防府駅

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防府駅*
Hofu Station, Minatoguchi.jpg
みなとぐち
ほうふ
Hōfu
富海 (7.2 km)
(7.8 km) 大道
所在地 山口県防府市戎町一丁目1-1
北緯34度3分12.37秒 東経131度34分8.29秒 / 北緯34.0534361度 東経131.5689694度 / 34.0534361; 131.5689694座標: 北緯34度3分12.37秒 東経131度34分8.29秒 / 北緯34.0534361度 東経131.5689694度 / 34.0534361; 131.5689694
所属事業者 西日本旅客鉄道(JR西日本)
所属路線 山陽本線
キロ程 441.4 km(神戸起点)
電報略号 ホフ
ミタ(三田尻駅時代)
駅構造 高架駅
ホーム 1面2線
乗車人員
-統計年度-
4,292人/日(降車客含まず)
-2019年-
開業年月日 1898年明治31年)3月17日
備考 有人駅
みどりの窓口
* 1962年に三田尻駅から改称。
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てんじんぐち

防府駅(ほうふえき)は、山口県防府市戎町一丁目にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)山陽本線

概要[編集]

開業時の駅名は三田尻駅(みたじりえき)。

歴史[編集]

駅構造[編集]

構内(左側が1番のりば、右側が2番のりば)
1991年下関方から高架工事中の駅構内(手前左側の上り線を一部残して防石鉄道のSLが保存されている)
専用線の跡

現在は島式1面2線のホームを持つ高架駅である。分岐器絶対信号機を持たないため、停留所に分類される。駅構内にはみどりの窓口みどりの券売機がある。2009年3月には改札口からホームへのエレベーターが設置された。南北2箇所ある駅出口にはそれぞれ愛称があり、北口は防府天満宮にちなんで「てんじんぐち」、南口は三田尻中関港にちなんで「みなとぐち」と名付けられている。

のりば[編集]

のりば 路線 方向 行先
1 山陽本線 上り 徳山岩国方面
2 下り 新山口下関方面
高架化前(1978年頃)の防府駅構内(門司方より神戸方を望む)。左手上側の貨物上屋の上側の詰所群が防府保線区(当時は光~四辻駅を管轄)、左手下側に防石鉄道の駅舎とホーム(この時点でバス乗り場として存在)昭和初期まではホーム右手の側線3線の右手にレンガ造り4線の三田尻機関庫や転車台が存在した。1977年まではホーム横の側線3線の右手に数棟ある詰所の門司側、側線に挟まれた箇所に三田尻機関庫設置時代からの高架給水塔が存在した。貨物駅が設置されており画像上側方向へ3線のびる右手の線路が、カネボウ、協和発酵、専売公社工場方面への企業引込線になる。画像下側の3線のうち右手の側線は下り引き上げ線。高架工事開始までは、貨物入替用に厚狭機関区のDEが常駐していた。現在の高架駅舎は島式ホーム右手の側線部に存在し、地上駅舎時代のホームはてんじん口のロータリーに、旧機関庫周辺にみなと口、保線区の周囲に防府地域交流センターのアスピラート、側線右手にある宝酒造防府工場の場所がイオン防府店となっている。

駅弁[編集]

防府駅高架化工事に伴い「木村寿軒」が一旦休業後、1階コンコースへ店舗を再開した。現在は閉店し、菓子店になっている。

駅周辺[編集]

元々の出入口のあったてんじんぐち周辺が古くからの市街地であるが、連続立体高架に併せたみなとぐち西側の区画整理が完了し、開発が進んでいる。

てんじんぐち周辺[編集]

ルルサス防府

駅前から北に向かって山口県道54号防府停車場線が延びる。

みなとぐち周辺[編集]

三田尻中関港重要港湾

路線バス[編集]

てんじんぐちに4面、みなとぐちに3面の7面のバスターミナルを有する(乗り場番号は両ターミナルで通し番号となっている)。バス発券窓口は駅舎にはないが、防長交通案内所がてんじんぐち近くにある。

防長交通の防府市内線の拠点となっているほか、中国JRバス防長線)も乗り入れる。

てんじんぐち乗り場[編集]

1番のりば - 4番のりば。

1番のりば(中国JRバス防長交通
2番のりば
  • 坂本団地 - 阿弥陀寺方面、毛利本邸 - 大平山ロープウェイ方面、
  • 中山 - 堀方面、和字 - 堀方面
3番のりば
4番のりば 

みなとぐち乗り場[編集]

5番のりば - 7番のりば。全て防長交通が使用。

5番のりば
  • 堀口通 - 中浦方面、市役所 - 中浦方面
  • 堀口通 - 鶴浜工業団地
6番のりば
  • 市役所 - 四辻・西浦小茅方面
  • 堀口通 - 小田港方面/三田尻港方面
7番のりば

利用状況[編集]

1日の平均乗車人員は以下の通りである。

乗車人員推移
年度 1日平均人数
1999 4,411
2000 4,318
2001 4,281
2002 4,227
2003 4,225
2004 4,306
2005 4,292
2006 4,182
2007 4,163
2008 4,133
2009 4,019
2010 4,004
2011 4,076
2012 4,073
2013 4,190
2014 3,976
2015 4,139
2016 4,160
2017 4,258
2018 4,370
2019 4,292

鉄道唱歌[編集]

1900年(明治33年)に大和田建樹が作詞した鉄道唱歌第2集(山陽・九州篇)25番の歌詞は、三田尻駅を題材にしている。

出船入船たえまなき 商業繁華の三田尻は 山陽線路のをはり(終わり)にて 馬關に延ばす汽車のみち

当時は馬関駅(現在の下関駅)開業前[2]で、三田尻駅が山陽鉄道の終点駅だった。この後鉄道唱歌では、徳山駅まで一旦戻って海路で門司へ行き、そこから九州鉄道線に入っていった。

隣の駅[編集]

西日本旅客鉄道
山陽本線
富海駅 - 防府駅 - 大道駅

かつて存在した路線[編集]

防石鉄道
防石鉄道線
防府駅 - 周防宮市駅

脚注[編集]

  1. ^ “山陽線防府付近 下り線高架が完成 JR西日本 29日から使用開始”. 交通新聞 (交通新聞社): p. 1. (1993年10月16日) 
  2. ^ 大和田本人は下関開業後に作詞したかったと回顧している。

外部リンク[編集]