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愛国百人一首

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

愛国百人一首(あいこくひゃくにんいっしゅ、旧字体: 愛國百人一首)は、いわゆる異種百人一首のひとつ。戦時中の翼賛運動の一環として、「愛国の精神が表現された」とする名歌百首を選んだもので、皇室への崇敬を筆頭に、国土愛や家族愛の歌が採られている。カルタとしての遊び方については、百人一首の項を参照のこと。

歴史

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日本文学報国会情報局の後援、大政翼賛会の賛助、東京日日新聞大阪毎日新聞の協力を得て企画された。選定委員は佐佐木信綱土屋文明釈迢空斎藤茂吉太田水穂尾上柴舟窪田空穂吉植庄亮川田順齋藤瀏松村英一北原白秋ら12名[注 1]。企画目的は「聖戦下の国民精神作興」であり、選定基準は「万葉時代から幕末までの詠歌者の分かっている臣下の和歌であり、愛国の精神が、健やかに、朗らかに、そして積極的に表現されていること」とされた。また、幕末期の歌は「明治改元より先に物故した人物」に限られた。

選ばれた百首は、情報局検閲を経て昭和17年(1942年11月20日、情報局から発表された。これに改訂と解説を加えたものが、『定本愛国百人一首』として昭和18年(1943年)3月に毎日新聞社から刊行されている。

選定後

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百首が発表されてから間もなく、関連する作品として、解説書、評釈、カルタ、紙芝居、書道手本、各国語への翻訳書などが多く作られた。例えば1942年には、山内任天堂によって商品化され販売された[1]。任天堂の歴史の中でも、大政翼賛会の後援を得た珍しいゲームである[注 2]。なお、太平洋戦争中に任天堂が発売したゲームは翼賛的な物が多く、花咲かじいさん三八式歩兵銃を片手に落下傘で降下して大東亜共栄圏に花を咲かせたりする内容の『幼年双六』(1943年、山内任天堂)などが知られる[要出典]。また、百人一首の歴史の中でも特筆すべき物として、山内溥(『愛国百人一首』を発行した山内積良の孫)が設立した時雨殿でも、「絵入愛国百人一首」が展示されていた。

このように戦意高揚を目指したプロパガンダとして、大日本帝国の歴史的・精神的アイデンティティを誇示するために選定された百首は、国策として日本国内はもとより占領地にも広められ、新聞ラジオなどの様々なメディアで盛り立てられたことで、学校現場や家庭に浸透した[2]昭和天皇も愛国百人一首をしていた記録が残る[3]。一方で、この百首の選定による「愛国の精神」の可視化は、その解釈を異にする人々の反発を受けることになった[4]

一覧

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番号詠み人出典備考
1柿本人麻呂大君は神にしませば天雲の雷の上にいほりせるかも万葉集
2長奥麻呂大宮の内まできこゆ網引あびきすと網子あごととのふる海人の呼び声万葉集
3大伴旅人やすみししわが大君のをす国は大和もここも同じとぞおも万葉集
4高橋虫麻呂千万のいくさなりとも言挙げせずとりて来ぬべきをのことぞ思ふ万葉集
5山上憶良をのこやも空しかるべき万代に語りぐべき名は立てずして万葉集
6笠金村丈夫ますらを弓上ゆずゑ振り起し射つる矢を後見む人は語り継ぐがね万葉集
7山部赤人あしひきの山にも野にも御猟人みかりびとさつ矢手挟たばさみみだれたり見ゆ万葉集
8遣唐使使人母旅人の宿りせむ野に霜降らばが子羽ぐくめ天の鶴群たづむら万葉集
9安倍郎女わが背子はものな思ほし事しあらば火にも水にもわれなけなくに万葉集
10海犬養岡麿御民われ生けるしるしあり天地の栄ゆる時にへらく思へば万葉集
11雪宅麻呂大君の命かしこみ大船の行きのまにまに宿りするかも万葉集
12小野老あをによし奈良のみやこは咲く花のにほふがごとく今さかりなり万葉集
13橘諸兄降る雪の白髪しろかみまでに大君に仕へまつれば貴くもあるか万葉集
14紀清人天の下すでに覆ひて降る雪の光を見れば貴くもあるか万葉集
15葛井諸会あらたしき年のはじめに豊の年しるすとならし雪の降れるは万葉集
16多治比鷹主唐国に往き足らはして帰り来むますら武雄たけをに御酒たてまつる万葉集
17大伴家持天皇すめろぎの御代栄えむとあづまなるみちのく山にくがね花咲く万葉集
18丈部人麻呂大君の命かしこみ磯に触り海原うのはらわたる父母をおきて万葉集防人歌
19坂田部麻呂真木まけ柱ほめて造れる殿のごといませ母刀自ははとじおめ変りせず万葉集防人歌
20大舎人部千文あられ降り鹿島の神を祈りつつ皇御軍すめらみいくさに吾は来にしを万葉集防人歌
21今奉部與曾布今日よりは顧みなくて大君のしこの御盾と出で立つ吾は万葉集防人歌
22大田部荒耳天地あめつちの神を祈りてさつ矢ぬき筑紫の島をさしていく吾は万葉集防人歌
23神人部子忍男ちはやぶる神の御坂にぬさ奉りいはふいのちはおも父がため万葉集防人歌
24尾張浜主おきなとてわびやは居らむ草も木も栄ゆる時に出でて舞ひてむ続日本後紀
25菅原道真海ならずたたへる水の底までも清き心は月ぞ照らさむ新古今和歌集
26大中臣輔親山のごと坂田の稲を抜き積みて君が千歳の初穂にぞ栄花物語
27成尋阿闍梨母もろこしも天の下にぞ有りと聞く照る日の本を忘れざらなむ新古今和歌集
28源経信君が代はつきじとぞ思ふ神かぜやみもすそ川のすまんかぎり後拾遺和歌集
29源俊頼君が代は松の上葉うはばにおく露のつもりて四方よもの海となるまで金葉和歌集
30藤原範兼君が代にあへるは誰も嬉しきを花は色にもいでにけるかな新古今和歌集
31源頼政みやま木のその梢とも見えざりし桜は花にあらはれにけり詞花和歌集
32西行法師宮柱したつ岩根にしき立ててつゆも曇らぬ日の御影みかげかな新古今和歌集
33藤原俊成君が代は千代ともささじ天の戸や出づる月日のかぎりなければ新古今和歌集
34藤原良経昔たれかかる桜の花を植ゑて吉野を春の山となしけむ新勅撰和歌集
35源実朝山は裂け海はあせなむ世なりとも君にふた心わがあらめやも新勅撰和歌集
36藤原定家曇りなきみどりの空を仰ぎても君が八千代をまづ祈るかな拾遺愚草
37宏覚禅師末の世の末の末まで我が国はよろづの国にすぐれたる国元冦祈願文
38中臣祐春西の海よせくる波も心せよ神の守れるやまと島根ぞ祐春詠草
39藤原為氏勅として祈るしるしの神風に寄せくる浪はかつ砕けつつ増鏡
40源致雄命をば軽きになして武士もののふの道よりおもき道あらめやは風雅和歌集
41藤原為定限りなき恵みを四方にしき島の大和島根は今さかゆなり風雅和歌集
42藤原師賢思ひかね入りにし山を立ち出でて迷ふうき世もただ君の為新葉和歌集
43津守国貴君をいのるみちにいそげば神垣にはや時つげてとりも鳴くなり新葉和歌集
44菊池武時もののふの上矢うはやのかぶら一筋に思ふ心は神ぞ知るらむ
45楠木正行かへらじとかねて思へば梓弓あずさゆみなき数に入る名をぞとどむる太平記
46北畠親房鶏の音になほぞおどろくつかふとて心のたゆむひまはなけれど臨永和歌集
47森迫親正いのちより名こそ惜しけれもののふの道にかふべき道しなければ常山紀談
48三条西実隆あふぎ来てもろこし人も住みつくやげに日の本の光なるらむ雪玉集
49新納忠元あぢきなやもろこしまでもおくれじと思ひしことは昔なりけり西藩野史
50下河辺長流富士のに登りて見れば天地はまだいくほどもわかれざりけり晩華和歌集
51徳川光圀行く川の清き流れにおのづから心の水もかよひてぞ澄む常山詠草
52荷田春満踏みわけよ日本やまとにはあらぬ唐鳥からどりの跡をみるのみ人の道かは春葉集
53賀茂真淵大御田のみなわもひぢもかきたれてとるや早苗は我が君の為賀茂翁家集
54田安宗武もののふの兜に立つる鍬形のながめかしはは見れどあかずけり天降言
55楫取魚彦すめ神の天降あもりましける日向ひむかなる高千穂の嶽やまづ霞むらむ楫取魚彦家集
56橘枝直天の原てる日にちかき富士の嶺に今も神代の雪は残れりあづま歌自撰家集
57林子平千代ふりしふみもしるさず海の国の守りの道は我ひとり見き六無齋遺詠
58高山彦九郎我を我としろしめすかやすべらぎの玉のみ声のかかる嬉しさ
59小沢蘆庵あし原やこの国ぶりの言の葉に栄ゆる御代の声ぞ聞ゆる六帖詠草
60本居宣長しきしまの大和ごころを人問はば朝日に匂ふ山ざくら花六十一歳自画自賛像神風特攻隊の諸部隊名にも使用された[5][6]
61荒木田久老初春はつはるの初日かがよふ神国の神のみかげをあふげもろもろ五十槻園集
62橘千蔭八束穂やつかほの瑞穂の上に千五百秋ちいほあき国の見せて照れる月かもうけらが花
63上田秋成香具山の尾のに立ちて見渡せば大和国原早苗とるなり藻屑
64蒲生君平遠つおやの身によろひたる緋縅ひをどしの面影うかぶ木々のもみぢ葉岡廼屋歌集
65栗田土満かけまくもあやにかしこきすめらぎの神のみ民とあるが楽しさ國民歌集
66賀茂季鷹大日本おほやまと神代ゆかけてつたへつる雄々しき道ぞたゆみあらすな雲錦集
67平田篤胤青海原あをうなばら潮の八百重やほへ八十国やそくににつぎてひろめよこの正道まさみち氣吹廼舎歌集
68香川景樹ひとかたになびきそろひて花すすき風吹く時ぞみだれざりける桂園一枝
69大倉鷲夫やすみししわが大君のしきませる御国ゆたかに春は来にけり
70藤田東湖かきくらすあめりか人に天つ日のかがやくくにのてぶり見せばや東湖遺文
71足代弘訓わが国はいともたふとし天地の神の祭をまつりごとにて海士囀
72加納諸平君がため花と散りにしますらをに見せばやと思ふ御代の春かな柿園詠草
73鹿持雅澄大君の宮敷きましし橿原かしはらのうねびの山のいにしへおもほゆ
74月照大君のためには何か惜しからむ薩摩の瀬戸に身は沈むとも
75石川依平大君の御贄みにへのまけとうをすらも神世よりこそ仕へきにけれ柳園詠草
76梅田雲浜君が代を思ふ心のひとすぢに吾が身ありともおもはざりけり
77吉田松陰身はたとひ武蔵の野辺のべに朽ちぬとも留め置かまし日本魂やまとたましい留魂録
78有村次左衛門岩が根も砕かざらめや武士もののふの国の為にと思ひきる太刀
79高橋多一郎鹿島なるふつのみたま御剣みつるぎをこころに磨ぎて行くはこの旅殉難後草拾遺
80佐久良東雄天皇おほきみに仕へまつれと我を生みし我がたらちねぞたふとかりける薑園歌集
81徳川斉昭あまざかる蝦夷えぞをわが住む家として並ぶ千島のまもりともがな景山公歌集
82有馬新七朝廷辺みかどべに死ぬべきいのちながらへて帰る旅路のいきどほろしも都日記
83田中河内介大君の御旗のもとに死してこそ人と生れし甲斐はありけれ
84児島草臣しづたまき数ならぬ身も時を得て天皇きみがみ為に死なむとぞ思ふ歎涕和歌集
85松本奎堂君がためいのち死にきと世の人に語り継ぎてよ峰の松風殉難遺草
86鈴木重胤天皇おほきみ御楯みたてとなりて死なむ身の心は常に楽しくありけり橿の本つ集
87吉村寅太郎曇りなき月を見るにも思ふかな明日はかばねの上に照るやと殉難遺草
88伴林光平君が代はいはほと共に動かねば砕けてかへれ沖つしら波光平先生辭世歌碑
89渋谷伊與作ますらをが思ひこめにし一筋は七生ななよかふとも何たわむべき
90佐久間象山みちのくのそとなる蝦夷のそとを漕ぐ舟より遠くものをこそ思へ
91久坂玄瑞取りける太刀の光はもののふの常に見れどもいやめづらしも紅月齋遺集
92津田愛之助大君の御楯となりて捨つる身と思へば軽きわが命かな殉難録稿
93平野国臣青雲あをぐものむかふすきはみすめらぎの御稜威みいつかがやく御代になしてむ
94真木和泉大山の峰の岩根に埋めにけりわが年月の日本やまとだましひ
95武田耕雲斎片敷きてぬるよろひの袖のに思ひぞつもるこしの白雪
96平賀元義武夫もののふのたけき鏡と天の原あふぎ尊め丈夫ますらをのとも
97高杉晋作後れても後れてもまた君たちに誓ひしことをわれ忘れめや
98野村望東尼武士のやまと心をより合はせただひとすぢの大綱おほつなにせよ向陵集
99大隈言道男山今日の行幸みゆきかしこきも命あればぞをろがみにける
100橘曙覧春にあけてまづみるふみも天地のはじめの時と読み出づるかな志濃夫廼舎歌集

異種愛国百人一首

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一般に「愛国百人一首」といえば、日本文学報国会版のものをさすが、これに先立つ1941年(昭和16年)に、講談社から選者川田順で、同じく「愛国百人一首」が選定・出版されている[7]。概ね日本文学報国会版と共通しているが[注 3]、日本文学報国会版が「幕末に詠まれた歌であっても、作者が明治以後まで生存したならば採用せぬ」のに対し、川田版は明治以降の歌も率先して採用している[8]

一覧

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番号詠み人出典備考
1大葉子韓国の城の上に立ちて大葉子は領巾振らすも日本へ向きて日本書紀
2柿本人麻呂大君は神にしませば天雲の雷の上に廬せるかも万葉集
3小野老青丹よし奈良の都は咲く花の匂ふがごとく今さかりなり万葉集
4笠金村もののふの臣の壮士は大君の任のまにまに聞くといふものぞ万葉集
5大伴旅人やすみししわが大君の食国は大和もここも同じとぞ念ふ万葉集
6高橋虫麻呂千万の 軍なりとも言挙げせずとりて来ぬべきをのことぞ思ふ万葉集
7海犬養岡麻呂御民われ生ける験あり天地の栄ゆる時に遇へらく思へば万葉集
8雪宅麻呂大君の命かしこみ大船の行きのまにまに宿りするかも万葉集
9橘諸兄ふる雪の白髪までに大君に仕へまつれば貴くもあるか万葉集
10大伴家持しきしまの大和の国にあきらけき名に負ふ伴の緒こころつとめよ万葉集
11丈部造人麻呂大君の命かしこみ磯に触り海原わたる父母をおきて万葉集防人歌
12大舎人部千文霰降り鹿島の神を祈りつつ皇御軍にわれは来にしを万葉集防人歌
13今奉部与曾布今日よりは顧みなくて大君のしこの御盾と出で立つわれは万葉集防人歌
14文屋康秀草深き霞の谷に影かくし照る日の暮れし今日にやはあらぬ古今和歌集
15在原業平忘れては夢かとぞ思ふ思ひきや雪ふみわけて君を見むとは古今和歌集伊勢物語にもある。
16菅原道真海ならずたたへる水の底までも清き心は月ぞ照らさむ新古今和歌集
17大中臣輔親おほぢ父むまごすけちか三代までにいただきまつるすべらおほん神後拾遺和歌集
18源経信君が代はつきじとぞ思ふ神かぜやみもすそ川のすまむかぎりは後拾遺和歌集
19高倉一宮紀伊何事につけてか君を祈らまし八百万代もかぎりありけり
20源通親朝ごとにみぎはの氷ふみわけて君に仕ふる道ぞかしこき新古今和歌集
21藤原良経我が国は天照る神のすゑなれば日の本としも言ふにぞありける
22源実朝山は裂け海はあせなむ世なりとも君にふた心わがあらめやも金槐和歌集新勅撰和歌集にもある。
23鏡月坊勅なれば身をば寄せてきもののふの八十宇治川の瀬には立たねど
24藤原家隆何か残る君が恵の絶えしより谷の古木の朽ちも果てなで
25二条為氏勅として祈るしるしの神風によせくる浪はかつくだけつつ
26中臣祐春西の海よせくる波も心せよ神の守れるやまと島根ぞ
27宏覚禅師末の世の末の末まで我が国はよろづの国にすぐれたる国
28藤原俊基いにしへもかかる例をきく川のおなじ流れに身をや沈めむ
29源具行帰るべき道しなければこれやこの行くをかぎりの逢坂の関
30花山院師賢思ひかね入りにし山をたち出でて迷ふ憂世もただ君のため
31菊池武時もののふの上矢のかぶら一筋に思ふ心は神ぞ知るらむ
32粟田久盛植ゑおかば苔の下にもみ吉野のみゆきの跡を花や残さむ
33楠木正行かへらじとかねて思へば梓弓なき数に入る名をぞとどむる
34北畠親房かた絲の乱れたる世を手にかけて苦しきものは吾が身なりけり
35北畠守親みちのくの安達の真弓とりそめしその世に継がぬ名を嘆きつつ
36四条隆俊君がためわが執り来つる梓弓もとの都にかへさざらめや
37藤原光任思ひきや山路のみ雪ふみわけてなきあとまでも仕ふべしとは
38藤原師兼我が君の夢には見えよ今もなほかしこき人の野辺に遺らば
39足利成直神路山いづる月日や君が代をよるひる守る光なるらむ
40源頼武引きそめし心のままに梓弓おもひかへさで年も経にけり
41北畠顕能いかにして伊勢の浜荻ふく風の治まりにきと四方に知らせむ
42二条為忠君すめば峯にも尾にも家居してみ山ながらの都なりけり
43花山院長親神の世の三種のたから伝へます我がすべらぎぞ道も正しき
44太田道灌二つなきことわり知らば武士の仕ふる道はうらみなからむ
45森迫親正命より名こそ惜しけれ武士の道にかふべき道しなければ
46三宅治忠君なくば憂身の命なにかせむ残りて甲斐のある世なりとも
47中村文荷斎ちぎりあれや涼しき道にともなひて後の世までも仕へ仕へむ
48豊臣秀吉唐土もかくやは涼し西の海の浪路吹きくる風に問はばや
49細川幽斎日の本の光を見せてはるかなる唐土までも春や立つらむ
50新納忠元あぢきなや唐土までもおくれじと思ひしことは昔なりけり
51是斎重鑑異国もしたがひにけりかかる世を待ちてや神の誓ひあらはす
52板倉重昌あらたまの年にさきだち咲く花は世に名を殘すさきがけと知れ
53大石良雄あら楽し思ひは晴るる身は捨つるうき世の月にかかる雲なし
54契沖わたつみのその生みの子の八十つづき大和の国の君ぞ変らぬ
55荷田春満踏みわけよ大和にはあらね唐鳥の跡を見るのみ人の道かは
56賀茂真渕もろこしの人に見せばやみ吉野の吉野の山の山桜花
57本居宣長さし出づるこの日の本の光より高麗もろこしも春を知るらむ
58平田篤胤思ふこと一つも神に務めをへず今日やまかるかあたら此の世を
59橘曙覧君と臣品さだまりて動かぎる神国といふことを先づ知れ
60大国隆正仇と見るえみしが伴を末遂に貢の船となさでやまめや
61白河楽翁青柳の絲のみだれを春風のゆたかなる世に忘れずもがな
62徳川治紀梓弓八島のほかもおしなべて我が君が世の道仰ぐらし
63水戸烈公敵あらばいでもの見せむ武士の弥生なかばの眠りざましに
64林子平伝へては我が日の本のつはものの法の花咲け五百年の後
65高山彦九郎われを我としろしめすかやすべらぎの玉の御声のかかるうれしさ
66蒲生君平比叡の山みおろす方ぞ哀れなる今日九重の数し足らねば
67村田清風しきしまの大和心を人問はば蒙古のつかひ斬りし時宗
68藤田東湖八千矛の一すぢごとにここだくの夷の首つらぬきてまし
69梅田雲浜君が代をおもふ心の一すぢに吾が身ありとは思はざりけり
70頼三樹三郎吾が罪は君が代おもふまごころの深からざりししるしなりけり
71吉田松陰かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれね大和魂
72有村蓮寿尼雄々しくも君に仕ふる武士の母てふものはあはれなりけり
73佐久良東雄飯食ぶと箸をとるにも大君の大きめぐみと涙し流る
74児島強介天皇に身は捧げむと思へども世に甲斐なきは女なりけり
75是枝柳右衛門隼人の薩摩の子らの剣太刀抜くと見るより楯はくだくる
76田中河内介大君の御旗の下に死してこそ人と生まれし甲斐はありけれ
77松本謙三郎君がためいのち死にきと世の人に語り継ぎてよ峯の松風
78伴林光平君が代はいはほと共に動かねばくだけてかへれ沖つ白浪
79平野国臣吾が胸の燃ゆるおもひにくらぶれば煙はうすし櫻島山
80佐久間象山梓弓真弓槻弓さはにあれどこの筒弓に如く弓あらめや
81久坂玄瑞執り佩ける太刀の光はもののふの常に見れどもいやめづらしも
82真木保臣一すぢに思ひいる矢の誠こそ子にも孫にも貫きにけれ
83武市半平太年月は改まれども世の中のあらたまらぬぞ悲しかりける
84野村望東尼誰が身にもありとは知らでまどふめり神のかたみの大和魂
85遊君桜木露をだにいとふ大和の女郎花ふるあめりかに袖はぬらさじ
86岩倉具視ふるばかり亞米利加船の寄せば寄せ三笠の山の神いますなり
87三条実美大君はいかにいますと仰ぎみれば高天の原ぞ霞こめたる
88佐佐木弘綱橿原のひじりの御代のいにしへの跡を覓めても来たる春かな
89玉松操えみしらが息吹に曇る月みればみやこの秋の心地こそせね
90江藤新平ますらをの涙を袖にしぼりつつ迷ふ心はただ君のため
91西郷隆盛上衣はさもあらばあれ敷島のやまと錦は心にぞ着る
92勝安芳国守る大臣は知るや知らざらむ民のかまどのほそき煙を
93海上胤平うとかりし老の耳にもこのごろの軍がたりは聴きももらさず
94与謝野寛都鳥みやこのことは見て知らむわれには告げよ国の行末
95福本日南思ひきや日の入る国のはてに来て昇る朝日の景を見むとは
96八田岩馬名のために佩けるにはあらじ我が太刀はただ大君の勅のまにまに
97梶村文夫名も初瀬いくさもこれが初めなりおくれは取らじ国のみために
98庄司祐亮しののめの空くれなゐに昇る日は八咫の鏡の光なりけり
99高崎正風御涙をのみて宣らししみことのり貫きとほせいのち死ねとも
100乃木希典うつし世を神去りましし大君のみあとしたひて我は行くなり

脚注

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注釈

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  1. ただし北原は委員就任後まもなく死去。
  2. 日本骨牌製造田村将軍堂など他の骨牌メーカーからも同種のものが販売されている[要出典]
  3. 44人の歌人と、26首の歌が重なっている[7]

出典

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  1. 山崎功 (2015), p. 16.
  2. 田渕句美子 (2024), pp. 197–198.
  3. 宮内庁『昭和天皇実録第九』東京書籍、2016年9月29日、306頁。ISBN 978-4-487-74409-1
  4. 松沢俊二 (2013), pp. 143–144.
  5. 田中康二 (2009), pp. 140–144.
  6. 田中康二 (2012a), pp. 170–172.
  7. 1 2 伊藤嘉夫 (1971), p. 62.
  8. 田中康二 (2012b), p. 9.

参考文献

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単行本
論文類

関連文献

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単行本
論文類
  • 中島利一郎「『愛国百人一首』の漢訳と馬来訳」『学苑』第10巻10号、1943年
  • 佐佐木信綱・斎藤茂吉・窪田空穂・折口信夫「愛国百人一首成る:万葉より幕末まで」『書物展望』第13巻1号、1943年
  • 宇佐美文雄「「愛国百人一首」発案の記録」『書物展望』第13巻3号、1943年
  • 伊藤嘉夫「愛国百人一首の西行の歌」『心の花』第47巻2号、1943年
  • 三宅武郎「愛国百人一首の読方について」『コトバ』第5巻1号、1943年
  • 藤森朋夫「大東亜宣言と国文学:愛国百人一首と決戦生活」『国文学・解釈と鑑賞』第9巻3号、至文堂、1944年
  • 片桐顕智「愛国百人一首と海洋」『国文学・解釈と鑑賞』第9巻8号、至文堂、1944年
  • 桜本富雄「英訳『愛国百人一首』」『日本古書通信』第70巻8号、2005年
  • 堤玄太「『愛国百人一首』を読む」『和歌をひらく』第5巻「帝国の和歌」、岩波書店、2006年。ISBN 4000270702
  • 梶川信行「国語教科書の中の防人歌:享受史から見える危うさ」『語文』第155号、日本大学、2016年
  • 梶川信行「国語教科書の『万葉集』:佐佐木信綱をめぐる戦中・戦後」『語文』第162号、日本大学、2018年

関連項目

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外部リンク

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