第一航空

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第一航空
First Flying
IATA
--
ICAO
DAK[1]
コールサイン
登録記号 (JAxxxx) に準拠[2][要出典]
法人番号 3122001019260
設立 1966年6月14日
拠点空港 八尾空港
広島ヘリポート
保有機材数 12機
本拠地 大阪府大阪市
代表者 代表取締役社長 木田 準一
外部リンク http://dai1air.com/
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第一航空株式会社
First Flying Co., LTD.
種類 株式会社
略称 FFC、DAK
本社所在地 日本の旗 日本
556-0011
大阪府大阪市浪速区難波中1丁目16番11-203号
設立 1966年6月14日
業種 空運業
法人番号 3122001019260
事業内容 遊覧飛行、操縦訓練、航空写真撮影
代表者 代表取締役社長 木田 準一
資本金 30,000,000円
外部リンク http://dai1air.com/
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第一航空株式会社(だいいちこうくう、: First Flying Co., LTD.)は、大阪府八尾市八尾空港を拠点空港として、小型航空機ヘリコプターを運航し、不定期航空路線事業や遊覧飛行、操縦訓練、航空写真撮影、広告宣伝などの事業を行っている会社である。 略称として英語社名の「First Flying Co.,LTD.」に由来するFFCを使用しているが、ICAO航空会社コード「Daiichi Air K.K.」に由来する[要出典]DAKである。

概要[編集]

大阪の八尾空港内に八尾事業本部、広島ヘリポート内に広島事業所を設置している。 航空機の操縦教育・訓練機関として第一飛行学校を開設。依頼を受けて航空写真の撮影を請け負ったり遊覧飛行を行ったりしている。

保有機材[編集]

2019年現在

不定期航空路線事業[編集]

第一航空は不定期航空事業の経験がなかったが、経営破綻した旧エアードルフィンの一部スタッフが同社に企画書を持ち込み社長に直談判した結果、実現したというエピソードがある[5]。沖縄事業所が扱う航空路線の予約・案内等は同事業所のみで扱っている。

運行当初沖縄路線に使用されていたBN-2B

2008年11月27日、従来琉球エアーコミューター (RAC) が運航しており一時運休が検討されていた那覇 - 粟国線を継承することを発表[6]し、2009年6月19日より運航を開始した。

2008年12月16日には、従来航空路線のなかった徳之島 - 沖永良部島 - 那覇線の新設も発表され、2009年6月20日に1日1往復(のち2往復に増便)の就航を開始した。航空機は9人乗りのブリテン・ノーマン アイランダーを2機使用する[7]

2009年にRACが撤退した後にエアードルフィンがチャーター便を就航させたものの2008年に同社が経営破綻し、運休状態となっている石垣 - 波照間線の運航について竹富町より要請を受け、就航を検討してるとの報道がなされた[8]が、同社の既設路線の実績が思わしくないことに加え、波照間海運がフェリーの運航日を増やしたり新型の双胴高速船を投入し就航率を引き上げたこともあり[要出典]この時は具体化しなかった。

2013年10月には同じく運休となっている石垣 - 多良間線とともに、就航を検討するため地元自治体との協議会が発足した[9][10]

撤退発表と国・沖縄県の支援表明[編集]

粟国線では当初、見込んでいた80%の搭乗率を大幅に下回る55%と利用が低迷し、会社が想定した赤字の限度額を僅か1年で越える状態となってしまった[11]。 このため、2010年9月15日に那覇 - 粟国、那覇 - 沖永良部 - 徳之島の両路線から撤退し、沖縄事業所を閉鎖することを発表した[11]が、後に機材繰りを見直すとともに国土交通省からの補助金を受けることで運航を継続すると発表した。また、10月以降は沖縄県からの補助金を受けることにより運賃が3割引き下げられることとなった[12]

かつて就航していた路線[編集]

不定期航空路線であり、乗客がいない場合は運休することがあった。 那覇空港での乗降は滑走路海側にある同社格納庫前で行っており、ターミナルビルとの間は送迎車を利用していた。

  • 那覇空港 - 粟国空港(2015年8月の事故により運休、その後2018年1月より再開したが[13]2018年4月より再度運休)
  • 那覇空港 - 慶良間空港[14](2013年9月から同年10月のみ、期間限定で運航していた[15]。)
  • 那覇空港 - 沖永良部空港 - 徳之島空港(2015年3月より休止中)運航時、不定期運送事業のため沖永良部経由徳之島便は日により沖永良部止めとなる場合があった。

事故[編集]

  • 2008年8月19日午前10時8分頃、八尾空港に着陸するために接近していたセスナ TU206F(登録記号 : JA3721)が空港近くの国道170号線に不時着し同乗者1人が軽傷を負った[16]
  • 2015年8月28日午前8時55分頃、沖縄県粟国村の粟国空港で那覇発粟国行きのバイキング・エアDHC-6-400 ツインオッター(JA201D)が接地後、滑走路を逸脱しフェンスに衝突。機体を中破した[17]。運航再開の時期は示されていない[18]が、2017年3月28日に運輸安全委員会は事故に関連した勧告について、同社から必要な措置を講じたとの報告受けたと発表[19][20]。これを受け事故破損した該当機は一度分解され、製造元メーカーがあるカナダに輸送、一時は登録抹消されていたが、修理後、カナダと日本の耐空証明を取得し、同年7月20日には再度復籍となったが、沖縄路線については完全撤退しており、現在は機体の維持のみ行なっている。また、今後の活用などは依然、不明のままである。[21][22]

脚注[編集]

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  1. ^ 航空路誌(AIP)ENR 1.10-16
  2. ^ 航空会社リンク - Rainbow Island ※「レインボードルフィン」による私設サイト。[出典無効]
  3. ^ 第一航空、日本初のツインオッター400のブルーとピンクの2機が到着 -FlyTeam ニュース 2015年3月27日
  4. ^ 第一航空、沖縄路線でアイランダーからツインオッターに機材を変更 -FlyTeam ニュース 2015年8月7日
  5. ^ 日本一小さな航空事業がテイクオフ 第一航空株式会社 沖縄事業所 - 日報ビジネス(ハブクリエイト、2009年7月12日付)
  6. ^ 粟国路線の運航継承/第一航空、来年6月から - 沖縄タイムス(2008年11月27日付夕刊)
  7. ^ 徳之島-沖永良部-那覇線 来年6月就航/第一航空 - 南日本新聞(2008年12月17日付)
  8. ^ 運休の石垣〜波照間航空路線 第一航空と運航折衝 - 八重山毎日新聞(2009年7月12日付)
  9. ^ 石垣-多良間、波照間線 第一航空が参入に意欲 - 琉球新報(2013年10月2日付、同年12月22日閲覧)
  10. ^ 第一航空が検討、再開向け協議会 石垣線 - 沖縄タイムス(2013年10月3日付、同年12月22日閲覧)
  11. ^ a b 第一航空が沖縄撤退 事業所閉鎖 社員解雇へ - 琉球新報(2010年7月23日付、2013年3月11日閲覧)
  12. ^ 那覇―粟国 継続を表明 第一航空 補助で赤字補てん - 沖縄タイムス(2010年9月14日付)
  13. ^ 待ちに待った島民の〝足〟が復活 第一航空の粟国便が再開 約2年5カ月ぶり 琉球新報 https://ryukyushimpo.jp/news/entry-646839.html
  14. ^ [1] - 第一航空[リンク切れ]
  15. ^ 第一航空が検討、再開向け協議会 石垣線 - 沖縄タイムス(2013年10月3日付、同年12月22日閲覧)
  16. ^ 航空事故調査報告書 第一航空株式会社所属 JA3721 (PDF) - 国土交通省 運輸安全委員会(2009年11月27日付、AA2009-10)
  17. ^ “粟国空港で第一航空機が着陸失敗、柵に衝突 11人軽傷”. 沖縄タイムス. (2015年8月28日). http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=130662 2015年9月2日閲覧。 
  18. ^ 事業改善命令を受け (PDF) - 第一航空(2016年3月4日付)
  19. ^ 航空事故調査報告書
  20. ^ [2]
  21. ^ 第一航空、粟国でオーバーランのツインオッター「JA201D」を復籍
  22. ^ 運休続く那覇─粟国線、9月に2年ぶり再開へ 第一航空が意向示す

外部リンク[編集]