数学基礎論
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英: foundations of mathematics[1], mathematical logic and foundations of mathematics[2])は、現在の日本では、もっぱら数理論理学[3][4][5](mathematical logic[3])を指す言葉として使われる[3][4][5][注 1]。
(すうがくきそろん、概要[編集]
数学書での解説[編集]
数学辞典での解説[編集]
- 『岩波 数学入門辞典』:数理論理学や超数学(metamathematics[5]、メタ数学)とほぼ同義であり[7]、「論理を扱う数学の一分野」[7][注 2]。
- 『岩波 数学辞典』:「数学基礎論 … mathematical logic and foundations of mathematics … 数学基礎論はこの〔数学的理論の〕形式化の構文論的側面と意味論的側面の双方からの視点を意識した研究の行われる分野である. … 近年はより適切に数理論理学と呼ばれることも多くなった」[9][注 3].
百科事典での解説[編集]
- 『Encyclopedia Britannica(ブリタニカ百科事典)』:「要約 … 数学基礎論とは、数学理論の本質および数学手法の範囲に対する科学的探究。数学基礎論は、論理的および哲学的な数学基礎に対する探究としてのユークリッド『原論』と共に始まった──突き詰めると、(ユークリッド幾何学であれ微積分学であれ)あらゆる体系の公理がその完全性と一貫性を保証できるかどうかである」[11][注 4]。
他[編集]
かつてはヒルベルトとベルナイスの『数学の基礎』に基づき、ヒルベルト・プログラムによって数学の諸体系の無矛盾性証明を行う超数学 (metamathematics) としての証明論を指す言葉であった[12][注 5]。
歴史[編集]
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19世紀末に、ゲオルク・カントルにより、集合が考えられた。集合にもとづいた数学の再整理は大きな成果を生み、数学において欠くべからざる道具となってきた。一方、バートランド・ラッセルは、素朴な集合の取り扱い(内包公理)により「自分自身を要素としない集合全体の”集まり”」も集合とされるが、左記の集合は、それ自身を要素としない時、その時に限り自身を要素とするという矛盾を引き起こすことをラッセルのパラドックスとして指摘した。ここに、数学の基礎付けの問題が発生した。
パラドックスをめぐる立場は、大きく論理主義、直観主義、形式主義の3つに分けられる。
論理主義は、数学を論理学の上に基礎づける立場で、フレーゲの独創的な仕事に始まる。実は、ラッセルのパラドックスはフレーゲによる論理体系の矛盾を指摘したものであったが、その後、ラッセルは『数学原理』によってラッセルのパラドックスも解決する。 しかし、そこに用いられた公理は、もはや論理的に自明とはいえず、本来の数学の基礎付けの目的を達成したとはいえないものとなった。
直観主義は、数学的な対象や真理が、精神活動によって直接とらえられるものとする立場で、ブラウワーが提唱した。彼は数学における構成的方法を重視したが、そのため排中律の無制限な使用が不当であると非難した。たとえば、「自然数の狭義減少数列は、かならずある項で最小値をとる」という定理は、「自然数の狭義減少数列で、どの項をとってもその先により小さい項をもつものがある」という前提から矛盾を導くことで証明されるが、一方、任意の自然数の狭義減少数列に対して、どの項が最小値となるか具体的に構成する方法があるわけではない。したがって、直観主義の立場では「自然数の狭義減少数列は、かならずある項で最小値をとる」とはいえず、「自然数の狭義減少数列は、かならずある項で最小値をとることがないとはいえない」と二重否定の形で述べざるを得ないことになる。排中律を制限した非古典論理としての直観主義論理に基づく数学は、通常の排中律を認める古典論理に基づく数学とは異なる形のものとなる。
形式主義は、数学を公理と推論法則によるゲームとみなし、有限の立場により数学の無矛盾性を証明するによるヒルベルト・プログラムによって、数学の基礎付けを行う立場で、ダフィット・ヒルベルトが提唱した。ヒルベルト・プログラムは、「数学の証明を研究する数学」としての超数学である証明論を生み出した。一方、ゲーデルの不完全性定理によって「自然数論を含む帰納的公理化可能な理論が無矛盾であれば、それ自身の無矛盾性証明が存在しない」ことが示され、ヒルベルト・プログラムは一応の決着をみた。ゲーデルの仕事により、数学の形式体系の構文論(証明論)のみならず、意味論(モデル理論)や、計算可能性に関する再帰理論の研究が進むことになり、数学基礎論から数理論理学へと進化していった。
(以上、岩波数学辞典第4版の記載に基づく。ただし、直観主義の説明中の例は、照井一成「コンピュータは数学者になれるのか?」(青土社)の例から拝借した。)
日本では、数学基礎論は、歴史的経緯により、本来の数学の基礎付けの意味だけでなく、それに用いられる超数学および数理論理学の意味でも用いられる。
影響[編集]
数学を人間の精神活動から離れて、形式主義的にかつ有限の立場から検証しなおすことにより、計算機科学の基礎と発展に大きく寄与した。たとえば、今まで自明なものとして受け入れられていた多くの数論的関数を有限の立場から考察することにより、アルゴリズムの研究に直接の影響を与えた。プログラミング言語で必ず登場するデータ型の形式的宣言や論理構造、関数の概念は遠くは数学基礎論に由来する。数学基礎論で活躍したフォン・ノイマンやチューリングが後に計算機科学において先駆的な役割を果たした。そのような意味で数学基礎論は単なる机上の空論ではなく、むしろコンピュータをインフラの一つとする現代社会の形成に多大な影響を与えた[要出典]。
脚注[編集]
注釈[編集]
- ^ 以下、新井敏康の『数学基礎論 Mathematical Logic』(増補版 2021年)からの引用[3]。
以下、菊池誠の『不完全性定理 The Incompleteness Theorems』(2014年)からの引用[4]。数学基礎論 (Mathematical Logic, 数理論理学, 通称「基礎論」) - ^ 以下、『岩波 数学入門辞典』(2005年)からの引用[1][8]。
数学基礎論
foundations of mathematics
数理論理学や超数学とほぼ同じ意味で,論理を扱う数学の一分野である. … ゲーデルの不完全性定理は有限の立場(形式主義)で数学の無矛盾性を証明することはできないことを示した.ゲンツェン(Gentzen)は,有限の立場より緩い制限のもとで自然数論の無矛盾性を証明した.
数学基礎論は計算機科学〔コンピュータ科学〕とも密接に結びついている.数理論理学
mathematical logic
数学の理論を展開する際にその骨格となる論理の構造を研究する分野をいう.数学基礎論とほぼ同義である. - ^ 以下、『岩波 数学辞典』(2011年)からの引用[9]。
数学基礎論
[英]mathematical logic and foundations of mathematics
…
数学の基礎づけの問題と数学基礎論の発生
…
集合概念の有効な方法が,逆理に導く用法とすこぶる類似していること,その逆理がほとんど形式論理の範囲内で現れることは,数学における概念構成法,論法についての数学的な反省を促し,ここに数学の基礎づけの問題が発生した.[2]
…
数学の基礎づけの問題自体はK. ゲーデルの不完全性定理により一応の結着を見ることになるが,それまでの過程で,数学的理論の形式化によって生じる形式体系の構文論や意味論の概念が意識されるようになり,そこに数学的問題が存在することが明らかになった.数学基礎論はこの形式化の構文論的側面と意味論的側面の双方からの視点を意識した研究の行われる分野である.数学基礎論という名称は上記に挙げた歴史的事情に基づくものであり,近年はより適切に数理論理学と呼ばれることも多くなった.[5]
…
計算機科学〔コンピュータ科学〕と数学基礎論はチューリング機械をはじめとする様々な計算モデル,計算可能関数の理論の精密化・計量化である計算量理論,自動証明における導出原理,型理論と Curry-Howard の同型対応などいくつもの分野で密接な繋がりを持っている(→34 エルブランの定理と導出原理,64 型理論とλ計算).[10] - ^ 以下、『ブリタニカ百科事典』からの原文引用:
Summary
...
foundations of mathematics, Scientific inquiry into the nature of mathematical theories and the scope of mathematical methods. It began with Euclid’s Elements as an inquiry into the logical and philosophical basis of mathematics—in essence, whether the axioms of any system (be it Euclidean geometry or calculus) can ensure its completeness and consistency.[11] - ^ キューネン『数学基礎論講義』の内容は集合論・モデル理論・証明論・再帰理論という数理論理学の四大分野である[要ページ番号]。
出典[編集]
- ^ a b 青本 et al. 2005, p. 294.
- ^ a b 日本数学会(編) 2011, p. 573.
- ^ a b c d 新井 2021, p. iv.
- ^ a b c 菊池 2014, p. iii.
- ^ a b c d 日本数学会(編) 2011, p. 575.
- ^ 新井 2021, p. ix.
- ^ a b 青本 et al. 2005, p. 294, 297.
- ^ 青本 et al. 2005, p. 297.
- ^ a b 日本数学会(編) 2011, p. 573, 575.
- ^ 日本数学会(編) 2011, p. 576.
- ^ a b Lambek, Joachim. “foundations of mathematics | History & Facts | Britannica” (英語). Encyclopedia Britannica. Encyclopædia Britannica, Inc.. 2022年9月25日閲覧。
- ^ 竹内外史・八杉満利子『数学基礎論』共立出版(初版1956)[要ページ番号]
参考文献[編集]
- 新井, 敏康『数学基礎論 Mathematical Logic』(増補版第1刷)東京大学出版会、2021年4月9日。ISBN 978-4130629270。
- 菊池, 誠『不完全性定理 The Incompleteness Theorems』(初版1刷)共立出版、2014年10月25日。ISBN 978-4320110960。
- ケネス・キューネン:「キューネン数学基礎論講義」、日本評論社、ISBN 978-4-535-78748-3(2016年7月)。
数学辞典[編集]
- 青本和彦(編); 上野健爾(編); 加藤和也(編); 神保道夫(編); 砂田利一(編); 高橋陽一郎(編); 深谷賢治(編); 俣野博(編) ほか『岩波 数学入門辞典』(第1刷)岩波書店、2005年9月29日。ISBN 978-4000802093。
- 日本数学会(編)『岩波 数学辞典』(第4版第3刷)岩波書店、2011年10月25日。ISBN 978-4000803090。