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1973年オーストリアグランプリ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
オーストリア 1973年オーストリアグランプリ
レース詳細
1973年F1世界選手権全15戦の第12戦
エステルライヒリンク (1969-76)
エステルライヒリンク (1969-76)
日程 1973年8月19日
正式名称 XI Memphis Großer Preis von Osterreich
開催地 エステルライヒリンク
 オーストリア シュタイアーマルク州 シュピールベルク英語版
コース 恒久的レース施設
コース長 5.911 km (3.673 mi)
レース距離 54周 319.194 km (198.342 mi)
決勝日天候 晴(ドライ)[1]
ポールポジション
ドライバー
タイム 1:34.98
ファステストラップ
ドライバー ブラジルの旗 カルロス・パーチェ
タイム 1:37.29 (46[W 1]周目)
決勝順位
優勝
2位
3位

1973年オーストリアグランプリ (: 1973 Austrian Grand Prix) は、1973年のF1世界選手権の第12戦として、1973年8月19日エステルライヒリンクで開催された。

概要

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レースは54周で行われ、2番手からスタートしたロータスロニー・ピーターソンが優勝した。ティレルジャッキー・スチュワートが2位で最後の表彰台を、サーティースカルロス・パーチェが3位で初の表彰台をそれぞれ獲得した。

背景

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本GPから事故発生時にセーフティカーの導入を義務付けるレギュレーションが施行される[W 2]

エントリー

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フェラーリマウロ・フォルギエリがF1の技術責任者に復帰し、312B3は大改修された[注 1]ジャッキー・イクスはチームへの強い不信感によって事実上絶縁状態にあった[注 2]ため、アルトゥーロ・メルツァリオのみが参加した[2][W 3]

エンサインN173に改修を施して復帰し、テクノも従来のPA123B(PA123/6とも呼ばれる)で復帰した。オランダGPロジャー・ウィリアムソンを失ったマーチジャン=ピエール・ジャリエが戻ってきた。ヘスケスハーベイ・ポスルスウェイトが独自にマーチ・731の改良を施した[W 3]

ウィリアムズ(イソ・マールボロ)アンリ・ペスカロロに代わってジィズ・ヴァン・レネップを再び起用した。LEC・リフリジレーション・レーシングは引き続き欠場する[W 2]

エントリーリスト

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チーム No. ドライバー コンストラクター シャシー エンジン タイヤ
イギリスの旗 ジョン・プレイヤー・チーム・ロータス 1 ブラジルの旗 エマーソン・フィッティパルディ ロータス 72E フォードコスワース DFV 3.0L V8 G
2 スウェーデンの旗 ロニー・ピーターソン
イタリアの旗 スクーデリア・フェラーリ SpA SEFAC 4 イタリアの旗 アルトゥーロ・メルツァリオ フェラーリ 312B3 フェラーリ 001/11 3.0L F12 G
イギリスの旗 エルフ・チーム・ティレル 5 イギリスの旗 ジャッキー・スチュワート ティレル 006 フォードコスワース DFV 3.0L V8 G
6 フランスの旗 フランソワ・セベール
イギリスの旗 ヤードレー・チーム・マクラーレン 7 ニュージーランドの旗 デニス・ハルム マクラーレン M23 フォードコスワース DFV 3.0L V8 G
8 アメリカ合衆国の旗 ピーター・レブソン
イギリスの旗 チェラミカ・パニョッシン・チーム・MRD 9 イギリスの旗 ロルフ・シュトメレン ブラバム BT42 フォードコスワース DFV 3.0L V8 G
イギリスの旗 モーターレーシング・ディベロップメンツ・リミテッド 10 アルゼンチンの旗 カルロス・ロイテマン
11 ブラジルの旗 ウィルソン・フィッティパルディ
イギリスの旗 エンバシー・レーシング 12 イギリスの旗 グラハム・ヒル シャドウ DN1 フォードコスワース DFV 3.0L V8 G
イギリスの旗 クラーク=モーダウント=ガスリー・レーシング 15 イギリスの旗 マイク・ボイトラー マーチ 731 フォードコスワース DFV 3.0L V8 F
アメリカ合衆国の旗 UOP・シャドウ・レーシングチーム 16 アメリカ合衆国の旗 ジョージ・フォルマー シャドウ DN1 フォードコスワース DFV 3.0L V8 G
17 イギリスの旗 ジャッキー・オリバー
イギリスの旗 STP・マーチ・レーシングチーム 18 フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャリエ マーチ 731 フォードコスワース DFV 3.0L V8 G
イギリスの旗 マールボロ・BRM 19 スイスの旗 クレイ・レガツォーニ BRM P160E BRM P142 3.0L V12 F
20 フランスの旗 ジャン=ピエール・ベルトワーズ
21 オーストリアの旗 ニキ・ラウダ
イタリアの旗 マルティーニ・レーシング 22 ニュージーランドの旗 クリス・エイモン テクノ PA123/6 テクノ シリーズP 3.0L F12 F
イギリスの旗 ブルックボンドオクソ・チーム・サーティース 23 イギリスの旗 マイク・ヘイルウッド サーティース TS14A フォードコスワース DFV 3.0L V8 F
24 ブラジルの旗 カルロス・パーチェ
イギリスの旗 フランク・ウィリアムズ・レーシングカーズ 25 ニュージーランドの旗 ハウデン・ガンレイ イソ・マールボロ IR フォードコスワース DFV 3.0L V8 F
26 オランダの旗 ジィズ・ヴァン・レネップ
イギリスの旗 ヘスケス・レーシング 27 イギリスの旗 ジェームス・ハント マーチ 731 フォードコスワース DFV 3.0L V8 F
イギリスの旗 チーム・エンサイン 28 リヒテンシュタインの旗 リッキー・フォン・オペル エンサイン N173 フォードコスワース DFV 3.0L V8 F
出典: [W 4]

追記
  • ^1 - ラウダは前戦ドイツGPで負傷した手首の痛みが癒えず、フリー走行で撤退
  • ^2 - ワトソンはマシンが準備できず欠場[W 2]

予選

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ニキ・ラウダは2週間前の前戦ドイツGPで手首と背中を負傷したが、その痛みが癒えなかったため予選には参加せず、母国グランプリの欠場を余儀なくされた[W 2][1]BRMはラウダの代走を起用せず、予選以降はクレイ・レガツォーニジャン=ピエール・ベルトワーズの2台が参加することになった[W 3]

オランダGPの負傷が癒えたエマーソン・フィッティパルディポールポジションを獲得し、チームメイトのロニー・ピーターソンとともにフロントローを独占した。2列目はマクラーレンの2台、3列目はカルロス・ロイテマンアルトゥーロ・メルツァリオが並ぶ。ロータスとチャンピオンを争うティレル勢はジャッキー・スチュワートが4列目の7番手から、フランソワ・セベールは5列目の10番手からスタートする[W 3]クリス・エイモンテクノ水平対向12気筒エンジンに不満を抱き、決勝の出場を拒否した[3]

予選結果

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順位 No. ドライバー コンストラクター タイム グリッド
1 1 ブラジルの旗 エマーソン・フィッティパルディ ロータス-フォード 1:34.98 - 1
2 2 スウェーデンの旗 ロニー・ピーターソン ロータス-フォード 1:35.37 +0.39 2
3 7 ニュージーランドの旗 デニス・ハルム マクラーレン-フォード 1:35.69 +0.71 3
4 8 アメリカ合衆国の旗 ピーター・レブソン マクラーレン-フォード 1:35.86 +0.88 4
5 10 アルゼンチンの旗 カルロス・ロイテマン ブラバム-フォード 1:36.01 +1.03 5
6 4 イタリアの旗 アルトゥーロ・メルツァリオ フェラーリ 1:36.42 +1.44 6
7 5 イギリスの旗 ジャッキー・スチュワート ティレル-フォード 1:36.44 +1.46 7
8 24 ブラジルの旗 カルロス・パーチェ サーティース-フォード 1:36.48 +1.50 8
9 27 イギリスの旗 ジェームス・ハント マーチ-フォード 1:36.63 +1.65 9
10 6 フランスの旗 フランソワ・セベール ティレル-フォード 1:36.77 +1.79 10
11 15 イギリスの旗 マイク・ボイトラー マーチ-フォード 1:36.83 +1.85 11
12 18 フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャリエ マーチ 1:36.93 +1.95 12
13 20 フランスの旗 ジャン=ピエール・ベルトワーズ BRM 1:37.46 +2.48 13
14 19 スイスの旗 クレイ・レガツォーニ BRM 1:37.52 +2.54 14
15 23 イギリスの旗 マイク・ヘイルウッド サーティース-フォード 1:37.60 +2.62 15
16 11 ブラジルの旗 ウィルソン・フィッティパルディ ブラバム-フォード 1:37.81 +2.83 16
17 9 イギリスの旗 ロルフ・シュトメレン ブラバム-フォード 1:37.85 +2.87 17
18 17 イギリスの旗 ジャッキー・オリバー シャドウ-フォード 1:37.97 +2.99 18
19 28 リヒテンシュタインの旗 リッキー・フォン・オペル エンサイン-フォード 1:38.22 +3.24 19
20 16 アメリカ合衆国の旗 ジョージ・フォルマー シャドウ-フォード 1:38.30 +3.32 20
21 25 ニュージーランドの旗 ハウデン・ガンレイ イソ・マールボロ-フォード 1:39.38 +4.40 21
22 12 イギリスの旗 グラハム・ヒル シャドウ-フォード 1:39.50 +4.52 22
23 22 ニュージーランドの旗 クリス・エイモン テクノ 1:40.39 +5.41 DNS 1
24 26 オランダの旗 ジィズ・ヴァン・レネップ イソ・マールボロ-フォード 1:41.04 +6.06 23
25 21 オーストリアの旗 ニキ・ラウダ BRM no time DNS 2
出典: [W 5][W 6]
追記
  • ^1 - エイモンはエンジンの問題により決勝の出走を拒否した[3]
  • ^2 - ラウダは手首の負傷によりフリー走行で撤退[3]

決勝

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スタートでロニー・ピーターソンロータス)とデニス・ハルムマクラーレン)がポールシッターエマーソン・フィッティパルディ(ロータス)を抜いていく。ピーター・レブソン(マクラーレン)はクラッチのトラブルによりスタートラインから動けず、マーチのプライベーターであったマイク・ボイトラーマイク・ヘイルウッドサーティース)と接触してオイルクーラーにダメージを負って早々にリタイアした[3]

6番手スタートのアルトゥーロ・メルツァリオフェラーリ)は3周目までジャッキー・スチュワートティレル)を抑える好走を見せたが、4周目にスチュワートの先行を許し、その後フランソワ・セベール(ティレル)と接触する。セベールはこの接触でサスペンションが壊れリタイアした。E.フィッティパルディは12周目にハルムを抜き返し、ロータスの1-2体制が出来上がる。ハルムはエンジンのプラグが緩んだためピットインを強いられた[3]

16周目[3]、ロータス陣営はピーターソンに対し、得点上位で2年連続のチャンピオンを目指すE.フィッティパルディ[注 3]を先行させるチームオーダーを出した。ピーターソンはしぶしぶこれに従い、E.フィッティパルディに首位の座を譲った[4]。ロータス勢に次ぐ3位に浮上していたスチュワートはカルロス・パーチェ(サーティース)の猛追を受け始めるも、この順位のままレースは続いていく[3]

しかし、残り5周となった49周目にE.フィッティパルディの燃料パイプが壊れ、コース上にマシンを止めた。レースはピーターソンが制したが、スチュワートも2位に食い込みポイントを66点とし、E.フィッティパルディとのポイント差を24点に広げて3度目のチャンピオン獲得を確実なものとした[3]コンストラクターズチャンピオン争いはロータスが首位ティレルとの差を9点に縮めている[W 2]

3位のパーチェは初の表彰台を獲得した。4位はカルロス・ロイテマンブラバム)、ジャン=ピエール・ベルトワーズクレイ・レガツォーニBRM勢が5-6位となった[W 2]

レース結果

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順位 No. ドライバー コンストラクター 周回数 タイム/リタイア原因 グリッド ポイント
1 2 スウェーデンの旗 ロニー・ピーターソン ロータス-フォード 54 1:28:48.78 2 9
2 5 イギリスの旗 ジャッキー・スチュワート ティレル-フォード 54 +9.01 7 6
3 24 ブラジルの旗 カルロス・パーチェ サーティース-フォード 54 +46.64 8 4
4 10 アルゼンチンの旗 カルロス・ロイテマン ブラバム-フォード 54 +47.91 5 3
5 20 フランスの旗 ジャン=ピエール・ベルトワーズ BRM 54 +1:21.30 13 2
6 19 スイスの旗 クレイ・レガツォーニ BRM 54 +1:38.40 14 1
7 4 イタリアの旗 アルトゥーロ・メルツァリオ フェラーリ 53 +1 Lap 6
8 7 ニュージーランドの旗 デニス・ハルム マクラーレン-フォード 53 +1 Lap 3
9 26 オランダの旗 ジィズ・ヴァン・レネップ イソ・マールボロ-フォード 52 +2 Laps 23
10 23 イギリスの旗 マイク・ヘイルウッド サーティース-フォード 49 +5 Laps 15
Ret 1 ブラジルの旗 エマーソン・フィッティパルディ ロータス-フォード 48 燃料システム 1
NC 25 ニュージーランドの旗 ハウデン・ガンレイ イソ・マールボロ-フォード 44 規定周回数不足 21
Ret 18 フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャリエ マーチ-フォード 37 エンジン 12
Ret 28 リヒテンシュタインの旗 リッキー・フォン・オペル エンサイン-フォード 34 燃料システム 19
Ret 11 ブラジルの旗 ウィルソン・フィッティパルディ ブラバム-フォード 31 燃料システム 16
Ret 12 イギリスの旗 グラハム・ヒル シャドウ-フォード 28 サスペンション 22
Ret 16 アメリカ合衆国の旗 ジョージ・フォルマー シャドウ-フォード 23 ディファレンシャル 20
Ret 9 西ドイツの旗 ロルフ・シュトメレン ブラバム-フォード 21 ホイール 17
Ret 17 イギリスの旗 ジャッキー・オリバー シャドウ-フォード 9 燃料システム 18
Ret 6 フランスの旗 フランソワ・セベール ティレル-フォード 6 サスペンション 10
Ret 27 イギリスの旗 ジェームス・ハント マーチ-フォード 3 燃料噴射装置 9
Ret 8 アメリカ合衆国の旗 ピーター・レブソン マクラーレン-フォード 0 クラッチ 4
Ret 15 イギリスの旗 マイク・ボイトラー マーチ-フォード 0 接触 11
DNS 22 ニュージーランドの旗 クリス・エイモン テクノ エンジン/撤退[1]
DNS 21 オーストリアの旗 ニキ・ラウダ BRM 予選非計時のみ/腕の痛み[1]
出典: [W 7]
優勝者ロニー・ピーターソンの平均速度[W 8]
215.640 km/h (133.992 mph)
ファステストラップ[W 1]
ラップリーダー[W 9]
太字は最多ラップリーダー
達成された主な記録

第12戦終了時点のランキング

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  • : トップ5のみ表示。前半8戦のうちベスト7戦及び後半7戦のうちベスト6戦がカウントされる。ポイントは有効ポイント、括弧内は総獲得ポイント。

脚注

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注釈

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  1. ^ マシン名は「312B3S」とも呼ばれた。Sはイタリア語で「実験的な(スペリメンターレ(Sperimentale))」を意味する。
  2. ^ 前戦ドイツGPはフェラーリの欠場により、イクスはマクラーレンから参加している。
  3. ^ レース前の時点のポイントはスチュワートが60点、E.フィッティパルディが42点であり、45点のセベールにも先行されていた。

出典

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書籍
  1. ^ a b c d (林信次 1993, p. 124)
  2. ^ (アラン・ヘンリー 1989, p. 274-275)
  3. ^ a b c d e f g h 赤井邦彦「オーストリア・グランプリ」『AUTO SPORT No.128』、三栄書房、1973年10月15日、89-92頁。 
  4. ^ (林信次 1993, p. 56)
ウェブサイト
  1. ^ a b Austria 1973 - Best laps”. STATS F1. 2024年3月14日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h Austria 1973” (フランス語). STATS F1. 2024年3月14日閲覧。
  3. ^ a b c d Austrian GP, 1973” (英語). grandprix.com. 2023年2月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年3月14日閲覧。
  4. ^ Austria 1973 - Race entrants” (英語). STATS F1. 2024年3月2日閲覧。
  5. ^ Austria 1973 - Qualifications” (英語). STATS F1. 2024年3月14日閲覧。
  6. ^ Austria 1973 - Starting grid” (英語). STATS F1. 2024年3月14日閲覧。
  7. ^ 1973 Austrian Grand Prix” (英語). formula1.com. 3 September 2014時点のオリジナルよりアーカイブ。22 December 2015閲覧。
  8. ^ Austria 1973 - Result” (英語). STATS F1. 2024年3月14日閲覧。
  9. ^ Austria 1973 - Laps led” (英語). STATS F1. 2024年3月14日閲覧。
  10. ^ 戦績:C.パーチェ”. F1 DataWeb. 2024年3月14日閲覧。
  11. ^ 戦績:サーティース”. F1 DataWeb. 2024年3月14日閲覧。
  12. ^ a b FIA Formula One World Championship 1973 Austrian Grand Prix Standings” (英語). Motorsport Stats. 2024年3月14日閲覧。

参照文献

[編集]
  • Wikipedia英語版 - en:1973 Austrian Grand Prix(2024年2月12日 8:55:41(UTC))
  • 林信次『F1全史 1971-1975 [名手スチュワートの退場/若手精鋭たちの新時代]』ニューズ出版(現:三栄)、1993年。ISBN 4-938495-05-8 
  • アラン・ヘンリー 著、早川麻百合/島江政弘 訳『チーム・フェラーリの全て』CBS・ソニー出版、1989年。ISBN 4-7897-0491-2 
  • AUTO SPORT No.128 1973年10月15日号(三栄書房

外部リンク

[編集]
前戦
1973年ドイツグランプリ
FIA F1世界選手権
1973年シーズン
次戦
1973年イタリアグランプリ
前回開催
1972年オーストリアグランプリ
オーストリアの旗 オーストリアグランプリ 次回開催
1974年オーストリアグランプリ