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崔炯宇

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崔 炯宇(チェ・ヒョンウ)
Choi Hyung-Woo
サムスン・ライオンズ #34
基本情報
国籍 大韓民国の旗 韓国
出身地 全羅北道全州市
生年月日 (1983-12-16) 1983年12月16日(42歳)
身長
体重
180 cm
106 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 左翼手指名打者
プロ入り 2002年 2次ドラフト6巡目
初出場 KBO / 2002年10月14日
年俸 10億ウォン(2024年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 大韓民国の旗大韓民国
WBC 2017年

崔 炯宇(チェ・ヒョンウ、최형우、1983年12月16日 - )は、大韓民国全羅北道全州市出身のプロ野球選手

経歴

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第一次サムスン時代

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全州高等学校在籍時の2001年サムスン・ライオンズから2次ドラフト6位で指名を受け入団。

入団当初はスイッチヒッター捕手だったが、外野手に転向。

警察野球団時代

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成績が振るわず2005年オフにサムスンを自由契約となり、その後兵役の義務のため警察庁野球団に入団した。なおこの時に両打を諦めて左打に専念するようになる。

2007年は2軍北部リーグで首位打者、打点王、本塁打王の3タイトルを総なめにし、正式なタイトル表彰が行われない部門でもその多くで1位となり目覚しい活躍を見せた。

第二次サムスン時代

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これが認められ2008年サムスンに復帰し、守備に不安はあるが長打力を生かし外野のレギュラーに定着して韓国プロ野球史上最年長となる24歳10ヶ月で新人王朝鮮語版を受賞した[注 1]

2009年も前年を上回る活躍を見せ、サムスンの打線の中軸を担うようになった。

2010年はチーム最多、自己最多となる24本塁打、97打点を記録し、4番を任される試合も多かった。

2011年は30本塁打、118打点で本塁打王打点王朝鮮語版と自身初の個人タイトルを獲得し、2冠王となりチームの韓国シリーズ優勝に貢献した。

2012年は昨シーズンの活躍で他球団の投手陣から厳しく警戒され、2軍へ降格する事態にもなった。後半以降は、盛り返し韓国シリーズではマリオ・サンティアゴ蔡秉龍からそれぞれ本塁打を放ちシリーズ9打点と勝負強さは目立った。

2013年は、8月23日チームの正捕手陳甲龍が負傷退場したため、11年ぶりに捕手の守備機会を得た。2年ぶりに全試合出場・3割と結果を残した。

2015年も3度目の全試合出場を果たした。

2016年は5年ぶりの打点王、自身初の首位打者と打撃二冠王となった。また8月19日のKTウィズ戦ではサイクルヒットを記録し、二塁打の韓国プロ野球シーズン新記録を達成した(2018年にジャレッド・ホイングが更新)。

起亜時代

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同年11月、初のFA(フリーエージェント)を行使し起亜タイガースへ移籍した。

2017年は3月のWBC韓国代表として出場した。またレギュラーシーズンでは起亜の8年ぶり11回目の韓国シリーズ優勝にも貢献した。

2020年、打率.354を記録し自身2度目の首位打者となった。オフシーズンに2度目のFA選手となり、起亜と2021年より3年間の再契約を結んだ[1]

2021年4月20日のLGツインズ戦で5回表に本塁打で個人通算2000安打(リーグ史上12人目)を達成した[2]

2023年4月23日のサムスン・ライオンズ戦で1回裏、李承燁を抜いてKBOリーグ史上最多となる個人通算465二塁打を記録した[3]。同年6月20日のハンファ・イーグルス戦で、李承燁を抜いてKBOリーグ史上最多、さらに史上初の個人通算1500打点を達成した[4]

2024年6月12日、李承燁を抜いてKBOリーグ史上最多となる個人通算4078塁打を記録した[5]

第三次サムスン時代

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2025年シーズン終了後、3度目のFAを行使しサムソンへ復帰、2026年から2年契約を結んだ。


詳細情報

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年度別打撃成績

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O
P
S
2002 サムスン 4650220040001000000.400.400.8001.200
2004 2220000000000000010.000.000.000.000
2008 12644038468106240191877130024826769.276.364.487.851
2009 113481415701182402321183121353496012.284.375.508.883
2010 121506420711172912422097402571589113.279.389.524.913
2011 13357148080163373302961184301076155888.340.427.6171.044
2012 1255314615112527114196772101055357620.271.348.425.774
2013 12857351180156280292719821084717915.305.367.530.897
2014 1134934309215333031279100400650176211.356.426.6491.075
2015 14463754794174331333081232508737910113.318.402.563.965
2016 1386185199919546231338144220783898312.376.464.6511.116
2017 KIA 14262951498176363262961200108968118215.342.450.5761.026
2018 1436095289217934125290103300866778717.339.414.549.963
2019 136555456651373111722186010785677713.300.413.485.897
2020 1406005229318537128308115000370551019.354.433.5901.023
2021 10444637352871511214055000267104679.233.354.375.730
2022 13253045455120271141917110027351929.264.366.421.787
2023 12150843164130271172108100046518835.302.400.487.887
2024 116487425671192322221210911055245865.280.361.499.860
2025 13354946974144301242488610056788989.307.399.529.928
KBO:20年 2314977183461365258654320419442617373019410311971001211502194.310.400.530.930
  • 2025年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高、赤太字はKBOにおける史上最高記録。

背番号

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  • 43 (2002年 - 2005年)
  • 34 (2008年 - )

個人タイトル

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表彰

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脚注

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注釈

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  1. 韓国プロ野球の規定ではプロ入り後5年以内にしか新人王の資格はなく、2008年ですでにプロ7年目を迎えていたが、警察庁野球団での2年間を除外して有資格者となったため受賞することができた。

出典

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外部リンク

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