富山県立富山中部高等学校

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富山県立富山中部高等学校
Toyama Chubu High School.JPG
過去の名称 富山県立神通中学校
→富山県立神通高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 富山県の旗 富山県
学区 (普通科) 富山学区
(探究科学科) 全県学区
理念 学力の充実
品性の陶冶
心身の鍛錬
設立年月日 1920年大正9年)
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科(5クラス)
探究科学科(2クラス)
高校コード 16116A
所在地 930-0097
富山県富山市芝園町三丁目1番26号
公式サイト 富山県立富山中部高等学校 (日本語)
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富山県立富山中部高等学校の位置(富山県内)
富山県立富山中部高等学校

富山県立富山中部高等学校(とやまけんりつとやまちゅうぶこうとうがっこう)は、富山県富山市芝園町三丁目にある県立高等学校。各学年普通科200名、探究科学科80名。

概要[編集]

富山市街の北西部、創立時の校名の由来ともなっている神通川に面した閑静な文教地区に位置している。1学年に普通科5学級と探究科学科2学級(2010年(平成22年)度以前の入学生は普通科6学級と理数科1学級)、計280名在籍。2003年(平成15年)度には、県内の他8校と併せて学力向上フロンティア・ハイスクールに指定された。また、2015年(平成27年)度からはスーパーサイエンスハイスクール(SSH)に指定されている。

沿革[編集]

経緯[編集]

富山中部高等学校は、1920年大正9年)に神通中学校として設立された。その後、1922年(大正11年)に富山市古手伝町に移転し、1933年(昭和8年)に現在地の同市芝園町に移った。1948年(昭和23年)の学制改革によって神通中学校は神通高等学校となり、同時に普通課程を設置した。1948年に現在の校名に改称。1969年(昭和44年)、理数科が設けられた。2003年(平成15年)度からの3年間、学力向上フロンティア・ハイスクールに指定されていた。

年表[編集]

  • 1920年大正8年)
    • 2月 - 富山県立神通中学校として設立
    • 4月 - 富山市山王町の仮校舎にて開校
  • 1922年(大正10年)3月 - 同市古手伝町の新校舎に移転
  • 1933年昭和8年)7月 - 同市芝園町の現在地の校舎に移転
  • 1945年(昭和20年)8月1日 - 富山大空襲。本校校舎は焼け残る。
  • 1948年(昭和23年)
    • 4月 - 富山県立神通高等学校と改称し、普通課程を設置
    • 9月 - 富山県立富山中部高等学校と改称(このとき学校の所在地の関係から、旧制富山中学校は富山南部高等学校に改称された。その後富山高等学校に改称されている)。
  • 1969年(昭和44年)4月 - 理数科を設置
  • 1977年(昭和52年)9月 - 現校舎および至誠会館が竣工
  • 1986年(昭和61年)5月 -第二体育館が竣工
  • 1991年平成3年)4月 - 全天候型テニスコートが完成
  • 1996年(平成8年)12月 - 第一体育館が竣工する
  • 1999年(平成11年)5月 - 中国遼寧省瀋陽市東北育才学校と友好校提携協定を締結する
  • 2003年(平成15年)4月 - 学力向上フロンティア・ハイスクールに指定される(2005年(平成17年)度末をもって終了)
  • 2011年(平成23年)4月 - 理数科の募集を停止、探究科学科を設置する
  • 2014年(平成26年)4月 - 新校舎が竣工、「学びの広場」や315人収容の「至誠ホール」、屋上庭園も完成

教育方針[編集]

  • 伝統的精神 - 鍛錬 自治 信愛
  • 教育目標 - 学力の充実 品性の陶冶 心身の鍛錬
  • 教育方針 - 健全な心身、優れた知性、豊かな情操を培い、民主的で自主性・創造性に満ちた人間の育成に努める

教育上の特徴として、平日に4時間、土曜日に6時間(学校がある場合)、休日に8時間という家庭学習時間(「ヨーロッパ」と呼ばれている)を習慣づける指導を学年に関係なく行うことが挙げられる。目的の達成度合いをチェックするために1日の生活を1週間記録する生活実態調査を年2回行っている。

主な学校行事[編集]

  • 4月 - 入学式、新入生合宿(1年)
  • 5月 - 遠足
  • 6月 - 校内競技大会
  • 7月 - アメリカ研修(2年、希望者)、野外実習(1年探究科学科、立山・能登のどちらかを選択する)
  • 8月 - 大学探訪[東京方面](2年、任意)
  • 9月 - 体育大会
  • 10月 - 進路講演会(1・2年、2年は任意)、文化祭
  • 11月- コーラスコンクール(1・2年、3年は文化祭で実施)
  • 12月 - 探究科学科3校合同発表会(2年は発表、1年は見学)
  • 1月 - 探究科学科課題研究発表会(2年は発表、1年は見学)
  • 3月 - 卒業式、オーストラリア研修(1・2年、希望者)

行事の内容[編集]

新入生合宿は新入生を学習習慣に慣れさせる目的で2泊3日の日程で、国立立山青少年自然の家にて実施されている。各教科の学習内容、学習方法についての講座や、実際の授業、校歌の練習や、本校の学習の基盤となる「自学自習」の時間も設けられている。

6月に行われる校内競技大会はホーム(学級)対抗で、数種目の球技と駅伝が行われる。

8月に行われる大学探訪では、東京にある大学や企業・官庁を訪問して実際に施設を見学したり、大学生や社会人から話を聞いて、進路についての意識を深めることを目的にしている。1泊2日で実施され、ホテルでは東大に進学した本校OB、OGと語る機会も設けられている。夏休み期間には、理系生徒を対象にした東京大・富山大実習も行われ、2年生は大学探訪か実習のどちらかに参加することを推奨される。

毎年9月初旬に行われる体育大会はこの学校最大の行事であり、唯一校外に公開される行事のため周辺住民やOB、OGなども観戦に訪れる。本校独自の競技も多数あるが、過去には事故も起きている。2004年度に「陸上ボート」という競技の練習中に重傷を負った者が出たため、この競技は大縄跳びへ差し替えとなった。2005年度の第58回大会以降は、OBが現役に介入しないこと、規定時間・場所以外での練習や準備を厳禁することなどを生徒に課す安全対策をとった上でこの競技は再開され、現在まで継続している。

文化祭では3年生のコーラスコンクールが行われるほか、各学芸部が企画・展示・発表を行う。かつては各ホーム(学級)で出し物をしていたが、新校舎に移行してからは行われていない。また、文化祭の改革もしばしば生徒会の議題にあがる。

生徒会活動[編集]

生徒会執行部[編集]

生徒会長1名を筆頭に、副会長・書記・会計を各2名、学年委員を各学年2名ずつ設ける。このうち生徒会長と学年委員については、演説ののちに全生徒による投票によって選ばれる。

ホーム役員[編集]

生徒と担任で家庭のような共同体を作り上げようという狙いから、学級は「ホーム」と呼称される(例:1年1ホーム、11H)。ホーム長・副ホーム長各1名を筆頭に、書記1名、会計2名を設ける。また、代議員・選挙管理委員・ホームルーム運営委員・新聞編集委員・神通編集委員(「神通」は年1回発行の学校誌)等が選出される。

部活動[編集]

運動部[編集]

  • 野球部
  • 卓球部
  • 柔道部
  • 剣道部
  • 山岳部
  • 陸上競技部
  • サッカー部
  • テニス部
  • アーチェリー部
  • ソフトテニス部
  • バドミントン部
  • バスケットボール部
  • バレーボール部
  • ハンドボール部
  • ソフトボール部

文化部[編集]

  • 書道部
  • 演劇部
  • 写真部
  • 放送部
  • 茶道部
  • 文芸部
  • 物理部
  • SS化学部
  • SS生物部
  • 美術部
  • 英会話部
  • コーラス部
  • 吹奏楽部
  • 華道部
  • 家庭部
  • 囲碁・将棋部
  • SS情報部(旧コンピュータ部・映画部)
  • SS数学部

進路状況[編集]

全ての生徒が進学を希望する。例年金沢大学富山大学への進学者が学年の約2割を占めるが、他大学への進学者も一定数存在する。[1]

著名な出身者[編集]

括弧内は卒年を表す。

実業[編集]

芸能[編集]

学者[編集]

政治[編集]

官僚[編集]

マスコミ[編集]

スポーツ[編集]

交通[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]