水無田気流

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
水無田気流
KIRYU MINASHITA.JPG
水無田気流講演会
ペンネーム 水無田気流、田中理恵子
誕生 1970年(46–47歳)[1]
日本の旗 日本 神奈川県 相模原市
職業 詩人、社会学者
言語 日本語
国籍 日本の旗 日本
最終学歴 早稲田大学大学院社会科学研究科博士後期課程単位取得満期退学(修士)
活動期間 2002年 -
ジャンル 現代詩
代表作 音速平和 sonic peace
主な受賞歴 中原中也賞(2006)
晩翠賞(2008)
配偶者 田中人
子供 1人
公式サイト Being-in-the-WIREDWORLD
Portal.svg ウィキポータル 文学
テンプレートを表示

水無田 気流(みなした きりう、女性[1]1970年 - )は、日本詩人社会学者國學院大學経済学部教授。神奈川県相模原市出身、東京都在住。早稲田大学大学院社会科学研究科博士後期課程単位取得満期退学。社会学の分野では、本名の田中 理恵子(たなか りえこ)としても活動している[2]立教大学社会学部の兼任講師[3]。夫は社会学者の田中人(たなか まさと)[4][5]

略歴[編集]

1970年に、神奈川県相模原市のベッドタウンで、サラリーマンの父と専業主婦の母との間に産まれた[6]

2002年から、水無田気流の筆名で思潮社の『現代詩手帖』に詩作品の投稿をはじめ、2003年に第41回現代詩手帖賞を受賞。2005年に『音速平和 sonic peace』(思潮社)を出版、翌年に同作で第11回中原中也賞受賞。2008年、『Z境』で第49回晩翠賞受賞。

なおこの筆名は、中原中也の「蝉」にある「水無河原」と、松尾芭蕉の「不易流行」をとり、当て字にしたものである[1]

また社会学者としても活動し、学術論文の執筆などを行うほか、2008年には初の新書『黒山もこもこ、抜けたら荒野 デフレ世代の憂鬱と希望』を出版した。

東京工業大学世界文明センターフェロー桐蔭横浜大学スポーツ健康政策学部非常勤講師だった。

2013年度朝日新聞書評委員に就任。

2016年4月より國學院大學経済学部教授[7]

「後ろ向きの男女平等」という言葉を作った[8]

著書[編集]

詩集[編集]

その他[編集]

  • 『黒山もこもこ、抜けたら荒野 デフレ世代の憂鬱と希望』(2008年、光文社新書
  • 『無頼化する女たち』(2009年、洋泉社、新書y)
  • 『平成幸福論ノート 変容する社会と「安定志向の罠」』田中理恵子(2011年、光文社新書)
  • 『無頼化した女たち』(2014年、亜紀書房
  • 『シングルマザーの貧困』(2014、光文社新書)
  • 『「居場所」のない男、「時間」がない女』日本経済新聞出版社 2015

共著[編集]

田中理恵子としての活動[編集]

  • クローズアップ現代「大人も“かわいい!”」(NHK、2010年5月13日)
  • 平成幸福論ノート 変容する社会と「安定志向の罠」(2011年3月、光文社新書)

テレビ[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 水無田 (2008) p.11
  2. ^ ヒビコレセーフ! ヒビコレアウト? プロフィール欄、幻冬舎plus、2014年5月5日閲覧。
  3. ^ 「社会覆うポエム、曖昧さ危惧 責任ある言葉 発し続ける」日本経済新聞2014年5月28日夕刊18面
  4. ^ 水無田 (2008) p.230
  5. ^ 早稲田大学社会科学総合学術院講師。専門:社会哲学(現代文化論、コミュニティ論)早稲田大学大学院社会科学研究科修士課程修了。博士後期課程単位取得満期退学。主な著書に『甦るコミュニティ 哲学と社会科学の対話』共著(文眞堂)、訳書に『ポストモダニティの起源』共訳(こぶし書房)ほか。社会・文化・地域に関わる領域 | 講師紹介 | 日本語講師養成講座 | 朝日カルチャーセンター、朝日カルチャーセンター、2015年1月26日閲覧。
  6. ^ 水無田 (2008) p.14
  7. ^ 國學院大學 研究者データベースより検索、2016年10月28日閲覧。
  8. ^ 「働く女性が〈子どもを産む自由〉を得られる日は来るのか?――社会学者・水無田気流インタビュー」ハフィントン・ポスト、2014年05月13日

参考文献[編集]

  • 水無田気流『黒山もこもこ、抜けたら荒野 デフレ世代の憂鬱と希望』(2008年、光文社新書)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]