー値の、片やベクトル値の連続関数である。ベクトルについては各々の成分について適用して考えることでスカラーの場合と同様に考えることができる。線形微分方程式に対してはグリーン関数法を考えることで解くことができる。すなわち、
の解となる関数(グリーン関数)を求めることで一般に
なる方程式に対して
として求めることができる。このときのグリーン関数は先進グリーン関数と遅延グリーン関数の2つを得るが、物理的に意味のある遅延グリーン関数を採用することで遅延ポテンシャルを得ることができる。
遅延ポテンシャルを元に電場や磁場を計算するのが一般に運動している物体についての電磁場を検討する際に楽な方法であり、結果としてジェフィメンコ方程式を得ることになる。
電磁波の波動方程式
マクスウェルの方程式から、電磁波の伝搬についての記述を得ることができる[3]。真空または電荷分布がない絶縁体では、電場と磁場が次の波動方程式
を満たすことがマクスウェル方程式から示される。これは電磁場が媒質中を速さ
で伝搬する波動であることを意味する。媒質の屈折率
を導入すれば、は
とも表される。
ここで、真空の誘電率と真空の透磁率の各値から導かれる定数 c の値が光速度の値とほとんど一致する[4]ことから、マクスウェルは光は電磁波ではないかという予測を行った。その予測は1888年にハインリヒ・ヘルツによって実証された。ヘルツはマクスウェルの方程式の研究に貢献したので、マクスウェルの方程式はマクスウェル-ヘルツの(電磁)方程式と呼ばれることもある。
マクスウェルの方程式と特殊相対性理論
19世紀後半を通じて物理学者の大半は、マクスウェルの方程式において光速度が全ての観測者に対して不変になるという予測と、ニュートン力学の運動法則がガリレイ変換に対して不変を保つことが矛盾することから、これらの方程式は電磁場の近似的なものに過ぎないと考えた。しかし、1905年にアインシュタインが特殊相対性理論を提出したことによって、マクスウェルの方程式が正確で、ニュートン力学の方を修正すべきだったことが明確になった。これらの電磁場の方程式は、特殊相対性理論と密接な関係にあり、ローレンツ変換に対する不変性(共変性)を満たす。磁場の方程式は、光速度に比べて小さい速度では、相対論的変換による電場の方程式の変形に結び付けられる。
電場と磁場による表現では、共変性が見にくいため、4元ポテンシャル Aμ を考える。
但し、重複するギリシャ文字に対してはアインシュタインの縮約記法に従って和をとるものとし、計量テンソルは ημν = diag(1, −1, −1, −1) で与えるものとする。また、各ギリシャ文字は 0,1,2,3 の値を取り、0は時間成分、1,2,3は空間成分を表すものとする。特に時空の座標については (x0, x1, x2, x3) = (ct, x, y, z) である。
電磁ポテンシャルから構成される電磁場テンソル
(0a,0bに対応)
を導入する。電場、磁場との対応関係は
となる。
このとき、マクスウェル方程式はローレンツ変換に対しての共変性が明確な形式で、次のような2つの方程式にまとめられる。
(1a,1bに対応)
(2a,2bに対応)
但し、jμ は4元電流密度
である。このとき、電荷の保存則は
(3に対応)
と表される。なお、4元ポテンシャルで表現すると、マクスウェル方程式は次の一つの方程式にまとめられる。
ここで、□はダランベルシアンである。
微分形式による表現
マクスウェルの方程式は多様体理論における微分形式によって簡明に表現することができる[5]。
まず電磁ポテンシャル Aμ により、1次微分形式
を導入する。これに外微分を作用させることで2次微分形式
が定義される。
さらに F のホッジ双対として 2次微分形式
が定義される。
4元電流密度により1次微分形式
を導入し、これのホッジ双対により3次微分形式
を定義すれば、外微分の作用により運動方程式(2a,2b)に対応して
となる。
外微分の性質 ddξ=0 から(1a,1b)に対応する
と、連続の方程式に対応する
が得られる。
脚注
- 出典
参考文献
原論文
書籍
関連項目
外部リンク